第1話「入部届には僕の名前」 ──後編──
「……行くだけ、行ってみます」
そう口にした翌日。俺は結局、またグラウンド裏に来ていた。
「たまたま通りかかった」と言い訳しながら。
「おっ、笹崎くん! 来てくれたんだ!」
城戸先輩がパァッと笑う。
相変わらず明るくて、悪気のない人だと思う。いや、ちょっとはあるか。
「はい、じゃあ今日はちょっとゲーム形式でやってみようか」
先輩たちの提案で、チームを組んでの対戦が始まった。
俺は“なんとなく”で今井奏多って先輩と同じチームになった。
寡黙で、物腰がやわらかい。けど、投げるときは妙に鋭い視線をしていた。
「……気負わなくていいよ。適当に、ねらってみて」
「……はい」
とにかく狙う。数字のピンを見定めて、モルック棒を振る――
ゴン。
当たった。「5」のピンがひとつだけ倒れる。
静かに、でも確実に得点に加算されていくのがわかった。
不思議と、嬉しかった。
誰かに褒められたわけじゃない。
でも、やっと「やれた」って気がした。
「君、感覚は悪くないよ」
今井先輩がぽつりとつぶやく。
それだけの言葉だったけど、ぐっと胸にくるものがあった。
試合が終わる頃には、緊張も和らぎ、ほんの少しだけ、笑っていた自分に気づく。
……ああ、なんだこれ。ちょっと楽しいかもしれない。
練習後、帰り支度をしていたとき、また城戸先輩が近づいてきた。
「笹崎くんさ、もしよかったらでいいんだけど……正式に入部しない?」
「……まだ分かんないですよ。俺、モルックのこと、全然知らないし」
「うん、全然いい。それでも、いいんだよ。
やってみようかなって思ったら、もうそれで十分。俺も最初、なんとなく入ったし」
“なんとなく”。
その言葉に、少しだけ救われた気がした。
そもそも、なんとなく断れなかったのが始まりだった。
でも、その“なんとなく”が、今の心のどこかを少しだけ、あたためていた。
「……とりあえず、もうちょっとだけ、来ます。ほんの少しだけ」
「オッケー! じゃあ“仮入部”ってことで!」
城戸先輩が、ニカッと笑った。
それが、俺とモルックの物語の、ほんのささやかな始まりだった。
(第1話 完)