第6話「地味で泥臭いスポーツ」 ──中編──
午後の練習は「ピン配置の精度チェック」だった。
「ピン並べなんて、地味なことさせるよな~」
城戸先輩が笑いながら言う。けれど、その手つきは真剣だった。
メジャーを使ってピン同士の距離を測り、中心点からのブレを確認する。
1センチのズレも許されない。
しかも、何十回も繰り返す。
(……こういうのが、大事なんだよな)
午前中に見た若林先輩の姿が、頭に浮かんでいた。
泥にまみれて、ひとつずつ確認する、その姿。
「凛太郎。投げる側にとって“信頼できる配置”って、どんなのかわかるか?」
佐野先輩が、ピンを片手に俺に聞いてきた。
「……正確、で……再現性がある、というか……」
「そう。『いつも同じように並んでる』ってだけで、安心感がある。
集中できる。だから、雑に並べる奴は嫌われる」
「モルックって、ただ投げるだけじゃないんですね……」
「全部つながってんだよ。
投げる、並べる、測る、声をかける。
一人一人の“地味な仕事”の積み重ねで、やっと1本が倒れる」
その言葉は、まるで“部活”そのものの話にも聞こえた。
その後の練習では、投げ方のフォーム確認が中心になった。
今井先輩が俺にマンツーマンでついてくれた。
構え、歩幅、リリースの角度。
ひとつずつ丁寧に修正していく。
「肘、あと5度外。そう。で、ステップが1センチ広い。……OK、そこだ」
暑さも汗も、意識の外に追いやっていた。
頭の中は、“より正確に投げる”ことだけ。
「……当たった!」
「今のが正解フォームだな。覚えとけ」
ほんの1本、地味な1本。
でも、自分で組み立てた1本。
狙って、届いた1本。
その時ふと、午前に感じた“引け目”が少しだけほどけていった気がした。
泥がついたままのモルック棒を、そっと拭いた。
(たぶんこれは――誰かに見られなくても、
自分の誇りとして持てる競技なんだ)
声援が飛ぶわけでも、拍手が鳴るわけでもない。
でも、投げる前の静けさと、ピンが倒れるあの一瞬の重みだけで、
このスポーツは、十分に熱い。
(つづく → 後編)