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終末の歌姫と滅びの子  作者: キー太郎
第三章 後半

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第170話 思わせぶりな事ばかり言うやつは……こうして、こう!

 瞳を真っ赤に燃やしたオロバスがその拳を振りかぶる。

 ユーリの右を狙う左フック。


 中程で折れ、だらりとぶら下がったままのユーリの腕は上がる素振りを見せない。


 迫る拳がユーリの右頬を捉え――られない。

 振り抜かれたオロバスの拳は、ユーリの鼻先を掠め前髪を揺らしただけだ。


『な――』


 赤く燃え上がるオロバスの瞳が見開かれた。

 オロバスをしても驚く程の、無駄のないスウェイバック。

 僅かに上体を引いただけの回避に、オロバスが慌てて返しの右を振り抜いた。

 それを受け止めるユーリの左。


 衝撃が空気を震わせ、ユーリの足が床を割る。


 それほどの威力を受けて尚、笑みを見せるユーリに、オロバスの両拳が唸りを上げる。


 最短距離を突く左正拳。

 ユーリのヘッドスリップ。

 オロバスの拳がユーリのイヤホンを掠め、吹き飛ばす。


 空振った拳をオロバスが開く。

 ユーリの後頭部を抱き寄せるように掴み――

 ユーリのウィービング。


 下がりつつ円を描くようなユーリの頭部を、オロバスの左手が掴みそこねた。

 と同時に、オロバスの鼻っ柱に叩き込まれるユーリの左拳。


 ――パァン


 という弾けるような音は、ストレートながら牽制のジャブに近い。

 だが、完全に死角から叩き込まれた一撃で、一瞬だけオロバスの顎が上がる。

 その無防備になった腹へ、ユーリは左手を引きつつ腰を捻って左膝を叩き込んだ。


 地面を滑るオロバスの両足。

 開いた両者の間合いに、オロバスは殴られた鼻を軽く擦り……

 ユーリは笑顔を浮かべて、自身の蟀谷を左人差し指で軽く叩いて見せた。


 まるで「頭はここだ。ちゃんと狙え」とでも言うようなユーリのその態度に、オロバスが歯を剥き出しに再び接近。


 暴風のような勢いで拳を振り回すが、そのどれもがユーリに躱され、受け止められて不発に終わっていく。先ほどまでとは違うユーリの動きに、オロバスが歯をギリギリと鳴らすが、構わずに両拳をユーリへ叩きつける。


 攻防が繰り返される度、ユーリの動きが最適化され、今やオロバスの猛ラッシュはユーリのガードという選択肢すら引き出せない。


 風を切り、唸り声を上げるオロバスの拳は、遅くはない。その回数を重ねる度、明らかに速く鋭く、既に腕の軌跡すら見えぬ程まで加速している……だがどれもこれもユーリに当たるどころか掠りもしない。


『なぜ当たらん!』


 拳だけでなく、馬のままの脚を使った蹴りも織り交ぜるオロバスだが、そのどれもがユーリには当たらない。


 オロバスには理解が及ばないだろう。強大な力を持ち、その力を振るうことに疑問を持たないのが悪魔だ。だが人は違う。生まれついての力もなく、か弱い存在……それが人である。


 だがその足りない部分を補うため、例えば道具を作り、例えば技術を磨き、そうして常に考え進化してきたのが人である。


 拳を振れば並大抵の者を倒せる悪魔と、常に研鑽を詰み、世代を越えて技術を磨いてきた人。仮に力が同じくらいであれば、技術の差というのは明確に出る。


 開始前にはあったはずの力の差も、戦闘中に勘を取り戻し、本気モードになったユーリ相手では殆ど見当たらない。ようはただ振り回すだけの攻撃など、ユーリには当たる訳が無いのだ。


 それでも一心不乱にユーリを叩き潰そうと、オロバスが拳を、脚を繰り出す。一撃でも当たれば、いや掠れば終わり。そんな状況を楽しむように、紙一重で避け続けるユーリがニヤリと笑う。


