第36話「僕の3年間は、ここにあった」 ──後編──
式が終わり、校舎の外は春の光に満ちていた。
記念撮影を終えた後輩たちが、ひとり、またひとりと凛太郎のもとに集まってくる。
「凛太郎先輩……ありがとうございました」
真っ先に声をかけてきたのは島田だった。
制服の袖をまくり、慣れない笑顔で差し出したのは――1本の、使い込まれたモルックスティック。
「これ、先輩が最初の大会で使ってたやつですよね。
整備し直して、ずっと倉庫に置いてました」
「……なんで、今?」
「引退したらもう使わないだろうから……俺、受け継ぎたくて」
「それと――」
そう言って、スティックに括りつけられた小さな封筒を指差す。
“ありがとう、主将”
その封筒には、後輩たち一人一人のメッセージが詰まっていた。
凛太郎は言葉を失い、しばらくそれを見つめていた。
やがて、ゆっくりと口を開く。
「……頼んだぞ、島田。
モルック部の未来。
それから――“あの頃の俺たち”のことも、ちゃんと残してくれ」
「はい。任せてください」
校庭の隅で、最後のキャッチボールのように、
スティックがひとつ、手から手へと渡された。
それは記録でも、トロフィーでもない。
でも、確かに“つながっている”という証だった。
その後。
凛太郎は静かな廊下を歩き、部室の前で一度だけ振り返った。
部室の扉は閉まっていた。
けれど、中から聞こえてくるような気がした。
笑い声。スティックがピンを弾く音。走る足音。
(この3年間は、もう終わったわけじゃない。
ここにいて、これからも続いていく)
そう思って、彼は小さく笑った。
「じゃあな、モルック部。
またな」
春風に背中を押され、凛太郎は歩き出した。
もう、振り返らない。
でも、ずっと背中で――あの音を、感じながら。
(完)