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召喚3日目4:魔王/回想・千穂乃の覚悟

 現れたのは、黒い仮面をつけた女だった。尻尾や翼が出ていることから悪魔の類だろう。背はノクシエルより低いが、存在感や覇気では負けてない。


「ノクシエル君、大丈夫?怪我はない?……じゃなくて、えっと、まだまだ詰めが甘いなノクシエル。」


 一瞬、ノクシエルに駆け寄ろうとして、取り繕う女。素は優しいのだろう。だが、魔王軍には威厳と余裕も必要なのだから、難しいものだ。


 こいつも魔王軍の幹部なのだろうか。ゲームにこんな奴いたか?などと勘ぐっていると、ノクシエルがこうつぶやいた。


「魔王様、なぜこちらに。」


 魔王?俺は自分の耳を疑った。それは、こんな序盤で現れたことに対する驚きではない。この女は俺の知っている魔王の姿とはかけ離れているのだ。怪訝な顔をする俺を、女は愉快そうに笑った。


「余も未知の武器とやらが気になって来てみたのだが、正解だったな。まさか、ノクシエル君を追い込めるほどの実力者がいるとは。」


 何も知らない人が見たなら、魔王という肩書きも疑いは持たないだろう。それほどに彼女には凄みがある。


 しかし、アストロピア王国戦記に登場した魔王は老婆だった。たいして目の前の女は、顔こそわからずとも、露出している肩や脚の様子からそれよりずっと若い。


「あんたが、本当に魔王なのか。」


「いかにも、我が名は魔王ヴァルメリア。この世界のすべての魔族のため戦う戦士である。」


「そうか。」


 半信半疑ではあるが、四天王の一人が魔王と呼んでいる以上、彼女が魔王なのだろう。とりあえずは、受け入れるしかなさそうだ。


「ノクシエル君を追い詰めるほどの力、我が魔王軍に来る気はないか。相応の地位と、待遇を保証してやろう。」


「魅力的な提案だな。ましてこんな色っぽい魔王様に言われたら。」


 抜群のプロポーション。顔はわからないが、ガチャで爆死した政子ちゃんを思い出す薄紫の髪色。見た目には非常に惹かれるものがある。


「うれしいことを言ってくれる。美容やファッションに気を使った甲斐があるというものだ。それで、君の回答は?」


「俺は……あんたらとは組めない。」


「君は我が魔王軍の活動理念をしっているかい。」


「魔族を守るためだろ。」


 そう、魔王軍が王国を攻める理由。それは、王国で行われている魔族差別からの解放。王国から領土を奪い、そこに住む人間を追い出すことで、魔族だけの村を増やしているのだ。アストロピア王国戦記が高い評価を得た理由も、このシナリオによるものだ。


「その通り。人間は傲慢過ぎた。魔族は奴隷ではない。」


「俺もそう思うよ。」


「もう一度問おう。君も魔王軍に来ないか。」


「さて、こんな時、あいつならどう答えるかな。」


 俺の頭によぎったのは、千穂と額縁を買いに行った当日のこと。あの日、俺は少々厄介な事件に遭遇した。


 その時、少し遠くのショッピングモールに俺たちの姿はあった。


「思ったより沢山買っちまった。悪いな、持ってもらって。」


「ご心配なく、アンドロイドは疲れません。むしろお役に立てて光栄です。」


 メイは大量の買い物袋を両手に提げている。普通こういうのは、男が持つのが常識とされているので、つい委縮してしまう。まあ、見た目は女の子でも、中身はアンドロイドなので気にする必要はないが。


