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終末の歌姫と滅びの子  作者: キー太郎
第三章

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第97話 糸目が開眼したら大体強い

 季節外れの冷たい風が、ヒョウの背後で花弁を巻き上げ攫っていく――


 イーサンと呼ばれた神経質そうな男が、「てめぇ……一体何者だ?」と短刀をヒョウに向けた。半月刀シミターを短くしたような曲線の峰が月明かりを反射してキラリと輝く。


「何者や……言われてもな」


 殺気立つイーサンを前に、ヒョウは表情を変えずヘラリと笑ったまま――


「自分の身分を明かせねー……敵以外に考えられねーんだよ」


 短刀を突きつけたまま、イーサンが奥歯を噛み締めた。歪む表情は、自身が感じている違和感で脳を抑え込もうとしているかのようだ――ヒョウを知っていると強力に叫び続けるバグってしまった脳を。


 そんなイーサンと、笑顔のままのヒョウを見比べるのは彼の相棒のマックスだ。


「……マジかよ」


 呆けた表情で二人を見比べるマックスにしても、ヒョウに対する知り合いという強い刷り込みから抜け出せていないのだろう。なんせ今相棒として横にいるイーサンでさえ、今回の仕事をするに当たってタッグを組んだほぼ初対面だ。


 ほぼ初対面の相棒と、脳が知り合いだと告げる男。どちらを信じればいいのか、逡巡するように視線を泳がせるマックス――その様子に苛立つようにイーサンが声を荒げた。


「マックス! 切り替えろ! 大体お前、アイツの名前を知ってんのか?」


 イーサンの言葉に、マックスが暫し考え「……知らねえ」と呟いた。


「そういう事だ! そういう能力なんだよ!」


 叫ぶイーサンの言葉で、マックスもゲートから巨大な戦斧を取り出し構えた。完全に敵対行動を取る二人を前に、「こないなバレかたもあるんやな」と苦笑いのままのヒョウが呟いた。


「金髪黒尽くめ、テメーは【八咫烏】だな?」


 マックスの言葉に笑顔を消したヒョウが「なんやて?」と眉を寄せた。完全に雰囲気が変わったヒョウに「やっぱそうかよ」とマックスとイーサンの顔から迷いが完全に消え去った。


「誰が【八咫烏】やて? いや、そもそもその名前が何でここで――」

「知らねーよ。俺らはここで【八咫烏】の調査をしてこいって――」

「マックス! 喋り過ぎだ」


 イーサンに止められたマックスだが、「いいじゃねーか。どうせ死ぬんだからよ」と溜息をついてヒョウに戦斧を向けた。


「例えそうだとしても、情報は漏らすな。静かに、迅速に……俺達がすべき事だけを成せ」


 構えるイーサンの言葉に、「しゃーねーな」とマックスも斧を構えてヒョウに向き直った。


「なんや? 冥土の土産に色々教えてくれてもエエんやで?」


 笑うヒョウに、「教える事は何もない」とイーサンが強く吐き捨てた。


「……そうか。ほな、しゃーないわ」


 肩を竦めるヒョウのゲートが光る――「これ、出したら珍しいて結構バレるさかい、あんま出したくないねん」


 そう言いながらヒョウが取り出したのは一振りの刀。


「……ジャパニーズソード(日本刀)か……そんな骨董品の使い手など、知り合いには居ないぞ!」


 叫ぶイーサンに「せやろね」とヒョウが苦笑いを浮かべた。


「確かに今の世の中じゃあ骨董品やもんな……コイツも――」


 左手に鞘を、右手を手前に構えるヒョウが「――僕の技も」とニィっと笑って見せる――その前髪を吹き抜ける風が揺らした。


「僕、ユーリ君と違って、肉体労働派やなくて、頭脳派やねん」


 そう言いながら笑うヒョウが更に続ける。


「せやから……あんま抵抗せんとスパって死んでーな」


 その瞳がスッと開く――瞬間、周囲を吹き抜けていた風の温度が更に下がった。


 肌を刺すように感じるそれが、ピンと空気を張り詰めていく――冷たく感じる空気に、イーサンの気管が縮こまる。酸素を求めるようにイーサンの呼吸が「ハァ、ハァ」と速くなった頃、彼は漸く場を支配しているのが、ヒョウの放つ殺気だと気がついた――この馬鹿げた圧力で全てを潰す様な気配が、ヒョウの殺気だと。


「……マックス……」


 絞り出すように呟いたイーサンの声。


「マックス! 陣形はオーソドックス、十秒でいい足止めしろ!」


 そう叫びながらイーサンが腰を落として短刀を強く握りしめた――が、その隣にいるマックスは戦斧を構えたまま微動だにしない。


 そんなマックスを、視界の端に捉えたイーサンが眉を寄せた。


「マックス! まだ切替えてねーのか! アイツは敵だ!」


 そう叫ぶが、マックスは動かない。ヒョウから目を離すわけにはいかないイーサンが、「マーックス!」と今日一番の大声を上げた瞬間


「あ」


 と喉から声を漏らしたマックス。その首がまるでスローモーションのようにイーサンの視界の端で「ゴトン」と音を立てて地面に落ちた。


「は?」


 イーサンの口から呆けた声が漏れる。その声に律儀に反応するように、マックスの胴体が首から血を吹き出しながら「ドサリ」と倒れ伏した。


 先程と変わらず吹き抜ける風が、転がったマックスの髪の毛を揺らす――死んだことすら気がついていない。そんな普通の表情で転がる首。その髪の毛が揺れる様は、直ぐにでもマックスが「イーサン、何見てんだよ」とでも言ってきそうで――


