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終末の歌姫と滅びの子  作者: キー太郎
第三章 後半

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第167話 一難去ってまた一難去ってまた一難……人生ってそんなもん

 リリアの歌が始まって暫く、苦しそうだったエレナの顔が少しずつ穏やかになり、呼吸も安定してきた。その事実に全員が喜びを見せ、エレナに帰ってこいと代わる代わる声を掛けている。


 そんな中、ユーリは一人苦虫を噛み潰したような顔で、祭壇へ続く通路を見ていた……いや、正確には祭壇に現れただろう何かへ意識を集中していた。


 恐れていた事が起きたわけだが、ユーリが直ぐに対処しないのには理由がある。気配の主は現れただけで、何故か祭壇から動こうとはしていないのだ。地縛霊的な類だろうか、とユーリは思考を巡らせるが、先程祭壇を確認した時はそれらしい気配など一つもなかった。


 つまり十中八九リリアの歌声に惹かれて現れたのだろうが、そうなってくると今度は動かない理由が分からない。


 動かない。

 動けない。


 理由は分からないが、動かないであった場合のリスクを考慮すると、リリアの歌は止めるべきだろう。だがエレナの様子が良くなっている今ここで、リリアに「歌をやめろ」と言うのは、それこそナンセンスだ。


 完全に板挟みの状況に、ユーリが思わず渋面を浮かべてしまうのも無理はないだろう。


 幸いにも全員がエレナに意識を集中しているため、誰もユーリの渋面には気がついていない。相手に何か行動が見られたら、祭壇ごと消し飛ばす方向で、ユーリが行動指針を固めた頃……


「エレナさん!」


 アデルの歓喜を含んだ涙声が表すように、エレナがゆっくりと目を開いた。


 歓喜のあまりエレナに抱きつく女性陣、ドサクサに紛れてダンテも抱きつこうとしてロランに阻止されているが……。兎に角エレナは助かったのは間違いない。リリアの歌声の効果なのか、はたまたエレナが土壇場で根性を見せたからか。それは分からないが、結果として助かったという事実に、ユーリもホッと一息ついた。


 歓喜の渦にいたエレナが、ようやく身体を起こした。


「皆、ありがとう。皆の声が聞こえたよ」


 笑うエレナの言葉に、女性陣どころかフェンやラルドも涙ぐむ。


「リリアの歌も。あの日を思い出せた。ありがとう」


 微笑むエレナに「良かったです」とリリアも泣き笑いを浮かべてもう一度抱きついた。


「クロエ、君の声もな」


 リリアの背中をさすりながら、クロエを見るエレナ。そんな彼女にクロエは「フン」と鼻を鳴らして顔を背けた。


「お前にはまだまだ言いたいことがある。それにお前を殺すのは私だ」


 顔を背けたままぶっきら棒に吐き捨てたクロエだが、「夢の中でも言われたよ」とエレナは笑みを返した。


 小さな部屋に溢れる喜びは、瞬く間にサテライト(ブルーノ)を介して全員へと伝播する。恐らく今頃は全員がエレナの無事を噛み締めている事だろう。


 喜びを爆発させる皆を尻目に、ユーリは一つになった懸念事項に悩んでいた。歌が止んでも行動が見られない。恐らく放っておいても襲ってくることはないだろう。ないだろうが、祭壇にある気配からは、どうも知性というか、理性のようなものを感じる。


 なにか意図があって祭壇に留まっている。ならば、このまま無視して帰った所で問題など何もない。だが、リリアの歌に惹かれて現れた知性を有する、と思しき存在だ。もしかしたら、リリアの歌声に隠された秘密が分かるかもしれない。


