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終末の歌姫と滅びの子  作者: キー太郎
第二章

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第34話 大通りの人混みで個人名を叫んじゃ駄目

 イスタンブールの中心を走る大通り。まだ日が高いこともあって、そこは多数の人でごった返している。


 ハンター、一般人、その通りを歩く人に別け隔てなどなく、活気のある様子は人類が今まさに滅亡の危機にある事など、つゆとも感じさせない。


 通りに面したビルが様々な雑踏を反響させ、時折壁の通気ダクトが程よく暖かい風を届けてくれる――実に良い昼下がりの光景だ。


 そんな賑やかな通りを、人の波に合わせるように歩く凸凹なコンビ――ユーリとカノンだ。


 早々に依頼を終えた二人が未だ日の高いこの時間、足早にハンター協会へと向かうには理由がある。


 ユーリの仮住まいだ。


 このイスタンブールに来て、ユーリはずっとトラブル続き。


 睡眠を取った場所は拘留所と路地裏。この何とも言えない自分の状況に、ユーリとしてはさっさと仮住まいを探したくて仕方がないのだ。


 リリアの依頼とスライム核の依頼。その両方を合わせれば、まあ一ヶ月の家賃と二、三日の生活費の目処は立った。後は仮住まいを見つけるだけだと、ユーリは隣を歩く相棒に感謝の念も込めて


「そーいや結局聞いてなかったな」


 人波に乗って歩くユーリが隣のカノンに視線を向けた。

 そんな視線にカノンは小首を傾げるだけで「何をでしょう?」との意思を示した。


「何で苦手なスライムの依頼を持ってきたんだよ?」


 ニヤリと笑うユーリに「え……えと、それは――」と途端にあたふたするカノン。


 今も「あれはですね……」と目が高速で泳ぐカノンにユーリが大きく溜息をつき――


「どうせ、俺に恥でもかかせてやろう。って魂胆だろ?」


 ――ジト目でカノンを睨みつけた。


「な、何故それを――! やっぱりその目付きで私の心を読んでるんですね!」


 何故か胸を隠すカノンが「は、破廉恥です!」と声を張り上げユーリを睨みつけている。


「うるせぇうるせぇバカが。心なんて読めるかよ。――」


 呆れ顔だったユーリが一瞬だけ見せた優しげな表情に、「?」小首を傾げたカノンのベレー帽をユーリがポンと叩いた。


「そもそも『魔法職』名乗っててスライムが苦手とかねーだろ」


 呆れ顔に戻ったユーリが小さく息を吐いて


「まあ……お前みてーな爆弾娘にかかればスライム核ごと砕けそうだけどな」


 悪い顔でカノンを覗き込んだ。


「だ、誰が爆弾娘ですか! ちゃんと威力の調整くらい出来ます!」


 慌てて頬をふくらませるカノンに、「ホントかよ?」とジト目のユーリ。


「ほ、本当です! ユーリさんと違って優秀な私ですよ?!」


「へー、へー。じゃあそーいう事にしといてやるよ」


「あ、信じてませんね?」


 騒がしい大通りの喧騒に負けないほど賑やかな二人。

 人混みに紛れないようユーリの隣を騒がしく歩くカノン。

 そんなカノンを鬱陶しそうに、だが邪険にするわけでもなく相手にするユーリ。



 昨日と変わらない、いいコンビの二人に怪しく近づく影が一つ――


「見つけたのであーーる」


 不意に響いた大声。


 賑やかな通りをしても、歩く人が皆一様に振り返ってしまうほどの大声だ。


 そんな声に一瞬ピクリと肩を反応させたユーリだが、それを無視して通りを歩く。


「あれ、ユーリさ――いだだだだ」


 隣を歩き振り返ろうとするカノンの頭を掴み、無理やり前を向かせたユーリ。

 カノンは首を押さえながらそんなユーリを恨みがましく眺めた。


 そんなカノンをユーリは横目で一瞥し、「急ぐぞ」と一言。言葉がカノンに届く頃には、人の波を器用に抜けていくユーリの姿が。


「あ、ちょっと待って、ユーリさーーーん!」


 カノンがユーリの言葉を理解した頃には、既にユーリは雑踏の中。

 そして残念ながらカノンには、ユーリのように人の波をくぐるスキルはない。

 相手が止まっていれば、その身体の小ささを利用できるカノンだが、ランダムな人波の動きを読める能力は無い。その為仕方なく人の波の間から、前を行くユーリを大声で呼ぶことしか出来ないでいた。


