第183話 正論なんだけど、コイツに言われるとちょっと……って奴がいる
画面に映し出されている耳の尖った男性。それを眺める四人だが、唯一リリアだけが「亜人?」とよく状況が分かっていない。キョロキョロと男性とユーリを見比べるリリアに、ユーリは「えーっとな……」と言葉を探す。
「人間に似た存在、モンスターじゃない奴ら……って感じか」
それでも良く分からない。という表情のリリアに「後でちゃんと説明してやる」とユーリが軽くその頬を押しやり、彼女の意識を再び画面へと戻した。
リリアの視線が画面へ戻るのとほぼ同時に、再び映像が動き出す。
「なんや、ビビっとるような面やな」
流れる映像に眉を寄せるヒョウ。確かにヒョウの言う通り恐れているようにも見えなくはない。明らかに狼狽し、何かを叫ぶ男性の姿に、クレアも「そうですね」と頷いた。
「普通に考えれば、見たこともない場所に転移させられて、ビックリしている……のでしょうが」
確かにクレアの言う通り、男性の顔は困惑にも見えるしヒョウの言う通り何かを恐れているようにも見える。彷徨う大顎を恐れているのか、こんな場所に一人放り出された事への恐怖か……逃げるように東へ駆ける男性の姿を見るに、後者のように思えるが、本人に聞けない以上推測の域は出ない。
繰り返し流れていた映像は、再び男性が彷徨う大顎から吐き出された瞬間で止められた。
人のように見えるが、人とは明らかに違う尖った耳。
言語の判別はつかないが、確実に何かを喋っている口。
映像に映り込んだ男性が、叙事詩クラスのモンスターである可能性もある。オロバス同様、知性を持ち対話が可能なモンスターもいる……数は極端に少ないが。だがそれだと説明出来ない部分が一つだけある。
モンスターと違う行動をした、という点だ。
この行動が、彼がモンスターでないという証左であり、亜人であるという推測に落ち着いてしまう。サイラスやクレアが望んできた――【人文】がひた隠してきた事実を知るかもしれない――存在。
偶然とは言え、それを捉えた映像をサイラスが名残惜しそうに眺めている。こうなると知っていれば、もっと万全の体制を……とでも言いたげな表情だ。
「偶然……なのだろうな」
サイラスは自身に言い聞かせるように呟き、もう一度亜人と思しき男性をじっくり眺めた。
「偶然……なの、だろうな」
悔しそうにもう一度初めから呟くサイラスに、「恐らく」とクレアが頷く。二人の間に流れる微妙な空気に、ユーリがわざとらしく大きな咳払いをした。
「実際にいるって確定しただけで、儲けもんだろ。今それ以上を求めるのは、欲張りがすぎんだろ」
細められたユーリの瞳に、そこに籠もった僅かな殺気に、サイラスは小さな溜息をつき、クレアは「そう……ですね」と引き下がるように頷いた。
今のやり取りを理解できていないのは、リリアだけだ。サイラスやクレアが醸し出していたのは興味だ。もう一度リリアに荒野で歌わせて、亜人が現れるかどうか、確認したいという興味。それにユーリが「今は存在の確認だけで満足しとけ」と釘を指した形である。
「……亜人の話は一端脇に置いておきます」
クレアが諦めるような溜息と共にタブレットの画面倍率を戻せば、モニターの画面が再び彷徨う大顎の全貌を映し出した。
「彷徨う大顎ですが、先ほども確認した通りオーベル嬢の歌が止みますと――」
彷徨う大顎はその姿を忽然と消した……まるで魔法の様に。
「これは……つまり――」
「はい。何らかの力が、明確にオーベル嬢の歌声に敵意を持ち、彷徨う大顎を介してモンスターを送り込んでいる、かと」
真剣な表情で頷くクレアに、「やっぱり……」とリリアは顔を強張らせて唇を真一文字に結ぶ。
リリアとしてはやはりショックなのだろう。分かっていた事でも、改めて痛感させられたのだ。それでも狼狽えたり落ち込んだりしないよう、気丈に振る舞う彼女に、「気にすんな」とユーリが声をかけた。
「元々トチ狂ってる奴らだ。送り込んでる親玉もトチ狂ってた、ってだけだろ」
ぶっきらぼうなだが、ユーリらしいいつも通りの言い方。そこから感じられる優しさに、リリアが「うん」と小さく頷いた。それでも表情の晴れないリリアの頭に、ユーリはそっと手を乗せた。
「どの道駆逐する予定の害虫みてぇな奴らだ。向こうが集めてくれるんなら、探す手間も省けるだろ」
いつも通り笑うユーリに「なにそれ」とリリアが顔を上げて小さく微笑んだ。
「ユーリさんの仰る通り、モンスターを纏めて殲滅してもいいのですが、それ以上に有益な事象でもあります」
クレアがモニターの中で、彷徨う大顎から吐き出されるモンスターを振り返った。
