第24話 思ったよりザコ敵が多い件〜何故こんな奴らと一章から揉めたのか〜
扉を開けると――いきなり弾丸の雨あられ。ということはなかった。
一応身構えていたユーリなだけに、若干の肩透かし感はあったが、目の前に広がる光景がそれを納得させてくれた。
扉の先は真っ暗な部屋。
暗闇の中、唯一差すのはスポットライトの光。
「演出好きにロクなやつはいねぇな…」
ユーリの盛大なため息が部屋に響く。
ユーリの言う演出好きとは、裏社会にいる変なポリシーを持った人間のことだ。
例えば「相応しい死に方、相応しい死に場所」などといった妙なポリシーを持つ人間が少なくない人数いる。
恐らくここの主もそういったクチなのだろう。
普通に考えたら、ドアを開けた瞬間蜂の巣にするほうが手っ取り早くて確実だ。勿論そんな単純な攻撃が通るほどユーリやエレナは甘くはないのだが……。
兎に角それを彼らの美学が許してくれるかどうかなのだが、開幕蜂の巣はその美学に引っかかったようだ。
とはいえ、奥に進まねば話も進まない訳で……仕方がないとばかりに、ユーリとエレナは暗闇から感じる気配を横目に奥へと足を進めた。
ユーリ達が部屋の中ほどまで進むと、スポットライトに照らされている場所が見えてきた。部屋の奥で足を組み両隣に女性をはべらせているのは、ソファに座る金髪オールバックの男だ。
「こんばんは……侵入者のお二人さん」
両隣の女性の肩を組み、金髪オールバックの男性がユーリ達に声をかけた。
周囲の暗がりからは男性を守るような気配と、ユーリ達に向けられる無数の殺気が感じられる。
発せられた言葉と、状況から彼がドン・レオーネということになのは間違いない。
歳は三十代半ばくらい。情報通りの見た目だが、ユーリの感想は「本当に若いな」と言う脳天気なものだ。
「急な情報だったし、まさか本当に来るとは思ってもみなくてね……身なりを整える時間もなかったよ」
言葉の通りドン・レオーネは、ジャケットすら身につけず、ベストとスラックス姿とラフな格好だ。
「さて――」
葉巻きに火を付けたドン・レオーネが、その煙をゆっくりと吐き出した。
「――行儀の悪いお二人さんは何用で?」
腐っても裏社会を束ねるドン。言葉こそ丁寧だが、彼が発する殺気が空気をピンと張り詰めさせる。
「ちょっと害虫退治に……な」
そんなプレッシャーなど何のその。ユーリがドン・レオーネを指差しマスクの中でニヤリと笑った。
「それは困ったな。つい先日業者に頼んでビルまるごと清掃してもらったばかりなのだが」
葉巻を咥えたまま立ち上がったドン・レオーネが、盛大に肩を竦めてみせた。
「あー、どうやら悪徳業者だったみてぇだな。こんだけデカい害虫を見逃すなんて……しかも喋ってるしな」
笑い合うユーリとドン・レオーネ。方やマスクで顔が見えず、方や目の奥は笑っていないが…。
「君たちなら退治できると?」
「ああ。一瞬で……な」
「それはいけない。ぜひ私に君たちの仕事ぶりを、ゆっくり見せてほしいのだが」
「そりゃ無理だ。うちは迅速丁寧がモットーなんだよ」
既にユーリもドン・レオーネもどちらも笑ってなどいない。それに呼応するように周囲の殺気も増していく。
「遠慮はいけない――」
ドン・レオーネが指を「パチン」と鳴らすと部屋全体が一気に明るくなる。
「――ゆっくりしていってくれ」
ユーリとエレナを取り囲むのは、部屋を彩る様々な調度品……ではなく、それを端に寄せ準備万端のマフィア達だ。