 その現実から一瞬で距離を取ったイーサンは、後ろも見ずに全速力で駆け出した――見えなかった。何も。ヒョウが何をしたのか、ヒョウがいつ動いたのか、何も見えず、何も分からなかったのだ。


 ヒョウから一瞬たりとも目を離さなかった。ヒョウは動いていなかった。それなのに隣で突っ立っていたマックスが死んだ。しかも本人すら気が付かぬ程の一瞬で。


 本当に何をしたのかわからない。唯一分かっているのは、相手が何をしたのか分からないという埋めようのない力の差だけだ。


 その結果導き出されたのは、至極単純な答え――勝てない――その答えはイーサンに全力で逃避という選択を取らせた。


 イーサンもマックスも、力が物を言う世界で、元はハンターとして生き抜いてきた。ハンターと言うのは、ハンターとして生きると言う事は、そういう世界で生きると言う事だ。


 そんな世界で生きてきたイーサンだけに、「コイツには勝てない」と思わされた事は幾度となくあった。それこそ【軍】のトップに位置するスーパーエリート達などいい例だ。


 どいつもこいつも化け物じみた連中で、イーサンでは逆立ちしても勝てはしない事など嫌というほど思い知らされたものだ。それでも――


 それでも、何もせずに尻尾を巻いて逃げた事など、一度としてない。


 何度か斬り合って、何度か撃ち合って、そして初めて感じる実力差――だが今はどうだ。


 斬り合う?

 撃ち合う?


 馬鹿を言うな。何をしたのか、いつ動いたのかすら分からない相手に、斬り合うも撃ち合うも何もない。


 今出来る事は、少しでも早く戦線を離脱する事だけだ。


 己の力量を把握し、無理はしない。


 そうして幾つもの修羅場を潜ってきたイーサンは、ハンターの最高峰(アダマンタイト)に手が届きそうになった頃、今の主人に拾われ私兵として活動し始めた。


 状況判断に優れ、冷静に取捨選択出来る男。だからこそ今まで長い間、力が支配する世界で生きてきたし、勝てなかった相手ですら、自力をつけて見返し追い越してきた。


 レベルアップが可能だからこそ、次に希望が見えるからこそ、逃走という選択は間違いではない。……では今は? 呼吸がしづらく、走りにくいイーサンの思考を支配しているのは、完全な絶望だ。


 レベルアップ?

 自力をつける?


 馬鹿げたことを。アレはそういう類ではない。アレはステージが違う。……アレは本当に――


 そう思ったイーサンが恐怖から思わず後ろを振り返った。


 そこには先程までと変わらず、突っ立ったままのヒョウ。そして転がるマックスの首と身体。


 良かった。まだアレは動いていない。


 イーサンは安堵の息を漏らすと同時に、冷静になった頭に違和感が飛び込んできた。


 ――マックスの死体もアイツも、妙に近くないか?


 全力で駆けているわりに、あまり距離が離れていない現状にイーサンはもう一度後ろを振り返った。


 相変わらず動いていないヒョウとマックスの死体。そして転がる首と、その近くに並んで立つ二つの足く…び――


 その瞬間イーサンは己の足へと視線を落とした。


 走りにくいはずだ。足首から下を現場に置いてきているのだ。それに気がついたイーサンに、焼けるような激しい痛みが襲いかかった。


「ぐぁああ」


 気付いてしまったらもう遅い。足首から先を無くして上手く走れるはずなど無いのだ。逆に今までよくここまで走れたな、と馬鹿げた感想が浮かんできている。


 イーサンという男は、何時いかなる時でも思考を止めない、と言う事が心身に染み付いている。身につけたその技術が、絶望に最大限の抵抗を示しているのだが、完全に恐怖に支配されたイーサンではその能力すら活かせそうにない。


