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第4話「逃げたい夏、逃げない夏」 ──中編──

 「無駄にしたくないからさ」


 その言葉が、ずっと頭の中で繰り返されていた。


 


 次の日も、練習はあった。

 合宿前、最後の通常練習日。

 気温は35度を超えていて、グラウンドの照り返しが肌に刺さるようだった。


 


 それでも、俺は来ていた。

 正直、来たくなかった。でも来た。

 辞める理由も、続ける理由も曖昧なまま、それでもここにいた。


 


 「凛太郎、今日の目標ある?」


 城戸先輩が笑いながら聞いてきた。


 「……10本中、3本は当てたい、です」


 「お、リアル。でもそういうの、大事」


 


 練習の最初に立てた、小さな目標。

 それすら達成できない日もある。それでも、今日は“届きたい”と思った。


 


 1投目――外れ。

 2投目――また外れ。

 3投目で、ようやく「4」ピンが倒れた。


 


 「ナイス!」


 若林先輩の声が飛ぶ。

 いつも通り、けれどちょっとだけ、温度がある。


 


 その後も、当たったり外れたりを繰り返し、6投目でようやく2本目が落ちた。


 ――あと1本。


 


 9投目、失敗。

 残り、ラスト1投。今の俺にできる、すべてを込めた。


 


 呼吸を整え、ピンをにらむ。


 (無駄にしたくない)


 (今、ここで)


 


 ――投げた。


 カタン。

 “8”ピンが、ひとつだけ、ころりと倒れた。


 


 「よっしゃあ!」


 自分でも、自然と声が出ていた。

 ささやかな成功。

 でも、それは確かに、続けたからこそ届いた1本だった。


 


 練習後、ベンチに座って水を飲んでいたとき、城戸先輩がぽつりと言った。


 


 「逃げたくなるよな、夏って。俺も、毎年そうだった」


 


 「先輩でも、ですか?」


 「うん。たぶん、全員あると思うよ。

 でもさ、モルックって、“逃げなかった分だけ当たる”気がしてんだよな、俺」


 


 その言葉が、妙に心に残った。

 城戸先輩って、普段はお調子者っぽいのに、

 ときどき、こうやってズルいくらい核心を突いてくる。


 


 練習ノートを開いて、俺は今日の記録を書いた。

 「10投中、3本命中」

 その下に、ひとことだけ足した。


 


 「やめなかった」


 


 それが、今日いちばんの成果だった。


 


(つづく → 後編)



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