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終末の歌姫と滅びの子  作者: キー太郎
第一章

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第22話 ペストマスクは男のロマン

 イスタンブールの下層を東西に横断するメインストリート。正確には丁度真ん中には上層行きのエレベーター広場があるので、そこで一旦ロータリー式の道にかわるのだが……。とにかく、下層で一番栄えて大きな通りであることは間違いない。


 そのメインストリートから少し入ったところに、それはあった。暗い下層の街に浮かび上がる巨大なビル。明かりが殆消え、そのシルエットだけを浮き上がらせたそれは、まるで巨大な墓標のようだ。


「……マフィアのアジトがこんな街中にあっていいのか?」


 ユーリは物陰から呆れとともに巨大なビルを見上げ


「しかもビルって……ホンっと雰囲気ねぇな」


 隣で同じようにビルを見上げるエレナに苦笑いを向けた。


「雰囲気が何か分からないが……。こんな中心部に巨大ビルを持てるくらいの勢力なんだ。レオーネファミリーは」


 笑うユーリとは対照的にエレナは真剣そのものだ。それはそうだろう。今からこのビルに()()()()をかけるとユーリは言っているのだから。


 プレートに届きそうな程高く、限られた生存権など関係ないとでも言うように横にも存在感を示す巨大なビルは、それだけで力の大きさを示している。


「……そろそろ教えてくれないか? 結局どうやって潰すんだ?」

「ま、おいおい分かるって――」


 そういいながらユーリは自身のゲートに腕を突っ込んでガサゴソ――。出てきたのは二つのマスクだ。


 一つは異様な嘴を持ったマスク――ペストマスク。

 本来は医療従事者が着用していたそれだが、その見た目の異様さから、旧時代に度々死神の象徴のように扱われていた。


 もう一つは目元だけでなく、口元に複数の穴が空いた真っ白な簡易的なマスク――ホッケーマスク。

 本来はスポーツで顔面を守る用途であったそれだが、とある殺人鬼のせいで、こちらも旧時代には不吉の象徴のように扱われていた。



 マスクを見つめ、しばし沈黙を保っていたユーリが唐突に口を開く――

「……じゃーーーんけーーん――」

「え? ちょ――」

「「――ホイ」」

 投げかけられた子どもの勝負事に、エレナが慌てて応戦する。


 結果はユーリがグー。エレナがパー。



「――チッ、お前がこっちな」


 顔を顰めながらユーリがエレナに手渡したのは――ペストマスクだ。


「待て待て待て! 一体何の儀式なんだ?」


 ペストマスクを受け取ったエレナはアタフタしている。何をやらされているのか全く理解が追いつかないようだ。


「儀式も何も、顔を見られる訳にはいかねぇんだろ?」


 眉を寄せたユーリが両手に持ったホッケーマスクを顔に宛てがった。


「確かに『顔を見られるわけにはいかない』とは言ったが、コレでなくてもいいではないか?」


 渡されたペストマスクに不満があるようで、エレナはまるで汚いもののように指先で持ち上げている。


「そもそもジャンケンに勝った私がなぜコッチなのだ?」


 エレナの不満は止まらない。汚物を突き出すようにユーリに向けられたペストマスクがブラブラと揺れる。


「そりゃ勝ったほうが()()()()()のに決まってるからだろ?」


 ユーリの呆れ声マックスの返答に「かっこいい……コレが?」とエレナは指でつまみ上げたマスクを見ている。


「ほ、他にないのか?」

「他にぃ――?」


 眉を寄せるユーリは「注文が多いな」とボヤきながらも、再び自身のゲートに腕を突っ込んでガサゴソと――。


「あるとしたらコレくらいしかねぇぞ?」


 出てきたのは目元を綺羅びやかに装飾されたベネチアンマスクだ。

