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終末の歌姫と滅びの子  作者: キー太郎
第一章

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第18話 ご飯を食べてる人の横で燥いじゃ駄目

 リリアの凍えそうな視線に、マフィアの男が口角を上げた。


「何の用? つれないですねリリア嬢」


 芝居がかったような仕草で、ゆっくりと近づいてくるのは中央にいる男。黒尽くめの取り巻きたちと違い、ベージュのスーツに小洒落たハット、首元にかけたストールと粋な格好だ。


 コツコツと床板を叩く革靴の音まで、小洒落て聞こえてくるから不思議なものだ。


 ユーリから見ても、顔もまあ悪くはないのだろう。線は細く見えるが、その立ち振舞から幾つか修羅場を潜ってきたことは感じ取れる。


 そんな男へ少しだけ身体を向けたハゲ頭が「帰れ」と短く吐き捨てた。


 今日二度目のハゲ頭の声は、先程よりも低く腹の底に響くような声だ。どうやら先程ユーリに向けて発したのは()()()だったらしい。


 瞑っていた両目を鋭く開き、マフィアたちを射殺さんばかりの視線からも、相手が招かれざる客だと言うことは良く分かる。


「たまたま近くを通りかかったもので」


 薄く笑う男に、「二度と来るな」と再びハゲ頭が低い声とともに睨みつけた。


「おやおや。そんな態度でいいのですかね?」


 大仰に両手を挙げて見せるハットのマフィアの様子に、ユーリは僅かに眉を寄せた。


(腹が立つ話し方してんな……)


そうは思うが別段ユーリが首を突っ込むことではない。会話は聞こえてくるから仕方がないが、ユーリが今できるのは他の客同様空気になりきることだけである。


 マフィアが現れてからというもの、ユーリの他にいた爺二人の会話はピタリと止み、今は咀嚼音すら立てないという徹底ぶりだ。


 これはユーリも見習わねばと思うのだが、どうも出された料理が美味しすぎて今はまだ完全に空気になるのは難しい。あと十数分程待ってくれれば完全に空気になれるだろう……。多分。


 そんなユーリの頑張りを知ってか知らずか、ハット男がユーリの座るカウンターへと向かってくる。


「あなたが怪我をさせた、ウチの人間の治療費を早く払ってほしいのですが」


 ヘラヘラと笑い、困ったような声を出すハット男。ふとユーリが視線を上げれば、冷え切ったリリアの瞳が目に映った。


「あれはテメェらがリリアにちょっかい出したからだろう」


 グラスを置いたハゲ頭が臨戦態勢とばかりにシャツの袖を捲り上げる。


(あー成程)


