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終末の歌姫と滅びの子  作者: キー太郎
第一章

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第27話 シャワーの勢いが強すぎてヘッドがホルダーから飛び出すコレは欠陥じゃねーの?

 シャワーヘッドから勢いよく流れ出すお湯――。エレナの肌に当たっては、そのハリのある肌に弾かれ更に小さな雫となって舞い落ちていく。


「……やはり支部のシャワーは強すぎて好きではないな」


 そんな霧状に弾けるお湯を眺めながら、エレナがポツリと呟いた。


 エレナは今、支部の中にあるシャワールームにいる。


 レオーネファミリーのホームで、マルコ派のマフィアに風呂の在処を一生懸命聞いていたユーリ。

 そんなユーリに頭痛を覚えながらも、エレナは「俺の風呂が――」と抵抗するユーリを引きずり外へと連れ出した。


 ペストマスクを脱ぎ去ったユーリの表情は、見たことが無いくらい切羽詰まっていた。


「てめー! 俺にとっちゃ死活問題――」

「シャワー程度なら支部にもあるだろう?」


 ベネチアンマスクをユーリに放りながら、エレナはジト目と共に呆れた声を返した。


「……え? そう――そう……だった。そうだったな! ハハハ! いやー俺としたことがウッカリ」


 舌を出して見せるユーリだが、その直前の完全に点になっていた目をエレナは見逃していない。「え? そうなの?」と今にも聞き返してきそうな勢いだったが、何とかその爆弾発言だけは回避出来たつもりなのだろう……結局バレているので意味はないのだが。


 ユーリは驚いていたが、ハンター協会の支部には基本的にシャワールームがある。


 というのも荒野で活動が長引くハンターは珍しくない。

 汚れたまま自分の部屋に帰るのを嫌うものや、そもそも高級な賃貸物件等は、『汚れたハンターお断り』というものもある。


 返り血やよく分からない体液にまみれた人間に、マンションやビルの廊下をウロウロされては、家主も他の住人も気持ちの良いものではないだろう。


 そういった諸事情からハンター協会の各支部にはシャワールームが設置されている。

 ライセンスさえあれば支部が閉まっている時間でも、裏口からシャワールームに続く通路だけは使用できるのだ。


「こんな基本的なことすら知らないとは……。隠す気があるのか?」


 大きく溜息をつくエレナは、今も壁一枚挟んだ向こうで『ウッヒョー! マジであるじゃねぇか! 正式ハンター最高だぜ』と騒いでいるユーリに頭が痛くなっている。


 シャワールームは男女にこそ別れているものの、コスト削減の弊害で、その壁の防音性が皆無な事は有名だ。

 そもそも汚れを落とすだけの施設に防音性能など誰も求めていないのだが……。それを知らないユーリは今も大声で騒いでいる。


「それにしても……【情報屋】か」


 壁の向こうが少し静かになったことで、エレナは髪を洗いつつ再び思考の海に自身を沈めていく。





 道すがらユーリに聞いた話。


 あの路地裏で勝手知ったる風に連絡を取っていたのは、【情報屋】だとユーリは言っていた。


「お前らがマフィアを放置していた理由はなんだ?」

「放置していたとは……事実だが……」



 ユーリから不意に投げられた耳に痛い問いかけに、エレナは苦笑いを浮かべユーリを見つめる。だがユーリの表情は真剣だ。まるで「早く答えろ」とでも言いたげなユーリの顔に、エレナは小さく溜息をついて口を開いた。


