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終末の歌姫と滅びの子  作者: キー太郎
第二章

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第74話 人の数だけイレギュラー

 エレナ達が壁外でモンスターを相手にしている頃――


「ちょっと、なにつまみ食いしてるのよ!?」


 ――ユーリは『出張ディーヴァ』の店先で、仕込み中の料理をつまんでいた。……一見遊んでいるように見えるユーリだが、実は相手の居場所にある程度目星はついている。


 つい先程から祭りの会場に漂い出した場違いな殺気。恐らくこの主が『心を読む男』で間違いない。今のところ街の中心部で突っ立っているだけのようで、全く動く気配がないのだが、どうやって戦おうかユーリは思案中なのだ。


 あまり派手にやれば、祭りそのものが吹き飛ぶ可能性がある。ユーリとしては祭りが吹き飛ぼうがさして痛くはない……早食いと羊レースは惜しいが……。だが、今も目の前で頬を膨らませるリリアはこの日を楽しみに待っていた。


 リリアだけでなくカノン、それにサイラスやエレナでさえ楽しみにしていたのだ。少なからず世話になっているという自覚がある以上、何とか穏便に相手を殺す算段を考えているのだが――思案するユーリの手が、別の肉に伸びた。


「あ、また――」

「……待てって。これは所謂味見だ。お前らの店が繁盛するかどうかは、俺の――」

「何が味見よこの馬鹿! いつも店で食べてるじゃない!」


 プンスコ怒るリリアがユーリを捕まえようと手を伸ばすが、「甘いな」とその手をユーリがヒョイと躱した。


「ムッカー!」


 頬を盛大に膨らませたリリアが何度もユーリを捕まえようとするが、その度にユーリは「ハンター舐めんな」と全てを躱しつつ新たな別の肉を摘んで口に放り込んだ。


「ちょっといい加減にしなさい――」


 怒るリリアが更に猛攻を見せるが、勿論ユーリに触れることすら出来ない。開店前の屋台、その前で暴れる二人にリリアの母親が盛大な溜息を一つ。


「あなた達……イチャつくなら別の所でやりなさい」


 女将の言葉に「イチャついてなんかないわよ(ねぇよ)」と同時に振り返った二人。その二人にリリアの母親が目を丸くして驚いたと思えば、口元を抑えて笑いをこぼした。二人してその反応に不満そうな顔をするものの、先程までのように暴れる事はしない。


 これ以上暴れればまた「イチャついてる」などと言われかねないからだ。


 大人しくなった二人をよそに、一頻り笑った女将がまなじりを指で拭い


「それで? グルメ評論家のユーリ君としては、うちの料理はどうかしら?」


 ユーリに向けて茶目っ気たっぷりの笑顔を向けた。年齢を感じさせない可愛らしく微笑む姿、それを自然と出せるのも彼女の美徳だろう。


 そんな女将に向き合ったユーリが口を開いた。


「満足も満足。いいんじゃねぇか。手軽に食べられるモンに絞ったのも好感だしな」


 ユーリの言う通り、『出張ディーヴァ』のラインナップはホットサンドイッチだ。小さな子供から大人まで楽しめるように具も数種類ある。大人向けに数種類だがカクテルを提供しているあたり、ダイニングバーとしての譲れないものがあるのだろう。


 近くに休憩所もある中々好立地な場所だ。アルコールは分からないが、それ以外はメニューこそ少ないが、色々味を楽しめるというアドバンテージも大きいだろう。別々の味を買って、お互い交換が出来るなど色々需要が見込める。大抵の屋台がシシケバブやソーセージといった単品が多いのだ。


「それはよかった」


 笑う女将は心底嬉しそうで、そんな彼女を見るリリアも嬉しそうだ。なんせ今回初めて出店するのだ。上手くいくかどうかなど、やってみないと分からない。それでも誰かが太鼓判を押してくれる安心というものがあるのだろう。


 ここまで頑張って準備をしているのだ。であれば、尚の事穏便に殺さねば。とユーリが思案する中、ユーリのデバイスが着信を告げる――着信の相手に「ん?」と眉を寄せるユーリだが、出ねば話にならないとデバイスの通話をオンにした。


『やあ、警らは順調かね?』


 ホログラムの向こうに映るのはサイラスの姿だ。余裕たっぷりといった表情から、どうやら壁外はある程度決着がついたようだ。


「こっちは今ん所順調だな。相手に動きもねぇし」


 肩を竦めるユーリの前で『それは結構』とサイラスが小さく笑った。


『カノン君だが、ゲオルグ隊長と二人で大活躍を見せてくれたよ』

「マジかよ」


 ユーリとしてもまさかゲオルグが出てくるとは思ってもおらず、意外なコンビの活躍に若干頬を緩めた。ゲオルグの強さ自体は知らないが、サイラスが「上手くやっていた」と言うのだ。カノンを上手くフォローしてくれたらしい。……正確にはお互いがお互いを補い合ったのだが、ユーリがそれを知るのはもう少し先の話だ。


『そうそう。そっちにリンファ分隊長が向かっている』


 急に方向転換した話に「は?」とユーリが間抜けな声を上げた。話の切り返しもだが、内容を理解するのにユーリをしても若干のタイムラグを要したのだ。そのくらいリンファの行動が突飛だったとも言える。