 ハット男とハゲ頭との会話で何となく状況は掴めたユーリは、料理を口に運びながらウンウン頷く。


「そう言っても実際にウチの若いのが被害にあってるんですよ?」


 遂にカウンター、ハゲ頭の真正面へとハット男が辿り着いた。

 カウンターを挟んでハゲ頭とハット男が向かい合い、その真隣にユーリが座り、その目の前にリリアという状況である。


「お店……お客さんが殆ど居ませんね?」


 店内を見回したハット男が、下卑た笑顔をハゲ頭に向けて更に続ける。


「街で噂になってますよ。『暴力店主のいる店だ』って」


 中々悪い顔をして笑う。横目にハット男を見たユーリの感想だ。


「――あなたが――!」

「やめろリリア」


 リリアは凍りついたような瞳から一転。激情したように男に掴みかかろうとするが、ハゲ頭に抑えられてしまう。


「おやおや。親が親なら、子も子ですね……」


 大げさにビビったフリをするハット男がカウンターから飛び退いた。「怖い怖い」と言いながら肩を竦めてはいるが、その目は笑ったままだ。


「リリア嬢、いい加減大人になったらどうです?」


 ハット男が再びカウンターへと歩み寄る。ゆっくりと、まるで芝居がかったような歩き方だが、ユーリの咀嚼音がそれらを全て台無しにしている。


 一瞬だけユーリを睨んだハット男だが、その視線をまたリリアへ戻した。


「……血は繋がってないとは言え、ご両親のためじゃないですか?」


 ハット男の脈絡のない説得に、ユーリは頭上にハテナが止まらない。ただそれと同じように食事を進める手も止まらない。


「ご両親のお店を助けると思って、私についてきてくれませんか?」

「あー成程」


 思わず、という具合にユーリは口に出してしまった。

 何てことはない。このハット男はリリアに惚れて、リリアをモノにすべくこの店を()()()()()()のだ。


 恐らく店の中でリリアにちょっかいをだし、親父に殴られて、それを口実に店に圧力をかけていると言った所だろう。


 小物臭く手垢の付きまくった手ではあるのだが……。


(まあ()()()()()()()()なやり方だな)


と思ってしまったユーリは、図らずも「成る程」と声に出てしまったのだ。そう考えれば、もしかしたら昨日の昼にリリアが絡まれていたのすら、この男の差し金かもしれない。


 急に発言してしまったユーリに、ハット男やリリア、ハゲ頭の視線が一瞬集まっているが、ユーリからしたら「気にしないでくれ」と言いたい所だ。


 そんな視線に軽く手を振っただけで、食事を続けるユーリから三人は誰ともなく視線を外した。



「リリア。お前は気にする必要ない」

「おやおや泣かせますね。でもお店……だいぶ傾いてるでしょ?」


(よくある話だな)


 ユーリの感想としてはそれ以上でもそれ以下でもない。


 実際モグリとして活動している時は、似たようにゲスい仕事の話は()()()と聞いてきた。どこどこの家に強盗に入り、一家全員仲良くあの世送りにしたという畜生のような同僚すらいた。


 自身の力にモノを言わせて金を稼ぐ連中――それが一般的に言うモグリだ。


 そういう輩と一緒に居たのだ。今更そんな話が目の前で繰り広げられようと、ユーリからしたら「あー、そのタイプの話ね」くらいのものなのだ。


(よくある話。路地裏の飯屋が潰れる。ただそれだけだ)


「さあリリア嬢。今日こそ返事を聞かせてもらいますよ」

「……」

「リリア。お前は気にするな」


(俺の仕事に何の影響もねえ。なら問題はねえ)


「今日は頼みの【()()】も任務で出ているはずですからね」

「……」

「帰れ。何を言われてもリリアは渡さん」


(不幸な家族が一つ増えただけ)


「血の繋がらないあなたを育てたご両親に今こそ恩返しを――」

「……」

「リリア!」


 ――お腹いっぱい食べましょう


 ユーリが不意に思い出したのは、市場で会ったリリアの嬉しそうな顔だ。


(なんで今――)


 ユーリが顔を上げると、今にも泣き出しそうなのを我慢しているリリアの表情があった。


(おいおいおい。ユーリよ。よくある話だろ)


 よく分からない気持ちを落ち着けようと、ユーリは最後に残った肉の一切れに手を伸ばす――が、食べようとした肉は、横から伸びてきた手に掻っ攫われた。


 その手を呆然と追いかけると、肉はハット男の口の中へと放り込まれた。


 ユーリの肉を奪ったハット男は、それを数回噛んで「プッ」と床へ吐き出した。


「……不味いですね」


 ――お母さんに手伝ってもらったんだから


 肉を追いかけるユーリの脳裏に、先程リリアが笑っていた言葉が反響する。


「さあ、リリア嬢あとは貴女が頷くだけ――」

「おぉこら。ハット野郎。テメェ誰の飯に手ぇ出してんだ?」


 ゆっくりと立ち上がるユーリ。

 それに「あ゛?」とハット男がドスを聞かせて睨みつけた。


 長身のユーリと比べてもそこまで差のない身長。どうやらハット男は細身に見えただけのようだ……がユーリからしたら、そんな事などどうでもいい。


 睨みつけるユーリに、ハット男が半歩近づき口を開く。


「兄ちゃん、今取り込み中だ」


 ユーリに対してドスを聞かせた声で睨みをきかせたハット男だが、「かっこつけ――」と続けようとした言葉は途中で「グェ」という情けない声に変わった。ユーリが一瞬でハット男の胸ぐらを掴み、片腕だけd持ち上げたのだ。


