第5話「モルック熱中症」 ──前編──
7月末・夏合宿初日。
到着したばかりの合宿所のグラウンドは、想像以上に広くて、そして、暑かった。
「本当にここで……やるんですか」
「やるしかないだろ。モルックは屋外競技、夏場の厳しさも込みで一人前!」
城戸先輩が空元気みたいな声を出して笑う。
けれどその額からも、すでに汗が噴き出していた。
桜丘高校モルック部、合宿一日目。
午前のメニューは「基礎投げ100本」と「体幹トレーニング」。
午後は「ミニゲーム×5試合」と「戦術共有会議」だという。
俺は、予定表を見た瞬間、無意識にため息が出ていた。
「まぁ……死なない程度に頑張ろう」
隣で今井先輩がぼそっと言ったその言葉が、今では冗談に聞こえない。
開始1時間。
すでに汗でユニフォームは肌に張り付き、視界はゆらゆらと揺れていた。
水分はちゃんと摂っているつもりだった。
帽子もかぶっていた。日陰に入るタイミングも見ていた。
――それでも、体がついてこなかった。
70本目の投てきを終えたあと、急に立ちくらみのような感覚がきた。
(あれ……?)
頭が重い。
モルック棒が、鉛みたいに手の中でずしりと重く感じる。
「凛太郎、次いくぞ!」
誰かの声が聞こえた。けれど、体が反応しなかった。
立っているつもりが、膝が抜けて――視界が、ぐらりと揺れた。
「凛太郎!」
気づいたときには、地面に膝をついていた。
そして、背中を支える腕があった。
「おい、凛太郎、聞こえるか!?」
近くで、城戸先輩の声。
そのあとすぐに、冷たい氷嚢が首元に押し当てられる。
「……すみ、ません……」
声がかすれていた。
情けなかった。
倒れてしまった自分が、練習の流れを止めてしまったことが、ただただ悔しかった。
「バカ。謝るなって」
今井先輩の声は、静かで、でも強かった。
「お前が倒れるってことは、それだけ全力でやってたってことだ。
落ち込む暇があったら、ちゃんと冷やせ。大丈夫、今日はもう休め」
熱中症――軽度のものだった。
しばらく日陰で氷嚢を抱えて休むことになった俺は、冷たいお茶を受け取りながら、ただ黙って空を見ていた。
「……ごめん、チームに迷惑かけて」
つぶやくようにそう言ったとき、そばにいた佐野先輩が言った。
「チームってさ、“誰かが弱ったときに守れるかどうか”だと思うよ」
その言葉の意味が、まだ完全には理解できていなかった。
でも確かに、あの瞬間、俺はひとりじゃなかった。
(つづく → 中編)