『なにがおかしい!』


「いや、悪魔風情が……人間を舐めすぎだ、と思ってな」


 ニヤリと笑うユーリの言葉に、オロバスの顔一面を青筋が覆った。


『猿がぁあああ!』


 一際力を込めただろうオロバスの右。

 それがユーリの脇を通り過ぎた瞬間――


『ガハッ――』


 オロバスの口から涎と苦悶の声が吐き出された。


 怒りで大ぶりになったオロバスの右。

 それをヘッドスリップで避けながら、ユーリは腰を捻って左拳を突き出していた。


 オロバスの脇腹にめり込むユーリの左拳。

 綺麗に決まったカウンターに、オロバスの膝が僅かに落ちた。

 その瞬間ボディブローの状態からユーリが反転。

 頭が下がったオロバスの左蟀谷に、ゼロ距離で回転肘打ち。

 オロバスが肘打ちで横へ仰け反る。


 肘を振り切ったユーリ。

 完全にオロバスの横につけたユーリの右膝がその背中へ――


『グゥッ――』


 背中に走る衝撃に、オロバスが思わず身体を仰け反らせ――たその鬣をユーリの左手が掴んだ。

 鬣を後ろへ引っ張るユーリ。


『こ、小癪な――』


 耐えようとするオロバスだが、体勢が悪すぎる。

 引きずり倒されるように、ひっくり返ったオロバス。

 その瞳が捉えたのは天井……ではなく、ユーリの靴底。


 ――ズシン。


 という音が床を砕き、埃と小石を舞い上げた。


 かろうじて転がったオロバスが両手をついた格好でユーリを睨みつける。


「いい格好だな……四足歩行が似合ってんぞ」


 笑顔を浮かべ「後はヒヒンって鳴いたら完璧だ」と言うユーリを前に、オロバスが『生意気な猿め』と四足歩行のまま突進。


 一瞬で両腕が前脚に代わり、二足歩行時よりも速いオロバスの体当たり――


 迫るオロバスを前に、ユーリはその場で反転。

 突き出されるオロバスの頭へ、ユーリの左後ろ横蹴り。

 衝突する頭と足。

 衝撃が部屋中を明るく照らし、壁際の松明を大きく揺らす。

 それとほぼ同時にユーリが後ろへ吹き飛んだ。

 オロバスの全体重と加速のエネルギーには流石に勝てない。


 だが、ユーリの蹴りでオロバスの突進が一瞬止まったのも事実だ。


 吹き飛んだユーリが宙で反転。

 壁を捉えたユーリの両足。

 衝撃を吸収する膝――に溜まった力が一気に解放される。


 弾ける壁。

 消えるユーリ。

 一瞬にしてオロバスの前に戻ってきたユーリに、人型へ戻ったオロバスがユーリの左手に意識を集中する。


 壁から飛び出て上半身が先行しているユーリ。

 右手が折れて使いモノにならないユーリ。

 警戒すべきは左手から繰り出される攻撃だけだ。


 そんなオロバスの左側面……いや正確にはその瞳へ、ユーリは折れた腕を振り抜いた。


『が、――』

「っつう――」


 ユーリの指先がオロバスの瞳を襲うのと同時に、周囲にミシミシと骨が軋む音が響いた。


 衝撃など無いに等しい。

 目潰しもほぼ効果がないに等しい。

 だが、油断していたオロバスには十分すぎる奇襲だ。


 僅かに仰け反ったオロバスが『き、貴様。正気か――』と恨み節を呟いたその鬣を再びユーリの左手が掴んだ。


「狂ってるから、こうして戦ってんだろ?」


 ユーリの浮かべた獰猛な笑みに、オロバスは初めて畏怖を感じたようにその顔を引き攣らせた。


 ……深淵


 その意味を漸く理解したオロバスの頭が引き寄せられる。

 そこに繰り出されるのは、ユーリの右膝。

 鼻っ柱につきささる膝に、オロバスの歯の間から『グゥぅ』と苦悶の声が漏れた。


 それでもユーリの左はオロバスの鬣を離さない。

 膝の衝撃で上がったオロバスの顎。

 鬣を持ったままのユーリがその頭を抑え込み――

 上がった顎へ飛び右膝。


 オロバスの綺麗な歯にヒビが入る。


 それでも瞳に力を宿したオロバスが、『調子に――』乗るな、そう言いかけた瞬間、地面に降り立ったユーリがオロバスの鬣を掴んだまま前方、オロバスの股ぐらを潜るスライディング。


 頭を持っていかれたオロバスが、自分の股ぐらに頭を通すように前方に一回転。


 強かに打ち付けた背中と、再び瞳に映るユーリの靴底。


 ――ズシン。


 舞い上がる埃。今度はオロバスの顔面を寸分の狂いなくユーリが踏み抜いた。

 それも一度ではなく、二度、三度、と何度も。


 完全に沈黙したオロバス。それを前にユーリは「起きろ、こら」とその側頭部を蹴り上げた。


 グランと揺れるオロバスの頭と『グハッ』と漏れる苦悶の声。


「起きてヒヒンって鳴け」


 そう言ってもう一度ユーリがオロバスの顔面を蹴り飛ばせば、オロバスがゴロゴロと転がり、その身体から黒い靄が立ち上る――黒く盛り上がっていたオロバスの身体は、最初に見た時同様普通の肌へと戻った。


 そのオロバスの鬣をユーリの左手が再度掴んだ。


「おいこら駄馬……リリアの事、リリアの歌の事、知ってる事全部吐きやがれ」


 鬣を持ち上げられ、無理やり顔を上げさせられたオロバスだが、そのヒビの入った歯を見せニヤリと笑う。


『断――ッガ』


 口を開いたオロバスの顔面を、ユーリが思い切り床に叩きつけた。床にめり込んだオロバスの顔を、ユーリがもう一度持ち上げる――オロバスの顔についた小石が、パラパラと音を立てて落ちていく。


