第6話「地味で泥臭いスポーツ」 ──後編──
合宿最終日の夕方、空は茜色に染まり始めていた。
グラウンドの隅では、今井先輩と若林先輩がピンを一つ一つ丁寧に洗っている。
「そっち終わったら、干しておいてー」
佐野先輩がタオルを手に、ピンの水気を拭き取っていた。
俺はといえば、棒とスコアボードの片づけを任されていたが、
どこかで心がふわふわと浮かんでいた。
(今日までで、何回モルック棒を投げただろう)
(何回ピンを並べて、何回外して、何回、泥を拭っただろう)
思い返すと、そのひとつひとつが不思議と胸に残っていた。
ミスをしても誰も責めなかったこと。
フォームを見て、何度でも教えてくれた先輩たち。
「地味な作業」を、誰ひとり面倒がらなかったこと。
(……こういう部活って、他にもあるのかな)
そんなことを思っていたとき、背後から声がした。
「凛太郎、お疲れ」
振り向くと、城戸先輩がペットボトルを2本持って立っていた。
「はい、これ。最後の1本、分け前だ」
「あ、ありがとうございます……」
2人で体育館裏の木陰に座り、無言で水を飲んだ。
しばらくして、城戸先輩がぽつりと言った。
「お前さ、“地味な競技”って思ってたろ」
「……見てました?」
「まあな。新人の顔って、すぐ出るからさ」
バレてたのか、とちょっと恥ずかしくなったけど、
城戸先輩は意地悪そうに笑うでもなく、ただ前を見つめていた。
「でも、俺はさ。派手じゃないからこそ、本気になれるって思ってる」
「……どういう意味ですか」
「観客のためじゃない。カメラの前でもない。
本気になったって誰も知らないし、派手な活躍もしない。
でも、それでもやるって、自分の“好き”に対してまっすぐじゃね?」
(“自分の好きに、まっすぐ”……)
それは、昨日までの俺にはなかった考え方だった。
「どう見られるか」ばかり気にしてた気がする。
「こんな競技でいいのか」って思ってた自分が、少し恥ずかしかった。
「俺、たぶん……やっと“モルックって言える”ようになったかもしれません」
「ん?」
「“モルックやってます”って、誰かに聞かれても、胸張って言えるかもってことです」
その言葉に、城戸先輩は少し驚いた顔をして、それからゆっくりうなずいた。
「……それだけで、十分じゃん」
夕暮れの中で笑い合ったあの時間は、
泥だらけで、汗でぐしょぐしょで、
でも、俺の中ではちょっとだけ輝いていた。
その夜。合宿最後の記録ノートに、俺はこう書いた。
「誰にも見られなくても、全力でいられる競技を、やってる」
それが、今の俺のモルックだった。
(第6話 完)