「ガ……ハッ」


 空気を求め、パクパクと口を動かすハット男が、苦し紛れにユーリの腹を何度も蹴る……のだが、ユーリはビクトもしない。


「あ、兄貴!」


 焦った取り巻きたちがユーリを取り囲み、懐に手を突っ込んだ。


 脅しとも取れる行動すら意に介せず、ユーリが更にハット男の胸ぐらを捻り上げれば、「ガッ……グェ」とハット男の声にならない悲鳴が店内に響いた。


 どうやら強化繊維のスーツとシャツらしいそれが、仇となってしまったようだ。ユーリが捻り上げ、ハット男の全体重を受けても破れる素振りが無い故に、上等なシャツは今まさに死刑執行の荒縄の如くハット男の首を絞め続けている。


「テメェ放しやがれ!」

「ユ、ユーリ――」


 殺気立つマフィアに慌てるリリアが、ユーリの肩を掴むがユーリはお構いなしだ。


「質問に答えろ。殺すぞ。テメェ誰の飯に手ぇ出したか分かってんのか?」


 ぎりぎりと捻り上げていたユーリだが、ハット男の顔が赤から青に変わった時、漸くこのままでは答えられないな、と若干その腕の力を抜いた。


「ゴッ――は、はなせ!」


 足をバタバタさせたハット男が血色の戻った顔でユーリを睨み付け、取り巻きたちがその腰を落した。


「テメー! 兄貴をはなせ!」


 取り巻きの一人がドスをきかせた声を発し、ユーリとの距離を少し縮める――が


「黙ってろ三下。今はこのバカと話してんだ。次、口開いたらテメーらから殺すぞ」


 冷え切ったユーリの視線に「クッ」と声を漏らしてその身を後ろに逸した。


「グッ――だ、誰がバ――」


 胸ぐらを掴まれ上手く呼吸が出来ないハット男だが、その目は憎悪に燃え今にもユーリを噛み殺さんという気迫だけは見て取れる。


 そんな殺気の籠もった視線に、「なにガンくれてんだ」とユーリがもう一度その胸ぐらを強く捻り上げた。


「いいか。テメぇが食った肉はな、俺が()()()()()()()()わざわざ準備してもらった()()()()()豚料理なんだよ」


 もちろん嘘だ。天然物は本当だが、今日の昼に魔法職(笑)と荒野でハントしてきたものだ。


「三――三〇〇だ――? 嘘つくんじゃ――グェ」


 喚いたハット男の胸ぐらをユーリが再び捻り上げる。


「俺が与太飛ばしてるって言いてぇのか? ぶっ殺すぞ」

「テメェこそ――俺がレオーネファミリーのモンって――グェ」


 話すたびに胸を捻り上げられ続けたハット男の顔は、赤黒く変色してきている。


「……裏の人間がファミリーの名前出すってのが、どう言うことか分かってんだろうな」


 ハット男の完全な脅しに、ユーリは獰猛な笑みで答える。


「て、てめぇ…こそ、おれ、たちが……イスタンブールさいだい……の、ふぁみりー…って、わかってんのか?」


 既に息も絶え絶え。辛うじて意識を繋いでいるのは、ハット男のマフィアとしての矜持だろうか。


「イスタンブール最大ね……それも()()()()()()


 吐き捨てたユーリは、ハット男を入り口へと放り投げた。

 取り巻きが何人かそれを追い、残った奴らはユーリを逃さないよう前後に張り付いたままだ。


「おい、三下共。兄貴連れて表に出ろ。ここじゃやりあえねぇだろ」


 咳き込むハット男を介抱する取り巻きたちが、ユーリを射殺さんばかりの目で睨んだ。


 ユーリは、そんな睨みなど涼しい顔で受け流し、リリアを振り返る。


「ねーちゃ……リリア。こいつらぶっ飛ばして、()()三〇〇万持ってくるからよ。そん時は飯を頼む――」


 そう言いながらユーリが扉を開け、外へと出た。それを逃さぬようにと慌てたように男たちが追いかけていく――。

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