表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/27

勇者の退職代行

ここは、剣と魔法の世界。この世界で存在感を誇る大国、アストロピア王国は今、危機を迎えていた。10年以上にわたり、魔王軍の侵攻を受け、その国土を奪われていた。


 そこで、国王は異世界から4人の勇者を召喚し、彼らに国の命運を託すことに決めた。


「この国の行く末は4人の勇者に託された。彼らが魔王を打ち倒し、世界に平和をもたらしてくれるだろう。」


 王城の窓から街を見渡すのは立派な髭を蓄えた国王アルセリオン。彼は、期待と不安の入り混じった表情でつぶやいた。彼の苦労はしわに深く刻まれていて、まだ40半ばでありながらすでに髪は真っ白だ。


 彼は、歩みを進めようとする。だが、その前を遮るように一人の騎士が膝いた。


「陛下、謁見を申し出る者がおります。」


「後にせよ。相手にしていては次の予定に間に合わん。」


「それが、勇者に関する要件のようでして。」


 勇者、その単語が出た途端、国王の眉がピクリと動いた。


「……うむ、わかった。この場で対応しよう。」


「仰せのままに。」


 騎士が立ち上がり、横に退く。するとそれと入れ替わるように、見覚えのない男が国王の前に現れた。


「お世話になっております。退職代行モーヤダヤダのヤンと申します。」


 金の刺繍を施した青い上着。異様に細い目と、大仰な一礼。国王はこのヤンという男を訝し気に見つめた。


「退職代行サービスとやらは、随分羽振りが良いようだな。貴族の真似事などしおって。」


「我々は時と所と場合を弁えております。陛下の前ならば、相応の服装をと用意したまでです。」


「それで、何用だ?勇者への出資というなら考えてやらんでもない。」


「いえ、本日は別件でございます。」


「ほう?では、そなたと勇者に何の関係があるというのか?」


 今、王国は危機的状況だ。利益を二の次にして、勇者への資金提供を行う商人多い。だが、この男はどうも毛色が違う。国王の目には警戒の色が浮かぶ中、男は要件を伝えた。


「本日は、御国で勇者をされている常葉様、およびメイ様より退職のご依頼を受け、代理でご連絡させていただいております。」


 一瞬の沈黙。少し経って騎士たちは騒めきだし、国王は自らの耳を疑った。


「うん、退職?勇者を退職だと?」


「左様でございます。」


「いや、受け入れられるわけがあるまい。今日でまだ召喚してまだ3日目であるぞ。」


「はい。しかし退職の意思はすでに固まっております。」


「なっ……」


 毅然とした対応を取るヤンに、先ほどの騎士が剣を引き抜く。


「貴様なんてことを!勇者が退職?そんな戯言が許されるとでも。」


 男の喉元に、切っ先を突き付ける騎士。だが、ヤンは表情一つ変えず真っすぐ国王を見据えていた。


「落ち着け!彼はあくまで代理人だ。」


「しかし!」


「殺すことはなかろう。」


「陛下がそうおっしゃるなら。」


 国王の静止により、騎士はしぶしぶ剣を下げる。国王は、深くため息をついた後、不機嫌そうに続けた。


「まあいい、やる気がない者を無理に勇者にしても仕方がない。しかし、退職とは受け入れがたいな。せめて本人が直接言いに来るのが筋であろう。」


「精神的なご負担もあるため、弊社が代理で対応させていただいております。」


「ふん、これだから最近の若者は……」


「退職日は今月末を予定しております。必要書類のご送付をお願いできますでしょうか。」


「今日づけではないのか?」


「残りの日数は有休消化に当てたいとお考えです。」


「有休だと!そんなものが勇者にあるわけがない!」


 騎士は再び、ヤンに詰め寄った。


「しかし、有給休暇は労働者の権利です。例え、勇者という身分でも報酬と引き換えに魔王退治を行うのは、労働者の型に当てはまります。どうかご了承ください。」


「何と図々しい!」


「騎士よ、落ち着きなさい。確かに召喚したのはこちらの都合だ。迷惑料だと思えば、それも受け入れよう。」


「ご理解、感謝いたします。」


 国王は、国難の事態でも比較的冷静だった。王国からすれば大きな痛手だが、召喚された側がその都合に従う義理はない。ただ一つ、国王には気になることがあった。


「それで退職の理由は何だ?」


「転職と伺っています。」


「ほう、商家の私兵にでもなるつもりか?確かに金払いはいいかもしれないが。」


「いいえ、魔王軍にと、伺っています。」


 またも、沈黙がその空間を支配した。それも先ほどより格段に長い。国王は、目を大きく見開き、指を震わせる。そして、立ち上がり怒鳴った。


「ぬあにぃぃ!それは転職ではなく裏切りだ!これでは3日で裏切る召喚勇者ではないか!」


「あ、タイトル回収ありがとうございます。」


「やかましい。ええい、らちが明かん、常葉直太を出せ!」


 さすがの国王も我を忘れて、ヤンにつかみかかる。だが、ヤンは意に介さないといった様子で淡々と続けた。


「ご本人との直接連絡はお控えいただけますようお願いいたします。今後のご連絡はすべて弊社を通していただけますよう、よろしくお願いいたします。」


 国王は、拳を振り上げる。だが、振り下ろすことはできなかった。


「おのれえええ」


 2人の勇者がたった3日で裏切った。前代未聞の事態に、国王はただ怒りに任せて吼えるしかなかった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