「……ハァ。理由は単純。面倒だから……だな」


 諦めたようなエレナの呟き。自分の呟きに再認識させられたエレナだが、実際面倒なのだ。マフィアの相手というのは。


「メンツを意識する連中と事を構えると、最後の一人を排除するまで延々襲撃をうけることになる」


 エレナが真剣な表情でユーリを見た。


 面倒だからこそ、ユーリとエレナは仮面をつけて正体を隠したのだ。

 だがエレナは知っている。

 たとえあの場で正体を隠せたとしても、マフィアという人間たちは必ずエレナやユーリに辿り着き報復に現れるということを。


 今後のことを考えると、エレナは少しだけ憂鬱だった。いくらマルコ派が動いたとしても、全てのレオーネファミリーを駆逐するまでには時間が掛かるだろう。

 であれば、マフィア達の報復はエレナやユーリへ向いてもおかしくはない。


 勿論来たとて相手になどならない。取るに足らない相手だ。


 そう取るに足らない相手……ではある。


 ……が、寝ている時、食事の時、何時いかなる時でも襲撃に備えていなければならない。というのは精神的にかなり負担なのだ。


「そ、面倒なんだよな。アイツら――だから一箇所に集まってもらったんだよ」


 未だ存在感を示すレオーネのホームをユーリが振り返った。まるでレオーネファミリーの全員があそこに集まっていた。とでも言うように。


「まさか。そんな事が出来るなら――」


 ユーリと同じ様にエレナも振り返る。先程まで賑やかだったビルだが、エレナ達が出てから程なくして不気味なほど静かになっていた。


「出来るんだよな……これが」


 そう言って振り向いて笑うユーリに、嘘をついているような雰囲気は無かった。


「アイツらにとっての絶対。『ドンの命が狙われてる』って情報があれば――」


 ユーリの言葉にエレナはドン・レオーネの言葉を思い出す。


 ――急な情報だったし、まさか本当に来るとは――。


 あの時の言葉はコレを言っていたのか。エレナはようやく納得した。だが一つの納得は、エレナに新たな疑問を持たせた。


「その情報をどうやって――?」


 ドン・レオーネにまで届けたのだ?


 エレナも『情報屋』に顔馴染みが居ないわけではない。ハンターをやる上で時折裏の人間と関わることくらいある。例えば【剛腕】のラッセルのような、ハンター崩れを追う場合などは特にだ。


 だが、エレナの知るどの『情報屋』にも、そんな力はない。仕入れたばかりの情報で、ドン・レオーネに全ファミリーを招集させ得るほどの説得力はないのだ。


 つまりユーリが使用した【情報屋】というのは、とびきりという訳だ。


 仕入れたばかりの信憑性に乏しい情報でも、イスタンブール最大のファミリーを動かせるほどに。


「ということは……あのマルコという男を動かしたのも――?」

「そ、【情報屋】。『レオーネファミリーのホームに襲撃あるらしいから便乗したら?』って情報をな」


 ユーリは何でも無いことのように、欠伸を噛み殺していた。






 シャワーの水温が一瞬下がったことで、エレナは思考の海から戻ってきた。


「アイツは分かっているのか。自分が事も無げに言ったことの凄さを」


 相変わらず勢いよく吹き出すお湯が、エレナの肌に弾かれ霧となって落ちていく。


『はぁ? 三割だ。それ以上はビタイチ出さねぇ!』


 不意に響くのはユーリの怒声。どうやらシャワーを浴びながら誰かと通信しているようだ。


『テメッ、ふざけんな! アコギなことばっか言ってっと、テメーんとこ以外に流すぞ!』


 どうも話が見えてこない。エレナは聞き耳を立てている自分に気がついた。


『ハァ? ホンっと汚ぇやつだな! 三割五分だ。それ以上は色つけらんねぇぞ』


 激しく肌と床を叩くシャワーの音をしてもかき消せないユーリの声。


『……グッ……確かにそうだけど……もういい。分かった。四割で良い。……そん代わりソッコーで捌いてくれ。ちと金が入用なんだよ』


 大声で悪巧みをするやつだな……なんとも間抜けなユーリに対するエレナの感想だ。


『バカか! 情報料込で四割だわ! 大体レオーネからも髭ダンディんとこからも情報料取ってん……はあ? 取ってない? ……そりゃまあそうだけど』


 勢いの弱まるユーリの声に、苦笑いを浮かべたエレナ。ようやく話の全貌が見えてきたのだ。


「貴重な物証なんだがな……」


 どうやら通話の相手は【情報屋】らしい。

 【情報屋】に情報の拡散料と、恐らくユーリがホームから盗み出した調度品やデバイス、違法武器の販売手数料を迫られているのだろう。


 ユーリとしてはレオーネやマルコに情報を売りつけたつもりで『情報料』をチャラにしたかった様だが……普通に考えればこちらが渡してくれと頼んだものに、金がかかるのは道理だろう。


 逆に情報を受け取ったマフィア側に、【情報屋】が情報料をせびると思う方がおかしいのだ。


それが罷り通れば、それこそマフィアよりタチが、悪い。勝手に連絡をしてきて勝手に情報を渡して、それに「金払え」はマフィアもビックリだ。


 そもそもユーリ自身、後払いだ何だと言っていたではないか。相手に貸し一つな上に本来はこちらが払うべき情報拡散料。にも関わらずよくもまあ強く出られたものだ、とエレナは呆れを通り越して関心すら覚えている。


