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第6話 困った時はゴブリン出しときゃ何とかなる

 ユーリの視界が白くなったのは、ほんの数秒――


 眩しかった視界がクリアになると、ユーリの目の前には曇天とコンクリートが作り出す境界線が飛び込んで来きた。


 急に現れたコンクリートの床と、目の前に広がる曇天。一瞬「どこだ……」と呟きかけたユーリだが、頬を殴るように強く吹き付ける風に、自分が高いところにいるのだと気がついた。


 ユーリが周りを見渡してみると、成程。いくつかは朽ち果て倒れているものの、未だ数本のビルがその存在を天に示している。


 ユーリはその僅かに残ったビルの屋上に立っていた。


「どこだ……ここ?」


 高いところにいると分かったが、それがどこかまでは分からない。だがユーリの呟きに、答えてくれるものはどこにもいない。


(さっきまでの部屋から一瞬で外に……転送とか言ってたが……。まー今はどうでもいいか)


 考えても分からないものは考えない。


 気持ちを切り替えたユーリは、ビルの屋上をその端に向かって歩く。

 屋上の端までたどり着くと、眼下に広がるのはかつて街であったであろう廃墟群。赤い屋根が特徴的な綺麗な街並みであったのだろう。そんな街並みは今や見るも無惨な廃墟と化している。


『――ザ、ザザ――リさん――ユーリさん。聞こえますか?』


 そんな廃墟を眺めているユーリの耳に、つい先程まで聞いた声が飛び込んできた。


「お、おおーおー! 聞こえる聞こえる」


 ユーリの耳に固定したイヤホンが嬉しそうに『良かった』と安堵の溜息を漏らした。


『まずはサテライトの起動をお願いします!』

 とまるで分かっているように話してくるが――


「サテライトってーと、()()だろーけど」


 ユーリはボール型デバイスを片手で持ち上げ

「スイッチとかは――」

 様々な角度から見るがどうやら()()()()()()()は見当たらない。


『これは説明不足でした! カノン・バーンズ一生の不覚……サテライトは起動にのみユーリさんの()()をお貸し頂く形になります!』


 ここで言う魔力というのは、実はよく分かっていない謎の力のことだ。モンスター達が使う物理法則を無視した技を魔法と呼び、そのモンスター達同様能力者も魔法が使えるようになった頃、それらを扱う力を便宜上魔力と呼んでいるのだ。


 最新の研究結果では、能力者の体内には新たな臓器が生成され、それらから体中に血管のような細い管が伸びていることが報告されている。モンスター達の素材をベースにナノマシンが新たに生成したとの発表があるが、それ以上の説明が出来ないというのが現状だ。


 兎に角能力者であれば、大なり小なり魔力というものを有している。それがモグリか正式かに関係なく。


『軽く魔力を注いでいただければ、その後は内在している魔石で稼働します。便利か不便か微妙ですが安心して魔力を注いでください!』


 耳に響く声で、ユーリの脳裏にカノンの苦笑いが浮かんだ。


「あ、そーいう――」


 脳裏に浮かんだカノンと同じ様に、苦笑いをこぼしたユーリがサテライトに魔力を注ぎ込む。


 起動音とともにサテライトが浮かび上がり、そのレンズが青く光リ始めた。



『サテライト起動――視界リンク開始――』


 上でくるくるするサテライト。それを「おーすげーな」と間抜けな顔で眺めるだけのユーリ。


『リンク完了。視界クリ……ぎぃぃぃやぁぁぁぁぁぁ! た、高い』


 耳をつんざくカノンの悲鳴に、ユーリは咄嗟にイヤホンを外し、そのまま放り投げそうになってしまった。


「おまっ、急に大声出すんじゃねーよ」


 顔をしかめたユーリが、手に持ったままのイヤホンへ向けて叫んだ。


『す、すみません。思っていた以上に高かったのでビックリしてしまいました。もう大丈夫です!』


 少し遠くから聞こえてくるのは、落ち着きを取り戻したようなカノンの声。恐る恐るイヤホンを付け直すユーリの真上で、再びサテライトがくるくると回りだす。


『あ、ユーリさん。今回初任務なのでユーリさんの生体情報同期と周囲の索敵にもう少しお時間いただきます!先程デバイスの方に『戦う理由』の方送信しましたのでその間に確認してください!――』


 その言葉を聞いてユーリは「戦う理由?」と、怪訝な表情で新しくなったデバイスを起動した――


 ユーリが使用していた年代物と比べると最新式のそれはサクサクと動き、目当ての『戦う理由』とやらを表示しはじめる。


「こいつはまた……」


 立ち上がったホログラムに映し出されたのは、拷問かという量のレポートだ。あまりの量に軽く引いたユーリだが、まだ時間がかかるというので大人しく従うこととに――



 ………………




「なっげぇーわ!」


 叫んだユーリがスクロールしていた指を止め、腕につけたデバイスをスリープに。

「ピッ」と言う電子音と共に、中空に浮かんだホログラムの画面が消失する。


『…で、でもユーリさんが言ったんですよ? 「戦う理由が分かんねーんだよ」とかなんとか言って』


 ユーリの耳、そこにつけられたイヤホンから漏れてきたのは、カノンの不満そうな声だ。


「…いや、あれは――」


 その声に苦笑いを隠して右の掌で顔を覆うユーリ。


 ユーリとしてはもう何度目になるのかわからない質問「何故自由討伐しかしてこなかったのか」を、はぐらかす目的で言っただけだった。


(ま、本当の事は口が裂けても言えない訳で)


