第1話「入部届には僕の名前」 ──中編──
木の棒を投げるだけ。
たったそれだけのはずなのに、やけに神経を使う。
モルックと呼ばれるその競技は、シンプルでいて、妙に奥が深かった。
「はい、次、凛太郎〜!」
「いや、名前で呼ばないでください。俺、まだ入部してませんから」
「え? 入部届は……もう出てるよ?」
ニッと笑うのは、城戸先輩。例の“勝手に名前を書いた張本人”だ。
その横には、もう1人。メモ帳を片手に、こちらをジッと見ている人がいた。
「あ、気にしないでいいよ。若林。副主将で、スコアとか記録とか全部管理してるから」
「記録……?」
「お前がさっき“7”を倒したときのフォーム。肘の角度、回転のかかり方、投擲後のブレ。けっこうクセあるなと思って」
若林先輩は、メモを取りながら、俺の背後からぼそりとつぶやいた。
こわ。観察力えぐい。
そんなこんなで、気づけば2投目。さっきより、ちょっとだけ「当てたい」と思っている自分がいた。
「いっけぇ……!」
ゴン、と鈍い音がして、一本がコテンと倒れる。
「おお! “9”いったな! すごいよ!」
拍手する城戸先輩。こっちは驚いて口を開けたままだった。
当たるもんだな。いや、当たると気持ちいいな。なにこれ。
「凛太郎くん、何かスポーツやってた?」
「中学、ソフトボール部でした」
「おー、やっぱ投げ方きれいだもん。力任せじゃないのがいいね」
「そうそう。モルックって、力よりコントロールだからね」
気づけば、見学のはずだったのに、他の部員たちと交じって試技を繰り返していた。
汗ばむ手のひら、額にまとわりつく髪。
夕暮れに照らされたモルックピンが、やけにキラキラして見えた。
「どう? 面白いでしょ、モルック」
最後に城戸先輩が、柔らかく問いかけてきた。
「……まあ、意外と」
そう答えたとき、自分でも気づいていた。
最初に掲示板を見た時の「何これ感」は、もうだいぶ薄れていた。
「で、さ。明日も練習あるんだけど――来る?」
うまく断る言葉が出てこなかった。
代わりに出たのは、なぜか苦笑混じりのひと言だった。
「……行くだけ、行ってみます」
それは、俺がこの部に“少しだけ”足を踏み入れた瞬間だった。
(つづく → 後編)