「チッ、あのバカノン。個人名を――」


 苦虫を噛み潰したような顔をしたユーリが、今も「ユーリさーーん!」と叫ぶカノンを止めようと反転。


 ユーリは再び人の間を縫うように、スルスとカノンのもとまでやってきた。


「ユーリさん、一体急に――」

「バカ。個人名出すな。さっさとずらかるぞ」


 怪訝そうなカノンと、人差し指を口に当て、カノンの手を引くユーリ。


 そんな二人の後ろから「ドスドス」と大きな足音が近づいてくる。


「待つのであーる!」


 がっしりと掴まれたユーリの肩。


「チッ――」


 思わずもれるユーリの舌打ち。


「何故無視するのであるか?」


 地団駄を踏み、腕を振り上げるゲオルグ隊長に、ユーリは白々しく、困ったような笑顔で口を開く。


「人違いじゃありませんか? 僕には貴方のような知り合いはいませんけど?」


「プフッ――『僕』……気持ちわ――にょい!」


 吹き出すカノンのアホ毛をユーリが引っ張り上げた……一応表情は困ったような笑顔のままで。

 対するカノンは自身のアホ毛が心配なのか、目と口を大きく開き、視線が上《アホ毛》とユーリを行ったり来たりだ。


 困り顔のユーリ。固まったままのカノン。二人を見比べたゲオルグ隊長が、「フンス」と鼻息を一つ。


「人違いではなーーい! 貴様はユーリ・ナルカミであっているのであーる!」


 ゲオルグ隊長の張り上げた大声に、再び周囲の人々がゲオルグ隊長を振り返った。


「いえいえ。人違いですって。それとあまり大声で騒がないでください。僕までバカだと――」

「ユーリさん、流石に無理――にょい!」

「だから個人名出すんじゃねぇよ。このアホ毛引っこ抜くぞ」


 先程までの笑顔は一転、いつものユーリが、カノンのアホ毛をさらに引っ張る。


「ぎょえええええ! ドメスティック!」


 ユーリから距離を取り人混みに紛れるカノン。

 そんなカノンに「バイオレンスがねーと意味分かんねーからな」と盛大な溜息のユーリ。


「やはりユーリ・ナルカミであっているではないか!」

「だから個人名を大声で言うんじゃねぇよ」


 いちいち声の大きいゲオルグ隊長と、腕を組み面倒さを隠さないユーリ。


 周囲を歩く人達はそんな二人を気にしているようにチラチラ見てはいるものの、その足を止めることはない。


 さすがに白昼の大通りで、衛士隊員に大声を張り上げられているような輩と関係を持ちたいと思うものはいないだろう。


 旧時代で言えば警察に「待てこら!」と追われているようなものだ。


 そんな状況である以上、ユーリとしては自分の名前を大声で言ってほしくないのだ。少なくとも、今後この街で過ごす以上、悪名を轟かせるわけにはいかない。


 だが、そんなユーリの心を推し量ってくれるような人間がここにいるわけではなく……


「なぜ吾輩のことを無視したのであるか?」

 ズイズイっと詰め寄ってくるゲオルグ隊長。


「近ぇ近ぇ」

 と肩を押して距離を取るユーリ。


 ようやくある程度の距離が保てた所でユーリが大きく息を吐き、


「んなもん、遥か昔に出てきたヤツのことなんて覚えてるかよ」


 いちいち説明することすら面倒なので、忘れている体にすることに。

 ユーリとしては、ゲオルグ隊長と会ってから、結構時間が経ってる気がしていたので、案外イケるかもという思いもあったりする。


「遥か昔とは何であるか! 丸一日しか経っていないのであるぞ!」


 ゲオルグ隊長の言葉に、ユーリは記憶を探ってみる。


 ……ゲオルグ隊長と会って。

 ……カノンを押し付けられて。

 ……その夜にマフィアとドンパチやって。

 ……朝に【ハンター協会】で揉めて。

 ……ついさっきスライムを倒してきた。


「あ、ほんとだ」


 ポンと手を打つユーリに「馬鹿にしているのであるか!」とゲオルグ隊長の地団駄は止まらない。


「うるせーな。こちとらアンタと違って濃い一日を送ってんだよ」


「吾輩こそ濃い一日を送っていたのである!」


 指を折りながら「支部長と会って、防衛隊のシフトを組み直し……」と昨日一日の説明を始め出すゲオルグ隊長。


 既に通りを歩く通行人達は、「少しヤバいやつら」というように、ユーリ達がいる付近を避けて歩いている。