 ユーリの思いは大きな溜息となって体外へと吐き出された。恐らく男性や他のオペレーターは、ユーリがモグリであると気づいているだろう。だからと言って、自分から認める訳にはいかない。それこそ自殺行為に加え、ユーリの()()に反してしまうからだ。


「戦う目的……ねぇ」


 ユーリにとって()()()()()()()()()()なんてただ一つだ。日々の糧を得て、新たな力を身につけるための()()であるからだ。


 いや、()()()()()()、力を得ることすら手段と言えるかもしれない。


 とはいえ、正式ハンターがお題目として掲げる、戦う理由くらいは把握しておく必要があるだろう、と「戦う理由が分からないのであればこれをどうぞ」と送られてきた大量の簡易レポートを先程まで読んでいたのだが、結果は全部読む前にユーリがギブアップしてしまった形だ。


(もしかして正規ハンターは全員これを読んでる……とかねぇよな)


 溜息混じりのユーリが、再びレポートを立ち上げスクロールしてみる。


(いや、ねぇだろ。この長さはよ)


 上下にスクロールしてみたものの、全部読めば日が暮れてしまいそうな量だ。やはり全部は読んでいられないと、ユーリは肩をすくめながら立ち上がる。


「……戦う理由はいいや。とりあえず()()()()って事だろ」

『はい、そうです!』


 イヤホンから流れてくる答えは、なぜかとても嬉しそうだ。


「んじゃま、人類の為ちょっくら行ってくるわ」

 伸びをするユーリの耳にカノンの声が届く。

『システムオールグリーン。バイタル、コンディション…ノーマル ステート(通常値)。問題なしです。ユーリさん、ご武運を……』


「いいね。何か分からんが、格好いいじゃねぇか」


 肩をグルグルと回したユーリの眼下には、ゴマ粒のように小さい何かが集まっている。目を凝らすユーリが、それらをゴブリンだと確認した。いつの間に集まったのか、それとも元々そこにいたのか。とにかく少なくないだろう数のゴブリンがいることだけは確かだ。


「よっし。いってきまーす――」


 そんなゴブリンたちの大集団めがけて、文字通りユーリは飛び込んだ。


『え? ちょ――』


 カノンの疑問符と慌てるサテライトを置き去りに――ビルから飛び出したユーリはその体を重力に預け見る間に加速していく――


 常人なら何回走馬灯を見たかわからない距離は、『ちょ、え? ちょ――』カノンにおかしな言葉を繰り返させ続けている。


 ぐんぐんと加速したユーリが狙い定めた着地で、一体のゴブリンを踏み潰した。

 飛び散る臓物と血が、蜘蛛の巣状に走った亀裂を赤黒く染めていく。


 ゴブリン――子供ほどの体格に緑の肌。耳まで裂けた口と異様に出た下っ腹。


 ファンタジーには必ず出てくる雑魚の筆頭。

 この時代でもその認識は変わらないが、それはあくまで小集団に限った話である。


 集落を作るほどの規模になると、必ず上位種と呼ばれる個体がいるため、危険度は格段に跳ね上がる。


 そんなゴブリンが今、ユーリの目の前に軽く二十体程。


『ぎぃぃぃやぁぁぁぁぁ! なんでいきなり敵陣ど真ん中に突っ込むんですか――』

 カノンが発する非難の声がユーリの耳を再度突き刺す。

 