「ハッ、ハッ」


 と荒い呼吸のまま這うように、少しでも遠くに逃げようとするイーサン。そんな彼の目の前に一つの爪先が現れた。


 イーサンが思わず振り返れば、そこには先程まで居たはずのヒョウの姿がない。分かっていた。分かっていただけに、イーサンは唇を噛み締めながら、爪先の主を見上げた――


「な、何でも話す――」


 震える口で絞り出した言葉に、目の前のヒョウが笑顔を浮かべて「パン」と手を叩いた。


「いやぁ良かったわ。僕、あんまし戦闘得意やないねん」


 ヘラリと笑うヒョウに、「どこがだ」と喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。


「ホンで? 誰のどんな依頼なん?」


 ゲートの中に刀をしまったヒョウに、イーサンが安堵の息を漏らして代わりに酸素を取り入れようと大きく息を吸い込んだ。


「俺らを動かしたのは、能力開発局局長だ」


 イーサンの言葉に、ヒョウが「能力開発局」と反芻しながら眉を寄せた。


 能力開発局――ナノマシンの開発や普及等を担っており、【人文】を構成する組織の一つである。その局長となれば、【人類統一会議】のメンバーでもある。


 そんな人間が何故ここを――訝しむヒョウに答えるようにイーサンが口を開いた。


「あの方は、ここが【八咫烏】と関連があると……だからここを調査せよと――」


 脂汗を流すイーサンが早口で捲し立てた。


「……ここが【八咫烏】に関係……? まあ無関係ではないやろうけど」


 考えながら呟くヒョウに、「お、俺が知ってるのはコレだけだ」とイーサンが声を張り上げた。


「コレだけって、ほな何をどう調査するつもりやってん?」


 眉を寄せるヒョウの疑問はもっともだ。なんせここは、ヒョウとユーリが作った墓があるだけの丘の上だ。


「し、知らねぇ。俺たちが言われたのは、何か落ちてたり、変わった物があれば持ち帰れ、とだけ――」


 震えるイーサンの言葉に「変わったもの……なあ」とヒョウが溜息をつきながら墓石に目を向けた。


「アレを持って帰るん?」


 小首を傾げるヒョウに、「いや」とイーサンが首を振った。


「アレは墓だろう? ならばアレを掘り返して――」


 そう口走ったイーサンを、再びの殺気が包みこんだ。イーサンからしたら、訳が分からないだろう。正直に答えているのに、相手がいきなり怒り心頭なのだ。


「それは……お前の判断なんか? それとも依頼主の意向なんか?」


 屈み込んでイーサンを見下ろすヒョウ。その底冷えする言葉と瞳に、イーサンが「ガチガチ」と奥歯を鳴らしながら


「あ、あの方が、あの方が、何かあれば、その下の地面も掘り返して調査しろ……と――」


 その言葉に「そうか」とだけヒョウが答えて立ち上がった。


「能力開発局の局長やな」

「ああ」


 頷くイーサンの目の前でヒョウのゲートが光り輝く――


「取り敢えず、そいつにはここに近づくなって言わなアカンな」


 ヒョウの手に収まった刀に、イーサンは顔面を青褪めさせながら「そ、それなら俺が言ってくる」と必死に声を張り上げた。


「いや、あんさんはエエわ。どの道その足やと、時間かかってしゃあないやろ」


 笑顔を見せたヒョウがスラリと刀を引き抜いた――その刀身が月を反射してキラリと輝く。


「な、何でもする……何でも――」

「ほんなら、僕の手土産になってぇな……あのマックス君と同じ、手土産に――」


 ヒョウのその言葉を最後に、イーサンの意識はプツリと途絶えた。


 吹き抜ける風がヒョウの前髪を揺らす――


「アカン。思いの外腕が落ちとるわ」


 眉を寄せたヒョウが、イーサンの首を拾い上げながら呟いた。


 イーサンの足を斬り落とした一撃は、もっと綺麗に斬れる筈だった。が、良く見ればイーサンの左足は倒れ、ヒョウの斬撃が僅かに歪んでいた事を示している。


「……今度ユーリ君相手に手合わせでも頼も」


 独りごちるヒョウがマックスの首も拾い上げる。


「今のユーリ君なら小突き放題やからな」


 ヘラヘラと笑ったヒョウが、墓前で静かに頭を下げた。


「皆……また来るわ。その前に、ココが騒がしならんように灸据えてくるさかい」


 墓石に背を向けたヒョウが、左手で二つの首の髪の毛を引っ掴み歩きだした。


 途中、マックスの死体を通り過ぎる時と、イーサンの死体を通り過ぎる時にヒョウの

 ゲートが光り輝けば、二つの死体が弾けるように消え去った。


 ゲートから直接刀を抜いたヒョウの目にも止まらぬ乱切り――それが齎すのは、肉体の消滅と血の蒸発だ。


 吹き抜ける風に一際濃い血の臭いが混じる頃、ヒョウは二つの首を片手にその姿を闇に消し去った。


 あとに残ったのは、地面に染み込んだ血の跡と、風に混じる濃厚な血の臭いだけだった。



 ☆☆☆



 ヒョウが去ってから凡そ三日程――降りしきる雨の墓前。


「なぁマモねぇ、墓に供える花って菊じゃねーの?」


「エリーちゃん、こないなもんはー気持ちがこもっとったら、エエんやでー」


「ふーん。じゃあオレは……あ、林檎があるわ」


「果物は…動物が来てぇ荒らすさかいーやめとこかー」


「じゃあマモねぇ半分こしようぜ?」


「えー? 後にせぇへんー?」


「駄目。今食いたくなったから」


 粗暴な声と間延びする声が、雨音に混じって暫く墓前に響いていた。

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