召喚2日目4:回想・振り回されて
今夜もまた、俺は千穂乃との思い出を夢に見た。これは、そう千穂とバディを組んでから半年ほどたったころ。
特殊部隊の本部にて、俺の上官は優雅に鼻歌を歌っていた。
「いやあ、君たちを汲ませて本当に良かった。テロリストの拠点掃討が一気に順調になった。」
「あ~そうですか、それはよかったです。」
上機嫌そうな上司に対し、俺の声には抑揚がなかった。ここ数日、残業続きで全然寝てないからな。
「もっと喜んでくれよ。凄いぞ、これだけの結果が出ているのに、殉職者は1人もいない。全て君たちのおかげだ。」
「あ~はいはい、よかったです。 」
この上官は、俺の目にくっきりとついた目のクマが見えんのか。
さて、俺が一体なぜ、過労状態に陥っているのか。理由は簡単。今、俺に向かって騒がしく近寄ってくる女のせいだ。
「直君、直君!どうしよう。衆院選でシャイニング党の議席が一つ減っちゃった。」
「知るか、そんなもん。こっちは今報告書の作成中なんだよ。」
「これまで、何とか2議席確保していたのに!このままじゃいつか、議席なくなっちゃうよ。」
「やかましいわ。ってか、何でそんなイカれた政党が衆議院に議席持っているんだよ!」
こんな風にデスクワーク中に関係ない話を被せてくるのは日常茶飯時。だが、彼女の本領はこんなものではない。
「うわあ!」
「は?」
この女、足に引っ掛けるものもないただのカーペットで転びやがった。最悪な事に彼女の手にはホットコーヒーが。案の定、俺の洋服にコーヒーが掛かってしまう。
「アチ、アチャチャチャチャ!」
ひっくり返った無視のように、俺はもだえ苦しむ。
「千穂乃おめえ、またやりやがったな!」
「あわわわ、どうしよどうしよ。」
「全く、またクリーニング。何度目だと思って……おい、お前、今何に乗っかっている?」
「ふぇ?あ……これ、もしかして……」
千穂乃は、恐る恐る自分の下敷きになっていたものを確認する。そこには、ディスプレイ部分とキーボード部分が真っ二つになった、俺の業務用ノートパソコンの姿があった。
「ああああああああ!」
この女やりやがった!これで報告書は1からやり直し。そのために必要なパソコンも買い直し。
「あ~えっと、ごめんなさい
「謝って許されるなら警察はいらねえよぉ!」
振り上げた拳を思いとどめたこの俺を褒めてくれ。
「今日は散々な目にあった。」
俺は大きなため息をつきながら、家路につく。高田馬場にあるアパートの玄関前まで
たどり着くと、ふと違和感を覚えた。無人のはずの部屋の中から声がする。
「空き巣か?いや、それなら、退治してやる。」
俺を誰だと思っている。対テロ特殊部隊の一員だぞ。空き巣を抑え込むなんで朝飯前だ。そう自分に言い聞かせ、恐る恐る扉のノブを掴む
「鍵は開いているか……」
俺は1度深呼吸をしてから、勢いよく扉を開いた。
「覚悟しろ侵入者!……って、おい……」
「あ、直君おかえりなさい。」
そこには、今一番見たくない女、千穂乃の姿があった。
「えっと、何でいるの?」
「事務の人に、駄々こねたら住所教えてくれた。」
「鍵は?」
「クロトー・ダン教の信者さんに、鍵職人さんがいたので」
この女イカれているとは思っていたが、まさかここまでとは。もはや俺一人での対処は不可能だ。俺は、スマホを開いて110の数字を打ち込んだ。
「申し訳ございません、直太様。」
「うおお!」
突然、横から見覚えのない少女が話しかけてきた。歳は10代後半くらい。緑の髪の毛でメイド服を身にまとっている、美少女だ。
「千穂乃様の無礼に、悪意はありません。どうかお許しください。」
「いやそういうわけには。」
「賠償はしますので、通報はご遠慮いただけないでしょうか。賠償はしますので!」
「あ、ああ。わかった。」
どうやら、この子は千穂乃と違って常識人らしい。彼女の圧に負けて俺はスマートフォンをひっこめた。俺も甘いよな。相手が美人の女の子だからって、不法侵入を許すなんて。
「っていうか君は誰。」
「アンドロイドのメイです。千穂乃様の家でメイドをしています。以後お見知りおきを。」
「ア、アンドロイド!?」
そう、彼女こそ後に俺を散々コケにする厄介なアンドロイド、メイ。だが、この時はその片鱗すらも感じなかった。
「そう、この子がメイちゃん。私の可愛いメイドさん。」
千穂乃はメイに抱きつき、その胸に頬ずりをした。メイも優しい表情で千穂乃の頭を撫でる。
「ああ~。やっぱりメイちゃんといるとほわほわするねえ。」
「千穂乃様は甘えん坊さんです。」