 どうしたものか、と考え込み下を向くユーリの耳に


「――カミ! ナルカミ!」


 と響くクロエの声に、ユーリは怪訝な表情を持ち上げた。


「エレナが目覚めたぞ。さっきの話の続きだ」


 睨んでくるクロエを前に「そいつもあったか」とユーリがガックリと肩を落とした。正直ちょっと忘れていたのだ。とは言えあれだけ啖呵を切った以上、後にしようとは言えるはずもない。通路の向こうへ気を配りながらも、仕方がないとユーリは乱暴に頭を掻いて口を開いた。


「エレナ、お前もツラぁかせ」


 エレナを手招きするユーリに、怪訝な表情を浮かべたエレナが「ああ」と立ち上がった……瞬間、フラついて再び膝をついた。


「あー、いや良い。お前はそこにいろ」


 ユーリがクロエに目線だけで促して、エレナの近く、部屋の中央へ。


「……お前が大イビキかいてる間に、こいつにお前らの過去を聞いたわけだが……」


 そう言ってクロエを親指で指すユーリに「そうか」と座り直したエレナが少し俯いた。


 俯くエレナと、ユーリを睨みつけるクロエ。そんな二人を見比べたユーリが盛大に溜息をついた。


「お前ら、いつまで悲劇のヒロインぶってんだよ」


 ユーリのトンデモ発言に、クロエの顔が見る間に赤くなり、アデルやフェン、ラルドは唖然とした表情を浮かべ、リリアは「ちょっとユーリ……」とユーリの肩を掴んだ。


「リリア、止めるな。俺はな……この二人に心底腹が立って――」

「そうだな。君の言う通りだ」


 まさかのエレナの言葉に、「え?」とユーリが思わず声をもらした。自分で言っておきながら何だが、普通ここは「お前に何が分かる」的な発言が来ると思っていたのだ。そのくらいトゲを含んだ言葉だと自覚していた。


 そしてそれはクロエも同様なようで……


「エレナ、お前……」


 ……驚いた表情を隠せずに、ユーリの言葉に乗ったエレナを見つめている。


「ユーリの言う通りだ。クロエ……私達はそろそろ過去に決着をつけねばならない」


 真っ直ぐに見つめるエレナに、クロエがきつく睨み返した。


「隊長を殺した貴様が…それを言うのか?」


 クロエの言葉に一瞬だけエレナの顔が強張る……が、「だからこそ、だ」と瞳に力を込める。


「私が命令を無視した罪を、隊長が被ってくれた」


 大きく深呼吸をするエレナが続ける。


「私はずっと、あの行動が隊長を殺したと思っていた」


 意を決して紡いだ言葉だろうそれに、「そうだろう」と抑揚なく返すクロエの言葉は、エレナにとってもかなりのダメージだったようだ。僅かに息を飲み、瞳を揺らがせるエレナだが、それに負けぬようにと更に口を開いた。


「違うんだ。隊長は、その命をもって私を救ってくれたんだ」


 クロエに言っているようで、それでも自分に言い聞かせているように、エレナが大きく頭を振る。


 そんなエレナに「何が違う?」と眉を寄せてたクロエが、苛立たしさを隠すそぶりもなく、足で床を叩き始めた。


「言葉遊びがしたいわけではないぞ」


 トントンと叩かれる床の音を掻き消す程、クロエの声が大きくなる。クロエから滲む怒気を、エレナは真っ直ぐに受けながらもその瞳を見つめ返した。


「全然違う。言葉遊びではない。隊長はその命で私を、私達の未来を守ってくれた」


 真っ直ぐに、瞳を揺らがせないエレナのその言葉に、クロエが鳴らしていた床の音が止んだ。代わりに、クロエの組んだ腕の上で、彼女の指が軍服を握りしめていく――


「……何だそれ……お前の未来は、隊長の命よりも……価値があるって言いたいのか?」


 ――信じられない、と言った表情のクロエ。「そうじゃない」というエレナの言葉を聞いても、握りしめた指は止まることなく軍服を更に巻き込んでいく。


「そうじゃない? だと……馬鹿を言うな! そうだろ! お前の……」


 エレナに近づくクロエ……膝を付き、エレナの肩に両手を乗せて――


「お前の未来の方が大事だから、隊長は死んでも仕方がないって――」


 ――エレナを揺さぶった。ガクンガクンと揺れるエレナの頭に、「しょ、少佐――」とアデルとフェンがクロエを引き剥がすが、クロエは歯を剥き出しに、今にもエレナに噛みつきそうな表情だ。