全員が魔拳銃や魔導銃を構えており、ユーリとエレナにその銃口を向けている。
「ホントに害虫だな。どんどん出てきやがる」
大きく息を吐き出すユーリに疲れはない。むしろ面倒臭さの方が勝っている。
そんなユーリの様子に口角を上げたドン・レオーネが葉巻を手に煙を吐き出した。
「――君たち、クラシックは好きかな?」
ユーリ達の返答も聞かず、ドン・レオーネがソファの後ろにある蓄音機の前へと歩き出した。
「先日、とてもいいものを手に入れてね。素晴らしいレコードだ。少々値が張ったのだが、それ以上の価値がある」
そう言いながら、ドン・レオーネが蓄音機にレコードをセットして針を落とした。
響いてきたのはバイオリンの旋律――徐々に力強くなっていく旋律は、吹き付ける北風のようだ。
「私のお気に入りの曲でね。最も寒い季節を表した曲だそうだ――」
恍惚とした表情で、宙を眺めていたドン・レオーネが、その視線をユーリへと移し
「君たちへの鎮魂歌には些か豪華すぎるがね」
ニヤリと笑った。
「好きな曲聞いて逝きてぇってか。ま、俺の好きなリズムじゃねぇが――」
ユーリが腰を落とし、足先に力を込め
「テメェが今生見られる最後の舞踏だ。たっぷり楽しみな」
ドン・レオーネに向けて不敵に笑う。
「その強がりは嫌いではないな――お前ら、お客様を丁重におもてなししてさしあげろ」
その言葉をキッカケに、ソファ周辺を透明な壁が取囲み、ユーリとエレナには魔弾が一斉に放たれた。
天井へと逃れるユーリと、防護壁を展開して魔弾を防ぐエレナ。
無数の魔弾を受けてもビクともしないエレナの防護壁――その強度にマフィアが顔を顰め一旦標的をユーリ単体へと切り替えた。
標的を絞られたことで、天井へと逃れたユーリに、息つく暇もなく魔弾が降り注ぐ。
まさに弾幕。ドン・レオーネから遠ざける目的もあるのだろう。
移動する先々に飛んでくる魔弾をユーリは時に壁、時に床、時に天井と縦横無尽に避け続けている。
「ちっラチがあかねぇな」
呟くユーリは自身の門に手を突っ込んで動きを反転。
壁際近くの集団目掛けて駆け出す――と見せかけて、途中で床を蹴り上げた。
せり上がったのは、人が二人は隠れられそうな、巨大な床石。
ユーリを正面に捉えていた集団は一瞬、ユーリを見失う。
「上だ――!」
ユーリを横から捉えていた別集団が叫びながら天井へ向けて魔弾を乱射。
天井付近に浮いていた黒い影が無数の魔弾に撃ち抜かれた。
「やったか――?」
「それを言う時は一〇〇パーやれてねぇからな」
声が聞こえた方にマフィアが振り返ると、そこにあったのは靴底――。
ユーリの飛び蹴りで、マフィアが一人吹き飛ばされた。
床石を蹴り上げたあと、ユーリは超高速で天井へと跳躍――天井付近に門から出した汚れたパーカーを置き去りに、そのまま天井を蹴り、集団の後方へ着地。着地のエネルギーをタメに変えて、天井を見上げるマフィアの一人に飛び蹴りを放ったのだ。
集団の中に突如として現れ、
「俺のターン――」
と呟くユーリに突き出される無数の魔拳銃。
その一つをユーリは右手でいなし、そのまま左の掌底で相手の肘を打ち抜く――「バキッ」と乾いた音の後に
「ギャアアアアア」
野太い悲鳴が部屋に響いた。
「骨が折れたくらいで喚くな――」
ユーリは喚く男の襟首を掴み、集団前方へと放り投げる。
避けきれずに、潰された別の男の顎を踏み砕き、それに怯んだまた別の男の股を蹴り上げた。
「おい! 回り込むな! 射線を開けろ――」
ユーリをグルリと囲んでいたマフィアたちが全員正面に回る。