「もう一度聞くぞ。お前の知ってる事を話せ。殺すぞ」


『焦っているな……滅びの子――ッガ』


 叩きつけられたオロバスの身体がピクピクと痙攣する。それでも構わずにユーリは掴んだ鬣を引いては叩きつけ、引いては叩きつけを繰り返した。


 床にめり込む度、『がッ』だとか『グハッ』だとか聞こえてきていた声も聞こえなくなって暫く。


「話す気がねぇんなら……」


 そう言いながらユーリは、グッタリしたオロバスの尻尾を掴んでズルズルと引き摺って歩く。向かう先は……祭壇だ。


 ユーリは掴んでいたオロバスの尻尾を左手に巻き付けた。


「そぉーれ!」


 掛け声とともに振り回したオロバスで、祭壇を思い切り殴りつける。岩と岩が打つかるような音が部屋中を揺らす。それも一度と言わず、何度でも。


 祭壇が砕け、オロバスが青黒い血を撒き散らし、それでもユーリは振り回す手を止めない。既にグチャグチャになったオロバスを背に担ぐように構えると、僅かに残った祭壇の土台目掛けて上から思い切り叩きつけた。


 ズシン、と部屋が揺れ、粉々になった祭壇と、血まみれでボロボロになったオロバスの死体……その身体から黒い靄が再び立ち上り、ゆっくりとオロバスの死体が消えていく……。


 それでもユーリが纏う雰囲気は変わらない。まるで何かを待っているように、ただ虚空を睨みつけたまま――


『我が分体を退けた事、褒めておこう』


 ――それに応えるように、空間に響く尊大な声が響いた。


「負け惜しみを」


 鼻を鳴らすユーリが、腕を組もうと……して、右腕が折れていた事を思い出して小さく溜息をついた。


『今だけはその勝利に酔うがいい。いずれ……貴様の前にも逃れられぬ過去が立ち塞がるだろう』

「何で未来に過去が立ち塞がるんだよ……バカなのか。ああ、馬だったな」


 そう言って鼻を鳴らすユーリだが、響いてくる声はそれに応えてくれない。


『滅びの子よ……世界の深淵にたどり着きし時、貴様の仲間はその罪に焼かれて死に絶え、貴様は……己の無力さと世界の残酷さを呪いながら死ぬだろう』


 どこかで聞いた事を嘯いて、今度こそ気配が完全に消え去った。


「与太飛ばすなバカが。俺の未来は見えねぇって言ってたろ」


 姿を消した気配に、ユーリが鼻を鳴らしたそれとほぼ同時に、周囲を照らしていた松明も消え、通路の向こうからドカドカと複数の足音とともに明かりが入り込んできた。


 気になる事はあれど、今はまだ出来る事はない。とりあえず帰ったら、ヒョウにでも相談してみよう。そう思って溜息をついたユーリの耳に


「ナルカミ!」

「ユーリさん!」


 クロエやカノンの声が飛び込んできた。


「ユーリさん、無事――ぎぇええええ! 腕が、腕が折れてますよ!」

「何でお前が痛そうにしてんだよ」


 騒がしいカノンの声に、ユーリは苦笑いのまま小指を耳に突っ込んだ。


「とりあえず、エレナに治療して貰え」


 肩を叩くクロエに、「だな」と頷いて通路へ向けて歩き出した。もともとはエレナを救出に来たのだ。骨折を治してもらうくらいしてもバチは当たらないだろう。


 明かりに包まれ、通路へと歩きだしたユーリが今一度祭壇があった場所を振り返り、徐ろに左手に魔力を宿した。集まる魔力に、それが見せる深淵に、カノンとクロエが「ユーリさん?!」、「何をしてる?!」と驚くがユーリはそれに応えない。


 ただただ集めた魔力を感情に乗せて、祭壇の跡へ向けて思い切り解き放った。


 ユーリの破壊光線が祭壇跡だけでなく、大部屋の壁を床を飛び散った祭壇のカケラを……全てを溶かしてこの世界から消し去っていく――


 オロバス戦で魔力を防御に回した影響か、然程長くない破壊光線だが、部屋一つ吹き飛ばすには十分だったようで、今は天井にも大穴が空き、星空が遠くに見えている。


「さて……悪ぃ……肩、貸してくれ」


 魔力を使い切ったユーリをクロエが受け止め、カノンが支える。三人が通路へ向けて再びゆっくりと歩き出した。


「そういやエレナと仲直り出来たのかよ?」

「そ、それは……」

「出来てましたよ。二人してわんわん泣いてました」

「わんわんは泣いてないだろう!」

「マジかよ。見たかったぜ……動画とかないの?」

「乙女の秘密ですからね。今回は撮ってません」


 たまに見せるカノンの優しさに、クロエがホッと胸を撫で下ろし、ユーリが「ンだよ……」と呟き通路の奥へと消えていく――


「ユーリさん、そう言えばおトイレの後に手って洗いました?」

「お前、ホントに便所だと思ってたのかよ?」


 ――遠くに見える星空へ、賑やかな声を残して。

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