「クロエ」


 片手で頭を押さえたエレナの呼びかけに、「うるさい!」とクロエが声を荒げて二人を振り払った。


「聞け、クロエ! そうじゃないんだ!」


 自分の出した声が頭に響くように、片手で顔を覆ったままのエレナが立ち上がろうと……して、上手くいかない。それにラルドが肩を貸して、ようやくエレナが立ち上がった。


「隊長が最期に言った言葉……それを思い出したんだ」


 ラルドに肩を借りながら、エレナがゆっくりとクロエとの距離を詰める。鬼気迫るエレナの様子に、「隊長が……」と眉を寄せながら、クロエが半歩後ずさる。そんなクロエとの距離を詰め続けるエレナが、口を開いた。


「そうだ。処刑台へ向かう前、笑顔で――」


 クロエの胸に拳を当てて、その瞳を真っ直ぐに見つめる。それに堪らずクロエが視線を僅かに下げた。


「『君達二人は――』」

「……『私が見つけた希望なのだ』……」


 エレナの言葉を小声で、だがはっきりと引き継いだクロエが、上げた視線の先には、真剣な表情のエレナ。


「そう。隊長が繋いでくれたのは、私達二人の未来だ」


 その言葉に、クロエは「……勝手な事を」と言いながら再び視線を下げる。それでもエレナはクロエの胸に当てた拳を今度は彼女の肩に――


「ずっと疑問だった……なぜあの場で隊長は『見逃せばいい』なんて言ったのか」


 呟くエレナに、視線を下げたままのクロエも「それは……」と言葉に詰まった。


「あの言葉の時点で、隊長は決めていたんだ。私達が私達らしく、私達が正しいと思える道を突き進めるよう、その命をかけてくれることを。私達なら、この悲劇を変える事が出来ると信じて」


 唇を噛みしめ、少し遠くを見つめるエレナ。そんなエレナを前に、クロエは肩に乗せられた手を振り払った。


「そこまで分かっているなら……ならば何故【軍】から逃げた!」


 憤怒が戻ってきたクロエの視線。「フー、フー」とクロエの吐息が大きな音を立てるのは理性を保とうとしているのだろうか……だがエレナは先ほどようやく気がついた、と言っているそれを、当時のエレナに求めるあたり、色々と困惑しているのは間違いない。


