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第6話「地味で泥臭いスポーツ」 ──前編──

「なんかさ、モルックって……地味だよな」


 そうつぶやいたのは、俺だった。


 


 夏合宿の3日目、午前の練習が終わったあと。

 昼食前の空き時間、木陰で水を飲んでいると、思わず口にしていた。


 


 「地味?」


 今井先輩が横目でこちらを見た。


 


 「うん……いや、なんていうか、

 他の運動部って、もっとこう、派手というか……盛り上がりがあるというか……」


 


 サッカーの歓声、バスケのドリブル音、野球の金属バットの快音。

 どれも絵になる。見てるだけで「青春」って感じがする。


 でも、モルックは――


 静かだ。

 狙って、投げて、ピンが倒れて、またセットして……その繰り返し。


 


 「そうかもな。でも、それがどうした?」


 


 今井先輩は少し笑って、泥のついたモルック棒をタオルで拭きながら言った。


 


 「地味で泥臭い。それでいいんじゃね?」


 


 「……なんで、そんなに自信持てるんですか。

 正直俺、最近ちょっと“なんでモルックなんだろ”って思ってて……」


 


 今井先輩は黙っていた。


 けれどその沈黙が、俺を責めるものじゃないことは、伝わってきた。


 


 「でもさ」


 やがて、今井先輩はゆっくり口を開いた。


 


 「たとえば、ピンの並べ方が1ミリずれただけで、

 次の試合の展開が変わることもある」


 


 「……え?」


 


 「たとえば、ピンを立てる順番で、相手の意識が変わることもあるし、

 前の試合で使った棒をきれいに拭いたかどうかで、スリップの確率も変わる」


 


 「そんなの、見てる人には……」


 


 「見えないよ。でも、やってる俺らにはわかる」


 


 地味で、目立たなくて、誰にも気づかれないかもしれない。

 でも、それを“やるかどうか”で勝負が変わる。


 


 「そういう細かい積み重ねが、“チームで勝つ”ってことだよ」


 


 その瞬間、俺の中で何かが少し揺れた。


 


 (派手さがなくても――意味がないわけじゃない)


 


 ふと見ると、グラウンドの端で若林先輩が一人、しゃがみ込んでいる。


 靴に泥を詰めて、ピンの固定位置の感覚を掴んでいるらしい。

 何度も、何度も、地面に手を伸ばしては、自分のフォームを確認している。


 


 汗と泥にまみれたその姿は、誰に見られるわけでもなく、ただ黙々と「正確さ」を追い続けていた。


 


 (……かっこ悪くなんて、なかった)


 


 むしろ、誰にも見られなくても、自分のために丁寧でいられる人が、

 一番かっこいいのかもしれない。


 


(つづく → 中編)

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