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終末の歌姫と滅びの子  作者: キー太郎
第一章

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第1話 最初って説明臭くなるか、置いてけぼりになるかの二択

 時はしばし戻り……ユーリがイスタンブール下層で、警察組織と追いかけっこをする少し前――。


 青い空に浮かぶ白い雲。

 吹き抜ける風に揺れる草花……地球のどこかにある心あらわれる風景。だが、その日常は今や人々のものではない。この時代では人ではなくモンスターと呼ばれる()()達のためのものである。


 人の倍以上はある体躯をもった緑の大男が、草花を踏みしめて歩く。まるで阻むものなどいないと言った具合に、悠々と草原を横切っていく巨人の天下は、草むらの影から飛び出した半透明の粘体生物によって終わりを迎えた。


 突如顔面を覆われた巨人はもがき苦しみ、轟音とともに草原に倒れ伏した。暫くもがいていた巨人だが、宙を掻く様にバタバタしていた手足が力を失い地面へ――。


 死んだ巨人に群がる小さな粘体生物……。旧時代ではあり得なかった光景が、あちこちで繰り広げられている。


 これが今の地球での日常だ。人々を追いやり、今やモンスター達がこの星の覇者として至る所に存在している。



 そんなモンスターの闊歩する草原から少し離れた場所。


 伸び切った草の間に存在感を示す轍――

 轍から見えるのは黒い人工的な道。元はそこがアスファルトであった事と、アスファルトが隠れてしまうくらい長い年月、その道が殆ど使用されていないという事を教えてくれている。


 そんな道の上にユーリは立っていた。


 浅く被られたフードから見える黒髪黒目の端正な顔立ち――長めの前髪が顔の前で揺れるがそれを気にした素振りもない。


 端正な顔立ちのせいか、青年というより少年のようなあどけなさを感じさせるユーリではあるが、その双眸だけは見た目の年齢以上に妙な落ち着きと深みを帯びている。


 広めの肩幅や、捲りあげられた黒いジャケットから覗く引き締まった二の腕。

 軍靴のような編み上げブーツに収められたパンツの上からでも分かる鍛え抜かれた下半身。


 一見すると女性が振り向いてしまいそうな魅力的な青年ではあるが、そんなユーリは今、左手で()()()を作り――


「うへー。こんな遠くからでも見えるなんて高いな……」


 ()()()()()()を発している。


 そんな声と視線の先には、横にも縦にも巨大な黒光りする壁。そしてその奥に見える天に届かん程の高い塔。遠目から見る材質は何なのかユーリには検討もつかない。唯一分かるのは、とにかく()()()という事だけ。


「っと、壁に見とれてる場合じゃねぇな……確か――」


 独りごちながら、左手首に巻きつけられたデバイス――この時代での一般的な通信機兼サイフ――を操作すると、起動音とともに半透明の画面がユーリの左手首の上に現れた。


 そんな画面を操作するユーリの目的はとある()()()()()だ。


「――っと何々……『西門から南に約10キロ、朽ちたピックアップトラックのダッシュボードにあり』――か…」


 そう言いながら東を睨む。

 瞬間ユーリの視力が強化され普通の人間では見えない距離まで鮮明になっていく。


 だが――


「さすがに10キロは無理か……」


 ユーリは苦笑いを一つこぼすと、ゆっくりと腰を落とし足に力を込めた。


 何かが破裂するような音がしたかと思えば、そこにユーリの姿は既になかった。


 先程までユーリが立っていた場所には、陥没したアスファルト。ユーリの力を込めた踏み切りは、朽ちたアスファルトには耐えきれなかったと見える。


 アスファルトを砕く踏み切りは、ユーリを風の如く目的地へと運ぶ――


「――! 見えた……けど」


 駆け出して間もなく。ユーリの強化された視界が、錆びて今にも崩れ落ちそうなピックアップトラックを捉えた。と同時にその近くに見える緑の巨人も……。


「仕方ねぇな」


 呟いたユーリが再び足に力を込めた――地面を割る踏み込みは、若干の方向修正と更なる加速を与え、あっという間に10キロという距離を潰してしまった。


 眼前に迫るのはピックアップトラックと、5メートル以上はあろうかという緑の巨人。近づいてくるユーリに気付いたのだろう、咆哮を上げた巨人が右腕を勢いよく振り下ろした。