 暗がりにあっても僅かな光を反射して浮かび上がるそれは、控えめに言っても不気味……なのだが――


「こ、コレで頼む!」


 エレナは即座に食いついた。余程ペストマスクが嫌だったのだろう。とはいえユーリとしては「カッコいい方」が転がってきた訳で。


「んじゃ、俺がこっちの死神マスクでいくか」


 ホッケーマスクを外したユーリが、上機嫌にエレナからペストマスクを受け取って持ち上げた。


「やっぱ死神マスクが一番カッコいいよな」


 ユーリの嬉しそうな声に、エレナは何とも言えない表情でペストマスクを見上げていた。











「……お前。服装もだけど、それ付けたら余計貴族感がやばいな」


 ベネチアンマスクを装備したエレナを見ながら、ユーリが溜息を付いた。


「ふむ。貴族っぽいか?」


 だが当の本人には自覚がなさそうだ。今も「普通だと思うが」とボヤきながら自分の格好をシゲシゲと眺めているエレナ。


 エレナが上半身を左右に旋回する度、その肩に掛けられた紫のケープがフワリと揺れ、縁を彩る金糸がキラキラと輝く。


 ケープの下には真っ白なブラウスにとリボンタイ。

 長く伸びる足を守るのは、黒いタイトなパンツ。

 腰のくびれを強調する黒いコルセットは、良く見れば横糸に金糸が用いられているようで、エレナが腰を捻る度僅かな街灯の明かりにキラキラと光っている。


 メインは白と黒。


 紫のケープ以外はパッと見はシンプルな色使いだが、その細やかな意匠や見た目に分かる素材の良さは、どう控えめに見繕っても貴族のような高級感がある。


 ちなみにこの時代にも貴族と呼ばれる人々はいたりする。【人文再生機関】の立ち上げに尽力した人々の子孫が貴族として今も【人文再生機関】のメンバーに選ばれるのが常となっている。


 何てことはない。権力の世襲制なのだ。


「とりあえずその貴族ファッションじゃ、すぐにお前ってバレるぞ?」


 一応マフィア(ノーマル)のホームにハンターが殴り込みをかけるのだ。流石に顔バレは拙いとエレナから駄目出しが入ったわけだが、残念ながらその駄目出しをした人物が一番目立つという状況に陥っている。


 エレナ自身、イスタンブールでは名が通っている事を自覚しているが故に悩ましい部分なのだろう。


 一番いいのは同行しないという選択なのだが、どうやらエレナにはその選択肢が無いようで――


「ふむ。それはマズいな」


 エレナは顎に手を当て考え込んでいる。それを眺めるユーリは「ちなみに仕草も貴族っぽいからな」と隣でボヤいていたりするが、エレナの耳には届いていない。


「何か他の服ねーのかよ?」


 纏う貴族感満載のオーラはともかく、せめて見た目だけでも……と尋ねるユーリに、今度はエレナが自身のゲートに腕を突っ込む――が


「すまない。同じような服しかないな」


 ベネチアンマスクをしたまま首をふるエレナ。中々にシュールな光景だが本人には一生わからないだろう。


「……もしかしてマジで貴族なのかよ」


 呆け顔でボヤくユーリが「仕方ねーな」と自身のゲートに腕を突っ込んでガサゴソ――「ほれ」とエレナに手渡されたのは、ユーリが身につけているのと同じようなジップアップ式の黒いパーカーだ。


「とりあえずそいつを上から着て、フード被っときゃある程度は誤魔化せんだろ」


 ぶっきら棒に言い捨てたユーリが頭にフードを被せた。真っ黒な出で立ちにペストマスクのユーリは、本当に死神かもしくは闇夜に紛れた大鴉といった見た目だ。


 そんな見た目完全犯罪者のユーリとパーカーを見比べたエレナが


「フム。これがあるなら――」


 ベネチアンマスクのままもう一度物陰に戻っていく。




 既に日が変わったからか、入口以外の明かりが落ちた巨大ビル。それを見上げながらエレナを待つことしばらく――出てきたのはユーリのパーカーを羽織り、黒いブラウスと黒いロングスカートに履き替えたエレナであった。