「送りつけてくる……つまり、まだ仮定の段階ですが、何者かの意思が見えたのは、我々にとっては大きな前進です――」
再び振り向いたクレアが語ったのは、ヒョウがもたらした情報と今回の映像から導き出された仮定だ。
ロイドたちはモンスターを生み出している存在がいるような口ぶりだった。
ロイドはそれを神の仕業だといい、己が新たな神となると言う。
リリアの力は、ロイドたちの計画の妨げになるらしい。
そしてリリアの歌声を嫌うように、何者かがモンスターを新たに送り込んでまで、それを潰しに来る……。
つまりこの彷徨う大顎を介して、モンスターを送り込んでいる事象は、いわば神と呼ばれるものが存在している証左であること。そして――
「連中の言う通り、リリアの歌があれば、その神とやらを倒せるかもしれねぇ……ってわけだ」
引き継いだユーリの言葉に「仰る通りかと」とクレアが頷いた。モンスターを送り出してまでリリアを潰そうとする……それだけ脅威だと向こうが言ってくれているのだ。
「可能であれば、次回はチームを増やして件の彷徨う大顎の討伐も試みたい所ですが……」
クレアの言葉に「それは追々考えるとしよう」とサイラスが首を振った。二人の本心は、彷徨う大顎の討伐半分、もう一度紛れるかもしれない亜人への接触半分と言ったところだろう。
とは言えモンスターを吐き出すモンスターだ。近づくだけでも、かなりの労力が考えられる。加えてリリアの歌が響いている間だけの存在でもある。リリアを守りながら、モンスターの群れを超えて彷徨う大顎を叩く……かなりの大掛かりな作戦が必要になるだろう。
「この映像自体はショッキングだが……ある意味我々にとって希望でもあるな」
サイラスの前向きな意見に、リリアが理解できていないような表情を浮かべた。
「お前の歌がモンスター連中にとって脅威だ……つまり、親玉に効果的って事くらいわかるな?」
揺らしていた椅子を戻したユーリに、リリアはゆっくりと頷いた。
「もしかしたらモンスターの発生源を取り除けるかもしれない……という希望だね」
サイラスの前向きな意見と、優しい笑顔にリリアは「が、頑張ります」と小さくその頭を下げた。事実彼の言う通り、モンスター相手に劣勢であった人類にとって初めて致命的な一撃を与えられるかもしれない力であることは事実だ。
「あとはその歌を聞かせる存在……の場所やな」
椅子を揺らすヒョウに、クレアが若干非難めいた視線を送るがヒョウはそれを気にしない。それが分からないのでは、結局モンスターを生み出しているのと大差ないのだ。
楽観的な考えだけでは、それはただの問題の先送りでしかない。再び暗くなりそうな雰囲気をぶち破るのは、やはりユーリだ。
「問題ねぇよ。知ってる奴がいるんだろ? そう言うのを聞くのは得意中の得意だ」
机に頬杖をついて余裕の笑みを見せたユーリに、「確かに」とヒョウが椅子を揺らしながら笑った。
「ユーリ君に任せれば、話す前に息の根止められそうやけど」
ケラケラと笑うヒョウに、「ちゃんと出来るわ!」とユーリが眉を寄せる。
リリアの歌の力、そしてモンスターを実際に生み出している光景。それらは人類にとってかなりの希望だ。降って湧いた思わぬ光に、サイラスが大きく息を吐いて背もたれに身体を預けた。
「そのあたりの作戦を立てる必要があるな」
腕を組みクレアに視線を向けるサイラスに、「タスクに加えておきます」とクレアが頷いた。
しばし止まった報告会に、ユーリが大きく溜息をついた。
「亜人にモンスターの親玉に……脱線してばっかだな」
まさかの人物によるまさかの発言に、その場の全員がギョッとした表情を見せた。なんせ、常に話を脱線させまくってきた人物が、ド正論をブチかましてくるのだ。
「……確かにユーリさんの仰る通りなんですが」
「君に言われると、何だか負けた気分になるね」
辛辣な二人の言葉に、「どーゆう事だよ」とユーリが眉を寄せる。
「しゃーない。大事な大事なリリアちゃんの事やさかい。いつもと違って真面目やもんな」
ケラケラと笑うヒョウに、ユーリが蟀谷に青筋を浮かべる。
「テメェも蒸し返すな。話が逸れんだろーが!」
「ホンマや。負けた気分やわ」
大袈裟に驚いてい見せるヒョウに、「いい度胸だ」とユーリが立ち上がる――が、
「検証報告を進めても?」
とクレアが呆れたような声をかける。
「ユーリくん、戯れるなら後にしたまえ」
「ユーリ、大人しくしときなさい」
「せやで」
含み笑いの三人からかけられる言葉に「な、納得がいかねぇ」と顔を顰めるユーリを置いて、検証報告が再開されるのであった。