そのことで、他の集団がユーリの側面をつきやすくしたのだ――が、ユーリはそんな集団を盾にするように更に回り込んだ。
「くそッタレ――」
ユーリを止めようと、マフィアが二人、態勢の整っていない状態で魔拳銃を付き出した。
「そりゃ悪手だ――」
笑うユーリが二人の魔拳銃を蹴り上げる。
フワリと宙を舞う魔拳銃を眺めるマフィア達。
そんなマフィアの顔面を踏みつけ、ユーリが跳躍。
空中で上下を入れ替え、ムーンサルトプレスのような状態のユーリが、二丁の魔拳銃をその手の中に収めた。
今までの高速移動とは違い、フワリとした跳躍に、マフィアの銃口が一斉に向く
「空中ならいい的だ――」
構えるマフィア達に――
「――お前たちがな」
笑うユーリがキリモミ回転。高速で回転するユーリが、魔拳銃を乱射する。
絨毯爆撃のように降り注ぐ魔弾で、ユーリの下にいた集団は沈黙。
対象的に爆心地に降り立ったユーリは「武器、ゲットだぜ!」とよくわからないポーズを決めている。
「くそ! 撃て、撃てぇ!」
ポージングを続けるユーリに飛来する魔弾。
真正面から迫る魔弾に向けて、ユーリは膝からスライディング――自身の上を過ぎ去る魔弾を尻目にユーリも魔拳銃を発砲。
ユーリの魔弾に数人のマフィアが倒れた。
「囲め囲め! 銃を撃たせるな! 袋叩きにしろ!」
ユーリが遠距離武器を手にした事で、マズいと踏んだのだろう。誰かの叫びにマフィアが一斉に飛びかかる――それがユーリの最も得意な間合いだとも知らずに。
膝で跳ね起きたユーリを取り囲むマフィア達――
正面からの右ストレート。
体を開いて躱したユーリがそのまま回転。
右手の銃床でマフィアの蟀谷を叩き、
別の一人の肩を左の銃で撃ち抜いた。
叩きつけた右の銃を肩に担ぐように後方へ。
後ろも見ずに右手で放たれた魔弾が、飛び上がった一人を撃ち抜けば、
そのまま右足を引いてユーリが旋回。
右から突っ込んできた一人を真正面に捉え、左の銃床を顔面に叩き込み、
その隣にいた別のマフィアの横っ面へ、右の内回し蹴りを叩き込んだ。
崩れ落ち、吹き飛ぶマフィア。
それでもマフィアの猛攻は止まらない。
未だ蹴り足が宙にある片足立ちのユーリ。
その後頭部に迫るマフィアのハイキック。
それをお辞儀する形で躱し、
そのまま左足を軸にほぼ九〇度、縦に回転。
ユーリの右踵がハイキックを空振ったマフィアの側頭部に突き刺さる。
床を滑るマフィアが数人の足を刈り取れば、
ユーリの真横から大柄なマフィアの低いタックル。
跳躍して躱したユーリがその背中を二度、三度と踏みつけ床へと縫い付けた。
ユーリを取り囲んでいたマフィアが一瞬怯んだのを見逃さない。
今度はユーリが間合いを詰め、
その右手の銃床で一人の眉間を叩き、
別の一人の腹へ左のミドルキックを叩き込んだ。
再び沈黙する仲間に、マフィア達が浮足立って襲いかかる。
真後ろから突っ込んでくる一人に、ユーリは銃を持ったままの右裏拳。
骨が砕ける音を待たずにユーリが左手の銃を上へ放る――
フリーになった左手が、今にも崩れ落ちそうな男の髪の毛を引っ掴み、押し上げるような右肘とともに前方へと放り投げる。
投げられたマフィアの踵が前方から迫ってきた二人の脳天へ吸い込まれれば、三人が仲良く地面へ転がった。
転がる仲間を知り目に「喰らえ!」と怒声を張り上げ左から魔導銃を振り上げ迫る一人。
ユーリが迫るマフィアに左手を素早く上げれば――
その手がマフィアの顎を掠めた。
――空振り?