 だがそれにユーリが答えることはない。


「ひー、ふー、みー…いっぱいだな」

 ユーリの目の前には、奇声を発するゴブリンの群れ。

 怒っているように見えるのだが無理もない。ゴブリンたちからしたら、ユーリは突如現れ、仲間を踏み殺した憎き相手だ。


「恨みはねーけど()()()()らしいーからな――派手に行くぜ――」


 言い終わるや否や、ユーリは近くのコブリンとの距離を一気に詰め、その顔面に拳を叩き込む――

『ええ?! す、素手――?』

 カノンの驚きの声をかき消すように、凡そ生物を殴ったとは思えない衝撃音が辺りに響く――顔が潰れたコブリンが宙を舞う。


 飛んできた仲間を避けようと、一匹がユーリから視線を外す――その脇腹をユーリの左拳が穿つ。


 肉と骨の潰れる音。

 膝から崩れ落ちるゴブリンB。


 倒れ行くゴブリンの近く、別の一匹が浮足立ったようにユーリに飛びかかる


 その腹に突き刺さるユーリの右足。


 三匹目が吹き飛んだ瞬間、ユーリの側でくずおれていた二匹目の頭蓋とアスファルトが鈍い音を奏でた。


 倒れたゴブリンの口から流れる血が流アスファルトを染めていく。



 瞬く間に三匹が物言わぬ骸と化したその事で、ゴブリン達はユーリから距離を取り陣形を整え始めた。


「へぇー。こりゃ案外大物がいるかもな……」


 その様子を見たユーリは一瞬目を見張った。

 ユーリが知るゴブリンは、集団戦法を取ったとしても基本的にその連携はお粗末なものが多い。

 要は各々好きなタイミングで殴りかかってくる、素人の喧嘩のようなモノなのだ。


 目の前のゴブリンたちのように、ユーリを取り囲んで機を伺う、という統率の取れた集団はユーリをしてもあまり見たことがない。統率が取れるということは、彼らを従える存在がいるということ。


 少しだけ気合を入れるか、とユーリが大きく深呼吸をしたその時、


『ユーリさん! 6時h――』


 カノンの言葉の途中で、ユーリは急に右足を旋回させて体を開いた(半身になった)、。

 ユーリの()()を揺らす鈍色の一閃。


 周囲に響く骨と肉の潰れる嫌な音。


 ユーリの左耳では『6時方へぁ?――』カノンの声が間抜けな物に。


 カノンの支援とほぼ同時に、後方からの振り下ろしを躱しつつ右拳を叩き込んだユーリ。



「ナイスアシスト、カノン」


 ユーリがニヤリと笑うと、その拳に顔面を潰されたゴブリンがズルリと地に落ちる。


『え、あ、はい……』


 自分のアシストとほぼ同時に、まるで後ろが見えているかの如く動いたユーリ。

 そんなユーリに感謝されて当のカノンは困惑気味だ。


 だがそんな二人を、ユーリの目の前にいるゴブリン達が待ってくれるわけはなく――


 地面に仲間が伏せたのも構わず、ユーリの右、左斜後ろの二方向から体を低くした二匹が同時に迫る。


 だが当のユーリはそんな二匹を完全に無視。

 目の前に見える一匹目掛けその距離を一瞬で詰めたかと思うと、その股下を思い切り蹴り上げた。


 その衝撃で絶命し空へと打ち上げられる一匹――を追いかけるように、ユーリも地面を蹴り今も空を舞うゴブリンの片足を掴むと、眼下のゴブリン達へ嘲笑を見せた。


「お前ら馬鹿だろ。様子見なんてしてねーで全員で来いよ」


 空中で啖呵を切るユーリに激昂したのか、ゴブリン達がその着地予想点へと群がっていく――


「飛んで火にいる――」

 ゴブリンを掴んだままのユーリが空中で縦に一回転――

「――夏のゴブリンッ」

 ユーリが手に持ったゴブリンを眼下へ投げつけた。

 背から肩、肩から腕と、回転の力が余すことなく収束したゴブリンは、最早同質量を持った小型爆弾なみの衝撃で仲間たちを襲う。


 断末魔も掻き消すほどの衝撃と轟音。


 集まった殆どのゴブリンはその一撃で弾け飛んでしまった。


「うっし、ストラーイク!」


 その状況に満足したようにガッツポーズのユーリ――の耳に


『「ストラーイク」じゃないですよ! 暴れ過ぎです! そんな事したらどんどん集まってきちゃうじゃないですか!』


 カノンが発する非難の声。


「良いんだよ。()()()集めてんだから。こちとら一人だぞ? 敵を探してウロウロなんてやってられっかよ」

その(索敵の)ために私がいるんですが……』


 しぼんでいく語尾は、カノンの呆れかそれとも怒りか。兎に角納得はしていないだろう事だけは分かる。とはいえ、それに付き合う義理などユーリには無いわけで……


「お、そーだったな――けど今回は必要なさそうだぜ?」


 笑うユーリの視線の先には続々と集まってくるゴブリン達。


「出てこなくなるまでぶっ殺せばそれで終いだ」


 ポキポキと指を鳴らすユーリの眼の前で、先程よりも明らかに数の多いゴブリン達が、奇声を上げて威嚇している。


『そ、そんな無茶苦茶な――と、とりあえずユーリさん。武器くらいは出してください』

「武器? んなもんねーよ」


 素っ気なく言い放つユーリの耳に『へ?』という間の抜けたカノンの声が響く。


「武器はこの体と――あとは――」


 言いながらユーリは、足元に転がる錆びた鉄剣の柄を踵で軽く踏み抜いた。

 真横で激しく回転し、「ヒュンヒュン」と風切り音を上げて跳び上がった鉄剣――を掴んだユーリがニヤリと笑った。


「――現地調達だ」


 『そ、そんなボロボロの武器じゃ――』

「良い事教えてやるよカノン。こんなもんはな、()()()()()()()()()()()()()()何でも良いんだよ」

 言うや否や再びゴブリンの群れへとユーリは駆け出していく。

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