「しかし……」


「どうしたの。じっと見て?」


 俺は白いワンピースを着た千穂乃の姿をまじまじと見つめた。いつもつけている眼鏡はなく、髪も結ばず下ろしている。薄い化粧も程よく彼女の魅力を損なわず底上げしている。


「凄く、綺麗だな~と。」


「えへへ、ありがとう。」


 黙っていれば千穂乃は美人だ。だがここまでとは。つややかな髪がなびき、はかなくも美しい彼女の表情が見える。俺を見上げるその姿は、天使か何かと錯覚するほどだ。


「おやおや、直太様は千穂乃様にメロメロなようです。」


「ふぇ?」


「な、なわけねえだろ。確かに見た目はいいが……」


「わかりやすい照れ隠しですね。」


「え、えっとどうなの?」


 やめろ、上目遣いで俺を見つめるな。思わず後ずさってしまう。


 だが、その時、乾いた音がモール中に鳴り響いた。その音が、銃声だと気づくまでに時間はかからなかった。


「直君。」


「ああ、非常事態だ。行くぞ。」


 俺たちは急ぎ、その音の出所まで向かう。


 イベント広場には、武装した集団が占拠していた。モールの利用者や店員、手を上げてその場から動けない。


「休日のショッピングモールでテロ行為なんて、日本の治安ももうダメだな。」


「敵の数は20、いえ、もっとかもしれません。」


 メイの分析に俺は苦い表情を浮かべた。


「鎮圧しないと。」


「千穂乃、やめとけ。数が多すぎて、俺たちだけじゃ対処しきれない。応援を待とう。」


「そうだね。直君は、メイちゃんを連れて逃げて。」


 彼女は聞く耳も持たない。メイに体を隠してもらい、ワンピースを脱ぎ、動きやすい服装に着替える。


「メイちゃん、ビームショットガン頂戴。」


「メイがそんなもん持ってるわけ……おい、どっから出てきたその武器。」


「企業秘密です。」


 髪を見慣れたぽーにーテールにし、ビームショットガンのパーツを受け取る千穂乃。慣れた手つきでこれをくみ上げる。


「やめとけ千穂乃。」


「目の前で困っている人がいるなら、私は放っておけない。」


「自分の命が最優先だ。あのまま突っ込んだら君でも死ぬ。応援を待とう。」


「今なら不意をつけるの。警察に囲まれたら、あの人たち何をしだすかわからないよ。」


 千穂乃の言うことは間違っていない。今度の相手は、大した計画もなく半ば衝動的に動いている。


 ショッピングモールという比較的閉鎖性の低い場所を選挙しているのもその証拠だ。だからこそ、行動が予測しづらい。


 だが、俺にはそれでも納得できなかった。


「そこまでする理由はなんだ。」


「理由なんてないよ。ただ私が助けたいだけ。勝手に体が動いているの。」


「マジかよ。」


 俺は京福千穂乃という人間を見誤っていたのか。俺にだって誰かを助けたい気持ちはある。だけどそれは、自分の命を守れると確信した後の話だ。その気持ちが先行するなんてことはあり得ない。


 自分の感覚は間違っているとは思わない。だけど、このままこいつひとり行かせたら。多分俺は後悔する。悔しいが俺はこいつのことをもっと知りたいと思ってしまったんだ。


「ったく……」


 俺は頭をかいて、大きなため息をついた。


「じゃあ、行くから。メイちゃんを頼むね。」


「待て、俺も連れていけ。」


「直君、でも……」


「一人より二人の方が生存率は上がるだろ。俺とお前のバディなら何とかできるかもしれない。」


「ありがとう。じゃあ、一緒にいこう。」


 千穂乃は微笑んで、手を差し出した。


 ああ、そうだ。記憶を辿ってみて、改めて実感した。千穂はいつだって助けが必要なら、喜んで協力する。そしてきっと俺は、それについていくはずだ。


「かつての俺なら手を貸したかもな。」


「今は、無理なのか?」


「ああ、もう、俺にはついていく相手がいないんだ。」


 俺が勇者を引き受けたのが、それがゲームの延長線であったから。倒すのはゲームでも倒してきた魔族。あくまでもエンターテインメント感覚だった。だが、魔王軍に与すれば王国の人間を殺す必要がある。それには、魔族を助けたい強い意志と覚悟がいる。だが、千穂のいない今それは無理だ。


「あいつがいないなら、同族と殺し合う覚悟なんて持てるはずがないんだ。」


「そうか……それはつらいな。」


「同情はいらない。俺は全てを知った上で魔王軍に銃口を向ける奴だ。ゲームでの戦闘をリアルに楽しみたいなんて言う身勝手な理由で。」


「わかった。殺し合う他、道はないようだな。議論は尽くされた。」


 その声色はどこか寂しさと悲しさを感じるものだった。


 俺がビームガンを構える。同時に魔王はその手元に火球を生成した。


 放たれたビームを火球がすれ違う。


 ビームと火球は、それぞれのマスクをかすめた。互いにマスクが崩れ、その素顔があらわとなる。


「その仮面の裏側、見せてみろ!」


 強いまなざしで魔王ヴァルメリアに向けた。そして絶句した。


「おい、嘘だろ……」


「ふぇ?直……君。」


 その顔は忘れるはずもない、京福千穂乃、俺の愛する妻のものだったのだから。



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