片方はアンドロイドとはいえ、女子同士のイチャイチャハグ。何だか物凄く見てはいけないものを見た気がする。
「すげえなあ……本物の人間と見分けつかねえや。じゃなくて、何で俺の家にアンドロイド持ち込んでいるんだよ。」
「だってしばらくここに住むからね。」
「はあ?」
千穂乃のやつ今、なんつった?こんなのと俺寝泊まりしなきゃならんの?冗談じゃない。
「自分の家があるだろ!」
「だってえ、おうちが燃えちゃって。」
「マ、マジか……。」
「はい、原因は部屋に積みあがっていた大量のごみ袋です。」
「自業自得じゃねえか。」
一瞬でも、同情しかけた俺が愚かだった。こんな奴、力づくで追い出してやる。
「おや、直太様も人の事は言えないご様子」
ここぞとばかりにメイは、捨て忘れていたペットボトルの束を指さす。そこを突かれると痛い。
「う、うっせえ。これでも、1人暮らしの男としてはマシな方だ。」
「どうでしょう。千穂乃様がここにいる間、この家の家事や掃除は全て私が行います。食費も千穂乃様の口座から出しましょう。」
「ぐっ、それは……」
今の俺に、家政婦を雇ったり、メイド用アンドロイドを購入したりする余裕はない。自身の生活能力の無さを考えれば、これは悪い取引ではない。
「しかし、千穂乃が何やらかすかわかったものじゃないし。」
「確かに否定できませんね。」
「ちょっと、二人とも、私のことなんだと思っているの?」
千穂乃の抗議はスルーして、俺は少し考えた。正直、メイの存在は喉から手が出る程ほしい。だが、交換条件が千穂乃との共同生活か……彼女の脳だけ他の女子と取り換えてくれたら、即決なんだがな。何やかんや外見はいいし。などと思案していると、千穂乃が意外なことを言い出した。
「ところでさ、直君、自分で撮った写真飾らないの?きっと生活のモチベ上がるよ。」
「写真を飾る……考えたこともなかった。」
考えたこともなかった。デジタル化が進行して、写真を印刷するという発想がない。カメラを趣味としているものとして恥ずかしい限りだ。
「っていうか、写真好きのこと話したっけ。」
「だって直君、休み時間の度にパソコン開いて写真見たりカメラのサイト見たりしてるじゃん。」
「んまあ、確かに。」
こいつ、思ったより俺のこと見ているんだな。
「よおし、今度の休みの日、飾る用の額縁を買いに行こう。」
「額縁か、まあ確かにないと飾れないもんな。」
「つまりデートですか?」
「ふぇ?」
「はあ、そんなわけねえだろ。そうだよな、千穂乃……?」
必死に千穂乃に同意を求めようとするが、彼女は顔を真っ赤にして俯いてしまう。おいおい、マジかよ。
「年齢の近い女性が男性と二人きりで休日にショッピング。これをデートと言わず、何といいましょう。」
「ええ、だってこんな女とデートって……」
黙っていれば見た目はよい。だが、それでは覆い隠せないほどこいつには前科がある。
「わかりました。では、今後千穂乃様は直太様の前では極力大人しくさせておきます。」
「そんなことできるのか?」
「私はアンドロイドですよ?大抵のことはできます。黙っていれば、千穂乃様は美人です。私も容姿は端麗に作られています。独身者の直太様からすれば、両手に花の状態で外出など願ってもいない機会なのでは。」
「ぐっ、メイ。俺は君のことが嫌いだよ。」
「誉め言葉として受け取っておきましょう。」
流石はアンドロイド、マジで取引が上手い。俺の欲しているものを的確に理解している。ところで、先ほどから微妙に貶されている千穂乃は、不満そうだ。ジト目でメイを睨んでいる。
「ねえ、メイちゃん。メイちゃんの中で私はどういう扱いなの?」
「そうですね。職を失っていないのが不思議なくらいの扱いの難しい極度の変人……」
「ふぇ?」
「職場でも同僚に迷惑かけるだけでなくその同僚の家に押し入って、住まわせてもらおう何て常人の思考ではありませんね……おっと、いつもは隠している本音が漏れてしまいました。」
「ガーン……」
遠慮0の正論の陳列。千穂乃は余程ショックだったのか、心ここにあらずの様子。ふらついた足取りで部屋の隅っこにいき、うずくまってしまった。
「おやおや、言い過ぎましたかね。」
「いや、あのぐらい言ってやれ。それより、決めたよ。千穂乃との共同生活もデートも受け入れよう。」
「ありがとうございます。」
「条件は守れよ。」
「もちろん、千穂乃様を大人しくさて見せましょう。」
メイがいれば、千穂乃とも何とかやっていけそうかな。千穂乃に振り回されていた日々の中で、この時初めて希望の光が見えた気がした。




