第1話「入部届には僕の名前」 ──前編──
入学式の翌週。春風がまだ制服の袖口にまとわりつく、そんな肌寒い昼下がりだった。
俺――笹崎凛太郎は、昇降口の掲示板の前で凍りついていた。
「モルック部 新入部員一覧」
その紙の中央、**“笹崎凛太郎”**という自分の名前が、堂々と印字されていたからだ。
……は? 俺、出してないけど?
何かの間違いかと思って目をこすったが、何度見直してもその名前は消えない。しかも他の名前は手書きなのに、俺のとこだけ綺麗にプリントされてるの、逆に怖い。
「おーい、笹崎くん!」
聞き覚えのない声が背後から飛んできた。振り向くと、笑顔の男子が小走りで近づいてくる。
「やっぱり本人だ! 笹崎凛太郎くんだよね? 俺、モルック部の城戸っていいます! 入部ありがとう!」
そう言って差し出された手に、思わず握り返してしまった。反射的に。でもこれはまだ、正式な意思表明じゃない。違う。
「いや、ちょっと待ってください。俺、モルック部って……なんですか?」
「あ、そっか、まだ知らない感じか。でも大丈夫大丈夫、みんな最初はそうだから!」
いやいやいや、そうじゃなくて。
「ていうかそもそも、俺、入部届出してないんですけど……」
「え、あれ? あれ出してないの? うちの部、城戸が用意して出しといたから大丈夫って言われて……」
「“城戸が”って、あなたじゃないですか!」
目の前の笑顔が、ちょっとだけ悪戯っぽくなった。
「いやー、どうしてもあと一人足りなくてさあ。君、去年の中体連で投げたフォーム綺麗だったよ。アレ絶対モルック向きだなって思って、こっそり名前書いちゃった☆」
☆じゃない。
星を飛ばしてる場合じゃない。
「中学、ソフトボール部だったから。全然関係ないし……」
「いや、投げるって意味じゃ近いよ近い! それに、モルックってさ、どんな人でも意外とすぐハマるから。保証する!」
保証ってなんだよ。通販か。
「……とにかく、俺はまだ何も決めてないですから」
「そう? じゃあ、とりあえず今日の放課後、グラウンド裏まで来てみてよ。見学だけでいいから。ちょっとやってみたら、分かるからさ。モルックの魅力が」
さわやかな笑顔で、そう言って彼は去っていった。
なんか、負けた気がする。
──その日の放課後。俺は、**“なんとなく”**グラウンド裏に足を運んでいた。
そこには、数人の男子がいて、木の棒みたいなものを投げ合っていた。一本は長くて丸い。もう何本かは数字が書かれた円柱状。並べて立てられている。
「おっ、笹崎くん来た来た! じゃあこれ持ってみて。これが“モルック”っていう木の棒!」
手渡されたのは、野球のバットをぶった切ったような、ずしっと重い木の塊だった。
「えーと、これで、あの並んでるやつを倒すんですか?」
「そう! めっちゃ単純でしょ? でも、奥が深いんだよ〜!」
説明もそこそこに、投げるように促される。仕方なく、腕を回して助走をつけ――
ドスッ!
一本、かろうじて当たった。数字は「7」。
「おおー! ナイス! 7点ゲット!」
隣から拍手が起きた。ほんのちょっと、だけど。
心の奥で、ピクッと何かが動いた気がした。
まだ、面白いかどうかなんてわからない。
でも、あの「当たった」瞬間の音と、誰かの笑い声が、不思議と耳に残っていた。
(つづく)