「あー。いい、いい。誰もアンタのスケジュールに興味なんてねぇから……ゲオ……ゲオ……何だっけ?」


 ユーリの視線の先には、少し離れたところにいるカノン――通行人が避けて通るようになったことで、隠れられなくなったのだ。


 ユーリのキラーパスに、三度目の頭を抱えるかと思われたカノンであったが――


「チッチッチ――」


 まさかのドヤ顔で指を振りながら、ユーリとゲオルグ隊長のもとへと歩いてきた。


「ユーリさん。もうそれは対策済みですよ」

 胸を張ったカノンにユーリとゲオルグ隊長の視線が集まる。


「この方は――ゲオルグ隊長です!」


 ゲオルグ隊長の隣で、目を閉じ、胸を張ったままのカノン。

 

 強いビル風がカノンのアホ毛をピコピコ揺らしている。


「おまっ、それは卑怯だろ?」


 カノンが見せたまさかの機転にユーリが若干焦る。


「フフフ。通じたらいいんですよ。間違えてもいませんし。これぞ完璧な対策でしょう!」


 焦るユーリを見るカノンの表情は、してやったりと言った具合だ。


 そのカノンの表情にしかめっ面のユーリ。


「どこが完璧だよ! 覚えられるまで頑張れって。応援してやるから」


 カノンの肩に手を置き、「な? 頑張ろうぜ?」と今も何の応援か分からないが必死なユーリ。


「頑張りません! そもそも覚えていないユーリさんに言われたくありませんし、人の名前で遊ぶのはよくないと思います!」


 ユーリの手を払い除けたカノン。ニヤリと笑うその表情はまさに勝ちを確信したもの。

 周囲を歩く人々も、心なしかカノンの言に頷いているようにさえ見えてしまう。


 だが、そこで引くユーリではない――


「遊んでんじゃねーよ。コミュニケーションだ。オッサンだって欲しがってんだぜ? なあ――?」


 援護射撃をまさかのゲオルグ隊長へと求めた。が――


「そんな訳ないのである!」


 まさかのフレンドリーファイア。その言にユーリが顔を顰め、カノンが勝ち誇ったように笑っている。


 対照的なユーリとカノンにゲオルグ隊長は続ける――


「そもそも何故、吾輩のこの素晴らしい名前を、覚えられないであるか?!」

「「長ぇからだ(長いからでしょう)」」


 さすがにこの発言には、ユーリもカノンも完璧に揃った声で反論。


 このシンクロにゲオルグ隊長は地団駄を踏みながら口を開いた。


「何たる侮辱! しっかりと聞いて覚えると良いのである! 吾輩の名は――」


「ゲオルグ・アウグスト・フォン・ドナースマルク・ツー・イーゼンベルク・ウント・ゲッティンゲンだろ?」


 ゲオルグ隊長の発言を遮ったのは、まさかのユーリだ。


「「え」」


 カノンとゲオルグ隊長の視線と疑問符が集まった今も、ユーリは面倒くさそうに小指で片耳をほじくっている。


「ユーリさん、覚えてたんですか?」


 まるでゾンビ。プルプル震える両腕を突き出し、「マグレですよね? マグレと言ってください」とユーリに迫るカノン。


「俺は誰かと違って優秀だからな……この程度覚えるのは造作もねーんだよ」


 そんなカノンの頭を片手で抑えるユーリは、ドヤ顔で自身の蟀谷こめかみを指で叩いた。


「くやしいです!」


 両手をブンブン振り回すカノンだが、リーチの差でユーリには届いていない。


「では何故分からないフリなど……」


 カノンと違い愕然としているのはゲオルグ隊長。

 

 それはそうだろう。覚えているのなら、毎回カノンにふる必要はないからだ。


「え? アンタとカノン、二人が面白かったから」


 カノンの頭を押さえたまま、ユーリが笑う。

 見るものが見たら爽やかで目を奪われてしまいそうな笑顔だが、その内容は褒められたものではない。


「理不尽オブ理不尽!」

「騎士にあるまじき恥ずべき行為であるぞ!」


 両拳を体の前でブンブン上下させるカノンとゲオルグ隊長の二人。


「うるせぇうるせぇ。おバカコンビ」


 妙な所でシンクロを見せる二人に、ユーリは大笑い。


 怒り狂う少女と大男。そしてそれを見て笑う長身の男――完全に不審者な三人を、大通りを行く人々が目を合わせないように避けて通り過ぎていった。

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