「なんでまた?」


 眉を寄せるユーリの前で肩を竦めたサイラス。


『どうやら心を読む男に用があるらしい』

「用があるって……」


 そう言ったユーリのアンテナに別の殺気が引っかかった。ユーリが捉えていた街の中心に立つ気配の主(心を読む男)へと、一直線で向かうそれ――に気がついたように、気配の主(心を読む男)が高速で移動し始めた。そして確実にその後を追いはじめる新たな殺気の主。


 その状態に「あのバカ」とユーリは片手で顔を覆って天を仰ぐ。どうやらリンファも『心を読む』男を見つけたらしく、それを捕まえようと街中で追いかけっこを始めたらしい。


『大丈夫かね?』

「なんとかするよ」


 サイラスの呆れ顔にユーリはヒラヒラと手を振って「もう行くから切るぞ」と告げた瞬間、ホログラムの向こうでサイラスが一瞬だけ画面外へと視線を向けた。


「どうした?」

『いやなに。トラブルでね……少々負傷者が出てしまった』

「思ったより多かったのか?」


 モンスターが思ったより多かったのか。そう思ったユーリだが、続くサイラスの言葉でユーリは固まることになる。


『いや。モンスターではなく、黒幕がね……どうやら予想より強かったようだ』


 その言葉にユーリの顔色が変わる。完全に高みの見物で会えないと思っていた『カラス』と思しき連中。それが壁外に現れたというのは、ユーリからしたら大誤算だ。


「ジジイ、今直ぐそっちに――」

『不要だ。もう既に去った後だ。エレナ君が対応してくれた』

「対応って……エレナは――」

『エレナ君は無事だよ。少々ショックを受けているが……ね』

「ショック?」

『武器をね。破壊されてしまったようだ。』


 そう言って再び画面外に視線を送ったサイラスが、『君も人のことばかり気にしてる場合ではないだろう』と再びユーリを見て大きく溜息をついた。


「チッ……まあいい。もしまた現れたら――」

『その場合は私が出るさ。老いたが、君やエレナ君程度であれば、まだ私の方が強いからね』


 そう笑ったサイラスだが、急いでいるように『そちらは頼むよ』とさっさと通信を切ってしまった。エレナ達の状態も気になる所だが、サイラスの言う通り今からユーリが急ぎ向かったとしても何も出来ないだろう。それにリンファと男も追わねばならない。


「くそ……どいつもこいつも」


 呟いたユーリがリリアに振り返って「悪い、仕事だ」と短く言い放ってブランク状態のホログラムを消した。


 いつになく真剣なユーリの表情に「あ、ユーリ。カウント…ダウン……は――」と呟くリリアだが、姿を消したユーリの背中に届いたかどうかは分からない。



 ☆☆☆



 祭りのメイン会場である大通りに来たリンファは、あの日感じた言いようのない雰囲気をいち早く察知していた。


「……ホントに居やがった」


 呟くリンファの視界の端に映ったのは、あの日あの場所で見たのとは全く違う男の姿。髪の毛を短く切りそろえ、ボロを脱ぎ去り、一見すると何処にでもいそうな男だが、それが発する不気味な気配をリンファが間違う事はない。


 高速で男に迫るリンファ――その気配に男も気づいたようにリンファの方へ視線を向けた。


 その琥珀色の瞳とリンファの視線がかち合う――間違いない。あの男だ。


 リンファの足に自然と力が入った。こんな所で一般人と思しき男をどうやって、何の罪で拘束するのか。そんな事すら頭の片隅に浮かばないリンファ。そのリンファを見た男が一瞬だけニヤリと笑って、その姿を消した。


「くそ、逃がすかよ!」


 男の動きは殆どリンファには見えていないが、残り香のように漂うあの不気味な雰囲気が男の居場所を教えてくれている。リンファはそれを追いかけるように、再び地面を思い切り蹴って路地へと飛び込んだ。


 どこもかしこも人でごった返す通り。その人の間をリンファは器用に駆け抜けていくが、前を逃げる男の方が一枚上手なようでその距離が少しずつ離れていく。


 ビルの屋上を駆ければ少しはマシなのだろう。が、生憎と祭りがそれを許してはくれない。祭りの中心地であるこの辺りは、ビルの間に様々なバルーンがひしめき合い、そうでなくとも窓から窓へとかけられた無数の飾りが、蜘蛛の巣のように行く手を遮っているのだ。


 そんな物突っ切ってしまえばいいのだろうが、下手に違う場所に引っかかれば、下を歩く住人を巻き込む大事故になりかねない。流石に衛士としてのプライドから住民を巻き込むような追跡は出来ない、とリンファは今もまた前から来る人を躱して足を速めた。


 少しずつ開く距離だが、衛士として警らで歩き倒した街中だ。相手の行先を予想して、通りを先回りする事で離れては近づいて、と一定の距離を保っている。


 なぜ相手が逃げているのか。

 なぜ相手はワザワザ地面を走っているのか。


 頭に血が上ったリンファはそこまでの疑問を感じること無く、ただただ相手を追いかけていた。






 一方その頃……ユーリは気配を頼りに一直線で進み、リンファと同じ理由で地上を駆け抜け――


「こっちも行き止まりじゃねぇか!」


 ――道に迷っていた。



 イスタンブール奪還祭まで――あと四十分。

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