『あー! もう良い分かった! 五割で良いよ! そんかわり、マジで速攻売り捌けよ。』


「まさか私が犯罪の独白を聞きながら見逃すとはな……」


 自嘲気味に呟きながら、エレナは蛇口を少し緩めた。

 勢いが緩くなったシャワーがエレナの肌を優しく撫でていく。


「……悪くはないな……」


 肌を流れるお湯の感覚は、自室の高級シャワーヘッドには遠く及ばない。それでも今は荒々しさの中に感じる優しさに少しだけホッとしてしまう。


「――フフッ」


 思わず笑みがこぼれてしまった。


 実際楽しかったのだ。

 ユーリとワイワイ騒ぎながら、マフィアのホームを襲撃したことが。


 少しだけ浮ついているのだ。

 今までの自分からしたら、考えられない奔放な行動に。


 そんなキッカケとなったリリアには悪いと思ってはいるが、少しトラブルを引き起こしてくれたマフィアに感謝しているエレナ自身がいたりする。


「にしても……やはり本調子ではないのだな」


 慣れないシャワーの感覚を心いくまで楽しんだ後、ようやくエレナはボディソープを泡立てた。


 こちらもエレナ自身が持っているものとは比べるもなく、キメの荒いゴワゴワした肌触りだが、それが今は心地よい。


「底が知れない男だ――」


 全開でない、手加減してる、云々というより、その戦い方の底が知れない。


 広すぎる視野。

 状況判断の能力。

 とっさの機転。

 戦闘技術。


 どれを取っても超一流のユーリだからこそなし得る戦い方だ。


「……私にもできるだろうか」


 エレナの身を包んでいた泡は既にその弾力を失い、溶けて消えかけている。


「多分無理だろうな」


 戦闘技術や状況判断などといった技術であれば、エレナ自身ユーリに引けをとるつもりはない。だが、ユーリの様に戦える自信はない。


 それは技術や経験の問題ではなく、心の問題だ。


 ユーリの戦い方は、()()()()()()()()()()()


 その戦い方はまるで生き急いでいるような、死にたがっているような無謀なものだ。


 並のハンターが真似をしようものなら、一瞬でその生命を散らすだろ。どれだけ技術や経験を積んだ所で、ユーリのような死を恐れぬ戦い方は出来はしない。


 人間最後は生きたいと願うものだ。最後の一歩を、そのアクセルを踏み込むには、エレナは普通に生きてきすぎた。


 生まれた頃から能力者になるべく鍛錬を積み、能力者となり戦いに身をおいて既に六年目。そんなエレナの人生ですら、普通と言わしめるだけの苛烈さがユーリにはあるのだ。


「本当に……底の知れぬ男だ――」


『おいおいおい! このシャンプーめっちゃいい匂いするじゃねぇか! よし。持って帰ろう』


 壁の向こうから聞こえて来る底の浅い発言が、同一人物から発せられたとは到底思えない。


 エレナは頭痛を振り払うように、蛇口を最大にし体中の泡を落とした。


 先程まで不快に感じていたはずの、バカみたいに強いお湯の勢いが今は心地よい。





 ――ま、ストレス発散出来て良かったんじゃねぇか?。






 シャワーの音に混じって聞こえてきたのは、どこか呆れたユーリの声。


「少しだけ……そう少しだけ――」


 自分の力を信じても良い。エレナはそう思えたのだ。


 エレナは楽しかったのだ。一瞬だがユーリのように暴れたのは。

 エレナは気持ちよかったのだ。自身を貫くユーリの姿勢が。


 人類を救いたくて能力者になったのに、気がつけば保身ばかりの戦法。


 もちろんエレナ自身死にたいわけではないし、今までの戦い方を否定するわけではない。だが、エレナが思い描いていた能力者は、真正面から敵を打ち砕き、人々に希望と勇気を与える存在だった。


「何のためのオペレーティングシステムなのだ」


 エレナの自嘲はシャワーの音にかき消された。


「普通では得られぬ周囲の情報があるのだ。もっと思い切り、羽を伸ばして戦ってもいいではないか」


 やたら強いシャワーが、エレナの後悔を少しずつ押し流してくれているようだ。


「ユーリ……私は死にたくない。生きていたい。その気持を持ったまま君のその苛烈な強さを越えてみせよう」


 エレナは俯きかけていた顔を真っ直ぐに上げた。

 目の前は無機質な壁しか無いが、その壁の先にエレナは可能性の道を見た。


『マジかよ! このボディソープもめっちゃフワフワじゃねぇか! 天国かここは! よし。これも持って帰ろう』


 可能性の道の先から聞こえてきた間抜けな声に、エレナの額に青筋が一つ浮き上がる――。


「ユーリ! 君はシャワーすら静かに浴びられないのか? 全て丸聞こえだぞ!」


 エレナは壁の向こうに声を張り上げた。


『……』


 しばらく流れる沈黙。


『え、エッチぃ……』


「君というやつは――」


 腹立たしくはあるが、「これ以上は咎めないでいてやるか」と思えるくらい、エレナは悪い気はしていない。


 シャワーの勢いは既に気にならなくなっていた。

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