第2話「投げるだけ、と思っていた」 ──後編──
あと2投で、50点ちょうど。
自分でも驚いたけど、点数を計算して、狙いを考えて、次の一手をイメージしてる自分がいた。
「“3”と“5”を順に狙えばいける。……どうする?」
城戸先輩が小声で囁く。
「行きます。3、狙います」
「オッケー。落ち着いて、焦らず、な」
モルック棒を持つ手が、ほんの少し汗ばむ。
今までただ投げていただけなのに、今は違う。狙いに行こうとしている。
深呼吸。踏み出す。腕を振る。――打音。
カタッ。
「3ピン、倒れた!」
城戸先輩の声が飛んでくる。
仲間に喜ばれて、胸がじんわりと熱くなった。
「次で、決められるかもな。最後の1投、任せるよ」
“任される”という言葉が、こんなに重いとは思わなかった。
でも、逃げたいとは思わなかった。――むしろ、やってみたかった。
残りのピン、目標は“5”。ちょっと遠い位置にある。
集中する。風向き、角度、体の軸。――昨日までは気にしてすらいなかったことばかり。
この1投で、終わらせたい。
投げた。
放たれたモルック棒が空を裂く。
ゴン。
静かに倒れたのは――“5”のピン、1本。
「よっしゃあああ!! 50点ちょうど! 勝ちだー!」
城戸先輩が両手を挙げて叫ぶ。
今井先輩が「まいったな」と呟き、佐野先輩が笑いながら拍手する。
――俺は、モルックで、**“勝った”**んだ。
たった木の棒を投げただけ。
でも、その結果で誰かが笑って、誰かが悔しがって、俺の中で何かが震えた。
「……どう? モルックってさ、意外と熱いでしょ」
城戸先輩が隣で笑う。
「……思ってたより、ずっと、ちゃんとしたスポーツですね」
口にした瞬間、自分の顔がちょっとだけ笑っていたのに気づいた。
この日、俺は初めて「勝ちたい」と思った。
そして、その気持ちが“次の一歩”を引き寄せることを、まだ知らなかった。
(第2話 完)