一瞬。ほんの一瞬だけフロアにいるマフィア達の思考が止まった。
その後に来るのは、してやったりの笑顔と「死ねやぁ」威勢のいい怒声――は、即座に窄む事になる。
上げられていたユーリの左手に、空から魔拳銃が返ってきたのだ。
空振りなどではない。
単にユーリは、魔拳銃をキャッチしようとしていただけだ。
マフィアがそう気づいた時には遅かった。
上から下に、打ち払うように掴まれた魔拳銃。
銃口が向く先は――男の股間だ。
「待っ――」
「――たない」
手を挙げたマフィアに視線すら向けず、ユーリは即座に引き鉄を引いた。
「――っぁぁぁぁああ!」
股間を抑えて転がるマフィア。「あああああああああ!」響く悲鳴が続く足を鈍らせる。
流石にこのままではマズいと、距離を取ったマフィア達――間合いの外から魔拳銃や魔導銃をユーリへ向けて乱射する。
だが狙いのバラバラなそれは、ユーリに掠る事すらなく、逆にバラバラになった事でユーリの両手から魔拳銃が火を吹く度、各個撃破される始末だ。
完全な失策に、魔導銃を持った一人が声を張り上げる。
「バラバラに撃つな! 隊列を組み直せ」
号令に合わせるように、マフィア達はユーリの足元に牽制の魔弾を数発叩き込んだ。
バック転で魔弾をかわしたユーリの目に入ったのは、壁のように並んだマフィア達だ。
何列かになったそれは、隙間を埋めるように様々な場所から銃口が覗いている。
「撃てぇ!」
誰かの掛け声とともに降り注ぐのは魔弾の壁――。
隙間なく敷き詰められた面の攻撃でユーリの機動力を奪うつもりなのだ。
そんな魔弾の壁に向けてユーリは直進――。
ユーリは駆けながら前方に二丁の魔拳銃を突き出し、数発魔弾を放った。
「――なっ」
呆けるマフィアの声が響く。
ユーリの放った魔弾はマフィアの魔弾を相殺し、魔弾の壁に穴をあけた。
だがそれは小さな穴。人一人がくぐり抜けられるかどうかギリギリだ。
迫る魔弾の壁を前に、魔拳銃をベルトの後ろ側にねじ込んだユーリが、その穴めがけて飛び込む――。
まるで水泳の飛び込みのように。
火の輪くぐりのライオンのように。
手を前に突き出し、きれいなフォームで魔弾の壁を抜けたユーリ。
そのまま、両手で地面を捉え、飛び込みの勢いを曲げた肘でタメに変換。
勢い良く地面を押し出したユーリは、前方の一人に向けてインパクトをズラしたドロップキックを叩き込んだ。
相手に当たった瞬間、足を押し出す――蹴り飛ばすというより、勢いを乗せて押し倒すという方が正しい。
ユーリは足で踏み倒したマフィアを下敷きに、突っ込んだ勢いのまま床を滑走――マフィアの壁の間を抜けていく。
「ハッハー! こりゃいいぜ――」
下敷きにしたマフィアで床を滑るユーリが手当たりしだいに両手の銃を乱射する。
魔弾が部屋の調度品もマフィアも見境なく吹き飛ばしていく。
摩擦係数が勢いを上回った所で、マフィアボードは失速。
「マフィアボード……中々楽しいじゃねぇか……ってしまった――」
テンションが上がっていたユーリだが、ボロボロになった調度品に、「つ、次は気をつけよう」と少しだけ肩を落した。
その先には漸く半数を切ったかというくらいのマフィア達がいる。全員の瞳から戦意が消えかけている彼らの前で「ま、武器とデバイスだけでもいいか」と気持ちを切り替えたユーリが、その手の銃をクルクルと回し始めた――。
 