「隊長の遺志を継ぐなら、【軍】で上に行き、クソみたいな現実を変えるべきだった……そうだろう?」


 今度はクロエがエレナの両肩を掴んだ。


「私は、私はお前が逃げ出したあとも、ここで……たった一人で――」


 力が入るその手が、エレナの肩を強く握りしめていく――その痛みにエレナが僅かに顔を顰め、それでも「そうかもしれない」と頷いた。


「確かに君の言う通り、あのまま【軍】に残り、私達の正義が通用する世の中に…変えていく努力を、するべきだったのかもしれない」


 エレナが僅かに視線を下げた。


「君の言う通り私は逃げた……内心気づいていたのかもしれない。隊長の遺志に……隊長の期待に応えられない事が怖くて、逃げたのかもしれない」


 僅かに俯いたまま呟くエレナにクロエが奥歯をギリギリと鳴らす。


「隊長の期待が怖かった? 未練たらしく隊長の伝でサイラス・グレイを頼っておきながら……」


 ラルドに支えられるエレナを、クロエが壁際へと押していく――エレナを壁に押し付けて尚、止まらないクロエだが、それを受け止める様にエレナが真っ直ぐ視線を上げた。


「そうだ。君の言う通りだ。腰が引けて逃げたくせに、隊長に顔向け出来るよう体裁を整える為に、私はサイラス・グレイを頼った」


 真っ直ぐに打つかる二人の視線……エレナを支えるラルドが耐えられずに下を向く程、二人の視線は激しく火花を散らしている。


「確かにキッカケこそ負け犬のそれかもしれない……だけど、私はもう逃げない」


 エレナの右手がクロエの右手を優しく包む。


「一度逃げた私がこんな事を言うのは、烏滸がましいかもしれない……それでも――」


 視線を上げたエレナが、再びクロエを真っ直ぐに見据えた。


「それでも……回り道の先で、私は私が本当に願う未来を、実現する可能性を見つけたんだ」


 その視線を同じ様に真っ直ぐ見返すクロエが「何を……言っている?」と眉を寄せた。


「だから私はこの道を進むよ。隊長の遺志ではない……隊長が繋いでくれた未来で見つけた私の希望なのだ」


 笑顔のエレナが

「隊長の死を抱えてこの道を進むことこそ、私に出来る最大の恩返しだ」

 と続ける言葉に、クロエが再び視線を下げた。


「勝手な事を」


 再びクロエが呟くが、先程より力のないそれに、全員が微妙な安堵の表情を浮かべた。ユーリの暴言からスタートした事態は、なんとか収束の兆しを見せているのだ。


「もちろん、あの日の事は一生背負っていく。だが、それを理由に死を望んだり、それを理由に歩みを止める事だけはしない。私の……私達の進む道の先で隊長が笑っていてくれる筈だから」


 笑顔のエレナに、クロエは完全に下を向いて肩を震わせるだけだ。もう後一押し、その状況に、全員がホッと胸を撫で下ろしている。


 それはもちろん、この場にいる全員だ。


「格好つけたのに蚊帳の外だな〜」


 ユーリを肘で小突くダンテも、


「うっせ」


 とそれに鼻を鳴らすユーリも。全員が訪れるだろう和解を前に、気を抜いていた。


 ユーリとダンテ。ここにいるメンバーの中で、最も気を張っていなければならなかった二人だが、同時に妙に気を使ってしまう二人でもある。気を使う二人は、ただただ二人のやり取りを邪魔しないように、少しだけ離れた位置に陣取っていた。


 ……それが失敗だった。


「また……またそうやって……お前は私を置いて一人で行くのだな――」


 唇を噛み締めたクロエの言葉に、「え?」とエレナが声をもらした瞬間、クロエが祭壇へ続く通路へと駆け出した。位置が悪かった。クロエがエレナを壁に押し付けたせいで、ユーリ達が二人から距離を取ったせいで、立ち位置的に通路に近かったクロエを遮る人間がいなかったのだ。


 駆け出したクロエの背中に、エレナが手を伸ばすが病み上がりのエレナではクロエを捕まえられない。


「クロエ!」


「バカ、そっちは――」


 叫ぶ言葉はクロエに届かない。そしてあの先にいる、妙な気配を知っているユーリの言葉も届かない。通路へ消えたクロエの背中をユーリとダンテがほぼ同時に追いかる。タッチの差で通路へ入ったのはユーリが先だ。そのまま反転したユーリは、続いてくるダンテ達へ早口で声を駆けた。


「焚付けたのは俺だ。俺が責任を持って連れて帰ってくる」


 その言葉に、「俺もいくぜ〜」とダンテが返事をするが、ユーリは「いや、リリアとエレナを頼む」とさらに早口で捲し立てて速度を上げた。


「何があっても誰もここを通さないでくれ」


 その言葉にどれだけの効果があるかは分からない。分からないが、やらないよりはマシだ、と叫んだユーリが更に加速して一気に祭壇がある大広間へ躍り出た。

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