 ユーリと同じように全身を黒くしたことで、白いベネチアンマスクが不気味に浮かんで見える。


「……そっちのがカッコよかったかもな。やるじゃねーか貴族」


 何故か悔しそうなユーリに、エレナはマスク越しでも分かる程の呆れの乗った溜息を吐き出した。


「貴族ではない。では、いくぞ――」

「あ、待てって。お前が仕切んなよ!」


 先行しようとするエレナを追いかけ、ユーリが並んで歩き出した。





 時間は既に深夜。メインストリートから少し離れているからか、それともマフィアのホーム近辺だからか、ともかく人通りは全く無い。


 不気味なほど静かな通りを、不気味な黒装束の二人が歩く。


 その異様な二人に気づいたのは、ビルの入り口に続く階段を守っているマフィアの一人だった。


「おい、止まれ。そこの怪しい二人。ここが――グェ」


 まさに一瞬。見張りの目の前まで一気に間合いを詰めたユーリの肘鉄一発。

 移動のエネルギーをそのまま肘に乗せただけの単純な一撃だが、その一撃に鳩尾を貫かれた見張りは悶絶。


「て、テメー――ッゴ」


 もう一人いた見張りには、飛び膝蹴り。こちらも移動のエネルギーをそのまま乗せたものだ。

 威力が逃げないようにインパクトの瞬間に、相手の頭を掴むという凶悪さも忘れていない。


 今回エレナは「黙って見ているだけだ」と言っており、それを律儀に守るようにその光景を一歩引いたところから見ているだけだ。


 そんなエレナの足元で蹲る一人目のマフィア、その頭を蹴り上げ意識を奪ったユーリだが――慌ててその髪を掴み上げ


「死んで……はねぇな」


 マフィアから僅かに漏れる苦痛の混じった吐息に、ホッと胸を撫で下ろした。


「……こいつらもレベルアップしているのだな」


 ユーリの一撃でも死なず、その原型を留めているマフィアを見ながらエレナが呟いた。


「そりゃそうだろ。力を行使する裏の人間が、この技術を使わねぇ手はないだろ――ま、モグリだろうけどな」


 そう言いながらユーリは、気絶している二人をビルの脇にある茂みへと放り投げた。


 茂みを揺らし、「ドサリ」と響く鈍い音と、遣る瀬無いような表情のエレナを無視し、ユーリはビルの入口へと続く階段を昇っていく。


 暗いビルと違い、唯一明かりで照らされた入口の大扉。まるで暗闇から浮かんでいるように不気味に見える。シンプルだが頑丈そうで実用性に極振りされた扉の左右には、これまた防衛設備としては一般的な《《監視カメラ》》だ。


 そんな監視カメラの一つに向かって、ユーリは陽気に手を振る――かと思えば、その身を大きくよじり、()()を作った。


 捻られた背筋に溜まったエネルギーを一気に開放し、肩から腕へと伝播させていく――


 繰り出された渾身の左拳は途轍もない轟音とともに大扉を()()した。


「くそ! 見掛け倒しじゃねぇかよ! 柔らかすぎんだろ。カッコつけて損したじゃねぇか!」


 ユーリは恥ずかしそうな声音とともに左腕を引っこ抜いた。


 ユーリの拳が持つ速度と威力が、扉の持つ剛性も柔軟性も一瞬で超え、貫通してしまったのだ。


 真ん中に拳の跡を付けた扉が、伸びるように引っ張られ、最後には耐えられずに吹き飛ぶイメージだっただけに、ユーリとしては恥ずかしくて仕方がなかった。


 マスク姿で良かったと心底思っているが、その赤くなった顔をエレナが見ることはない。


 仕切り直して「くそ、要らねぇ恥かいたじゃねーかよ!」とインパクトをズラした蹴りを放つと、今度こそ大きな音と共に大扉が吹き飛んだ。


「最大ファミリーなら、もうちっとマシな扉付けやがれ」


 今度はイメージ通りになったようで、何度も頷くユーリとしてはご満悦だ。


 吹き飛んだ大扉が室内に舞い上げた土埃の中から、無数の気配が集まってくる――


「テメーらどこのモンだ!」


 そんな土埃の中から向けられた怒声に――


「どこって……そりゃハンター協会の――」

「――()から来ましたぁ!」


 ユーリのぶっ飛び発言に、エレナが慌てたように大声を被せた。

 ベネチアンマスク越しでも分かる恨みがましいエレナの視線だが、当のユーリは「お前急にデケェ声出すなよ」と不満げにエレナを振り返っていた。


「……出来たら喋らないでくれ」


 エレナの小さな溜息は、「ハンター協会の()だぁ? 舐めてんのか!」と続く怒声に掻き消されてユーリには届くことはなかった――

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