第5話「モルック熱中症」 ──後編──
合宿2日目の朝。
日の出前から、すでに外はじっとりとした空気に包まれていた。
昨日の体調不良が嘘みたいに、体は軽い。
けれど、心の奥にはまだほんの少し、不安が残っていた。
(ちゃんと最後までやれるだろうか)
(また倒れたりしないだろうか)
「おーい、凛太郎! 起きてるならストレッチ手伝ってくれ!」
城戸先輩の声が外から聞こえる。
慌ててユニフォームを着てグラウンドに向かった。
朝のウォームアップ。
昨日は途中で抜けた流れに、今日は最初から加わっている――それだけのことなのに、胸が少し熱くなる。
「無理すんなよ。でも、やれるだけやろうな」
今井先輩がさりげなく言ってくれた。
それは“見張ってる”んじゃなくて、“見守ってる”という距離感で。
午前の練習メニューは、昨日と同じく基礎投げ。
今日は途中でバテないよう、水分も体温も常に意識していた。
――50本目、命中。
――68本目、失敗。
――72本目、狙った「1」ピンをピンポイントで倒した。
「ナイス凛太郎!」
誰かがそう叫んでくれるたびに、自分が“ここにいていい”という実感がわいてくる。
午後のミニゲームでは、昨日の分を取り戻すように声を出し、仲間を励まし、試合を引っ張る。
「凛太郎、ずいぶん声出すようになったじゃん!」
佐野先輩が軽口をたたく。
「昨日、出せなかった分です!」
そんな風に、自然と笑って返せた自分に、ちょっと驚く。
そして、ミニゲーム最終戦。
残り1投、勝敗は俺の腕に託された。
狙うは「7」ピン。やや奥、少し左。
失敗すれば逆転負け。プレッシャーがのしかかる。
(緊張してる。けど、逃げたくはない)
「凛太郎、お前が一番よく投げた。任せたぞ」
若林先輩が、あっさりとそう言った。
“お前が一番よく投げた”
その一言に、力が宿る。
(俺が、このチームの一員としてやる。昨日は守られた。でも、今日は――)
モルック棒を振り抜く。
ゴンッ。
「……よしっ!」
ピンが倒れた。まっすぐ、1本だけ――それは確かに、狙った「7」だった。
全員が一瞬息を呑み、すぐに歓声が上がった。
ハイタッチが飛び交い、誰かが俺の肩をばんばん叩いた。
「ヒーローじゃん、お前!」
「“熱中症明けの奇跡の一投”って記事出せるな!」
笑いながら、みんなが囲んでくる。
昨日は手を借りて、守られていたこの場所で、
今日は自分が“誰かのために投げられた”。
夕食後、ふと部屋の隅でノートを開いた。
昨日の欄に書いた言葉の下に、今日の自分を刻む。
「支えられたから、支えたいと思えた」
それが、俺のチームでの新しい一歩だった。
(第5話 完)