 舞い上がる土埃。

 それを突き破って現れるユーリ。


 加速の勢いそのままのユーリの飛び膝蹴り。

 倍以上ある巨人の人中※にユーリの膝が突き刺さった。

 ※鼻と上唇の間


 頭を仰け反らせた巨人。

 ユーリは射出の勢いでそのまま巨人を飛び越えた。

 クルクルと回転して地面に降り立ったユーリの目の前で――仰け反った頭に引っ張られるように巨人が数歩後退った。


「お、おいテメェ、バカ――」


 ユーリの言葉も虚しく、バランスを崩した巨人のふくらはぎが()()()()()()()()()()()()()()()()――ドシンと音を立てて尻もちをついた。


「くそ、()()()()()二回ぶっ殺すからな」


 地面を蹴ったユーリが再び巨人に接近。

 サッカーボールを蹴り上げるがごとく、尻もちと後ろ手をつく巨人の後頭部を蹴り上げた。

 無理やり起き上がらされた巨人。

 その背中に間髪のないユーリの飛び後ろ横蹴り。


 バランスを崩した巨人が、今度は前のめりに倒れる。

 巨人がついた両手が舞い上げる土埃が太陽に煌めく――

 そんな土埃を破るように、空から飛来する一つの影。

 巨人の後頭部へ吸い込まれたかに思われた瞬間、巨人の頭が弾けて飛んだ。


 力なく倒れる巨人の身体が小さくない地響きと土埃を舞い上げた。


「ぺっ、クソ……砂食っちまったじゃねぇか」


 そんな土埃の中から出てきたユーリが、顔を顰めて唾を吐いた。ひとしきり悪態をついたユーリが、思い出したように()()()()振り返れば……そこには若干扉と屋根が拉げているが、何とか無事なピックアップトラックの姿があった。


「危ねぇ……また巻き込まれる前に、さっさと回収しちまうか」


 ホッと胸をなでおろしたユーリが、錆びて朽ち果てたピックアップトラックへと近づいた。


 拉げた扉をもぎ取って、これまた拉げたダッシュボードを無理やり開いた――


「あった、あった……あれ? ウッド(最低ランク)じゃねーかよ」


 そこにあったのは、所謂ドッグタグ――だがそのタグは普通の鉄製ではなく、()()だ。それはこの時代にモンスターを倒して糧を得る、ハンターの身分証明書、ハンターライセンスだ……一番低ランクのであるが。


 そんなハンターライセンスに手を伸ばしたユーリが、タグの下に置いてあるもう一つの存在に気がついた。小さく折りたたまれた白い紙。いわゆる手紙といったやつだが、今の時代にアナログな手紙は非常に珍しい。


 眉を寄せながら手紙を広げてみると……


『ごめん。素材の値段、技術料、色々値上がりしすぎてこれがギリ。むしろ僕の赤字。成功報酬は500万でよろしく』


 ……大きくそして達筆な文字が目に飛び込んできた。


「値上がりって……成功報酬も上がってるんだけど」


 何とも世知辛い理由に、ユーリは思わず片手で顔を覆っていた。





 爽やかな春の風が吹き抜ける中、ユーリが片手で顔を覆うこと数分。


「……背に腹は変えられん……か」


 そうつぶやくと、デバイスを操作し自身の持つ電子クレジットの殆どを送金した。


「くっそ……500万って……俺の貯金のほとんどじゃねーか……」


 しばし座り込みブツブツと呟いていたユーリではあったが、徐に立ち上がると――


「まあいい。金はまた稼げば――」

 そのままドックタグを一度放り上げて

「これで俺も《《モグリ》》は卒業。()()()ハンターだ」

 それを眼の前でキャッチした。


 ユーリ・ナルカミ。職業ハンター(モグリ)


 モンスターに対抗するための人類の切り札である()()()の中でも、軍や警察組織に属さず自由にモンスターと戦い人々の頼みを聞く者達、それがハンターである。


 ……ようは日雇いの何でも屋であるが、需要は驚くほど多い。


 兎に角ユーリはそのハンターを()()()でやっている。端的に言えば密猟者のようなものか。


 それが今、コツコツと貯めたお金で、遂に闇商人からドッグタグもとい()()()()()()()()()(偽造)を購入したのだ。


 ただ一つ問題があるとしたら


「えーと…今が23だから――5年も下っ端のまんまってことかよ……流石に無理がねぇか?」


 5年もの間最低ランクのままという事だろうか。


 この時代では18が成人で現在ユーリの歳が23。基本的に正式なハンターは18になった年にハンターとなる。


 つまりユーリはこのライセンスを持って、5年もの間ランクアップもしなかったということになるのだ。


 ちなみにユーリが《《ハンターの真似事》》を始めたのは18より更に前なのだが、そんな事を言ってしまえば確実にモグリがバレてしまうので、必然的にキャリアは5年に繰り下げだ。




「――ゴリ押しで行くしかねーか」


 諦めかそれとも能天気なだけか……貯金もほぼ失い、綱渡り的な状況に変わりないのだがユーリは真っ直ぐ空を仰ぐ。


 状況は微妙であるが、兎にも角にもこれで対外的には正式なハンターとして大手を振って街を歩けるようになった事だけは間違いない。……今のところは。


「よし、とりあえず街に行くか――最前線の都市イスタンブールへ――」


 先程までの落ち込みは一転。抜けるような青空と同様晴れやかな顔。


 最前線なら()()()()()()()だろうという安直な考えで辿り着いたこの土地。


 まさかそんなキッカケで来た土地で、世界の命運に関わることになろうとは露とも知らず、今も遠くに見える巨大な壁へと歩いていくユーリであった。

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