第13話 自分よりボケるやつがいたら自然とツッコミ役になる
「……やはり断られてしまいましたね」
少し落胆したような声が支部長室に響いて消えた。声の主クレアの貼り付けたような笑顔はどこへやら。今は眉を寄せた頬に手を当て首を傾げている。
「想定の範囲内だよ。彼は必ず頷くことになる」
心の底から思っている。そういった雰囲気で支部長は、背もたれにゆっくりと体を預けた。
「エレナ君――すまないがしばらく彼らの様子を頼んだ」
「はい」
短い返事とともにエレナが支部長室を後にする。
「カノン……大丈夫でしょうか……」
「あの子は強い子だ。ユーリ君と上手くやれるさ」
☆☆☆
「ちっ、まさかお前を押し付けられるとはな……」
ユーリが隣を歩くカノンをチラリと見やる。
ユーリは今、都市から出て荒野を歩いている。支部長に押し付けられたカノンと一緒に。
あの「革命」発言の後、「興味ねー」と言い捨て支部長室を出ようとするユーリを、意外にも支部長は説得することはなかった。
それどころかユーリに向けて放ったアイアンのハンターライセンスを「それは任務の報酬だ。持っていくと良い」とランクアップと正規の活動を認めたのだ。
良く分からないテロ組織への勧誘は置いといて、漸く目標が叶った、と喜んだユーリが軽い足取りで部屋を出ようとしたその時、
「待ちたまえ」
背中にかけられた声に、一瞬悩んだユーリが苦々しげに振り返れば、満面の笑みの支部長と視線が交わった。
「カノン君を連れて行ってほしい」
その発言に驚いたのは、意外にもユーリだけだった。エレナもクレアも、そして当事者であるカノンですら知っていたかのような雰囲気なのだ。仕組まれたとしか思えない提案を、ユーリは「無理だ」と一蹴した。
ユーリはカノンの事は嫌いではないが、良く分からないテロ組織とこれ以上付き合う気はないのだ。
支部長は……まあ支部長なので、今後ユーリがハンターとして活動する以上、何かしらの関わりが出てくるだろうが、それでも支部長と末端のハンターだ。関わりなどたかが知れている。
だからこそ、それ以外で支部長に通じるような人間との繋がりは、ユーリからしたら正直ノーサンキューでしかないのだ。
嫌そうな顔を隠すことの無いユーリに、「それでは仕方がない」と支部長はこれまたあっさりと折れた。
あまりに聞き分けのいいそれに気持ち悪さを感じながらも、再び部屋を出ようとするユーリの背中に、信じられない言葉が突き刺さった。
「ではカノン君仕方がない。君は今日から現場担当に移ってもらおう」
「はい! お任せ下さい。ブロンズランクの力、見せてやりましょう」
眉根を寄せて再び振り返ったユーリに、支部長が困ったような笑顔で「仕方がないだろう」と肩を竦めて説明を始めた。
ユーリが参加しない以上、実行部隊に人を割かないといけない。であればブロンズランクのカノンへ白羽の矢が立つというものだ、と。
「いや、こんなチンチクリンじゃソッコーぶっ殺されて終わりだろ」
思わずユーリの口をついて出た言葉だった。もちろんカノンがブロンズまでランクを上げている以上、普通に考えたらある程度の戦闘経験はある事は分かる。
だが、どう見ても戦いに向かない見た目は、ユーリに思わず失言をさせてしまったのだ。
「そう思うのであれば君が鍛えてやってくれたまえ」
支部長のしてやったりの笑顔。恐らくユーリはそれを一生忘れないだろう。
もちろんそれもユーリは断った。アイアンの自分が、なぜブロンズのカノンを鍛えねばならないのか、と。
だがその程度の言葉で、引き下がる支部長たちではなかった。
今後の事を考えるとチームで任務に当たる必要も出てくる。
であれば今のうちに知り合いと少しでも経験を積んでおくことも必要だ。
ついでにカノンに戦闘のコツを教えてくれるだけでいい。
と支部長だけでなく、エレナにクレアからも援護射撃が飛ぶ始末だ。
ダメ押しに――
「ユーリさん、ブロンズランクで先輩な私が色々教えてあげましょう!」
「馬鹿かお前は! お前が俺に教わる方なんだよ!」
――カノンの天然発言に突っ込んでしまった事で、ユーリ自身がカノンとのバディを認めてしまったような空気を作ってしまった。
「そうか。それでは宜しく頼むよ」
間髪を容れない支部長の終了宣言に、「それでは行きましょう!」と突き進むカノン。もうどうにでもなれ、と肩を落してそれに続く形で、ユーリは漸く支部長室を後にすることが出来た。
その後カノンが進めるアイアンランクの依頼を受け、今回は普通に徒歩で都市の外へと繰り出し、しばらく歩いた後、冒頭のため息混じりの発言「お前を押し付けられるとは」に至ったわけだ。
「お任せください! このカノン・バーンズ一生懸命支援します!」
元気いっぱい胸の前で両拳を握りしめるのは、オペレーターの制服から私服に着替えたカノンだ。
といってもオペレーターの時と然程変わらない。
白いブラウスに赤いチェックのホットパンツ。ブーツとベレー帽は黒。もちろんアホ毛も健在だ。
これだけ見るとその辺を歩く一般市民と変わらない雰囲気である。
「そのマントはなんだよ」
羽織っている真っ黒いマントを除けば………だが。
「私は魔法職なので雰囲気です!」
満面の笑みを見せマント翻すカノンに「魔法職って何だよ…」とユーリのため息は止まらない。
確かにハンターは前衛後衛と別れて戦う事が基本だ。
前衛は体力や腕力に優れ、打たれ強かったり近接戦闘が得意なハンターが多いし、後衛はその逆で殲滅力と射程に優れたハンターがなることが多い。そんな後衛と呼ばれる人達の中に『魔法職』と読んで差し支えない、魔法を得意とするハンターがいることも事実だ。
前衛がモンスターの攻撃を引き受け、後衛が火力で持ってそれを殲滅する。確かにハンターの戦術の一つである。
だがそれは最終的にはという言葉がつく。
ハンターの最も基本的な戦術は被弾を減らし、体力と魔力を温存することに特化した戦い方である。
ようはその場その場で戦い方を変えるのが普通だ。
視界の開けた場所での戦闘であれば、発見から接敵までの間に、遠くから魔法や魔導銃などで敵の数を減らし、接近前に討ち取る戦法。
逆に廃墟や茂みなどで視野が制限される場合は、隠れてやりすごす、回り込み、待ち伏せからの不意打ちといった戦法。
筋骨隆々の大男が遠くからチマチマ魔導銃や魔法を放つ光景。
線の細い女性が不意打ちに横合いから鈍器で殴りつける光景。
それらはいたって普通の光景なのだ。
もちろん魔力量や力の大小による攻撃頻度や射程の差はある。だがその瞬間、そこに前衛後衛などの区別はない。
さらに明確に職業が別れているわけではなく、陣形を整えて戦う場合でも、後衛といえど不意打ちに近接戦闘で応戦するし、前衛でも魔法を織り交ぜ戦う人間が殆どだ。
ようは魔法だけを使用するというハンターはいない。状況に合わせて自分達の有利な射程で戦うというだけなのだ。
それ故、ユーリが知る限り如何に魔法が得意なハンターでも、「魔法職」と名乗る事はない。だが今もユーリの目の前では、カノンが「魔法職とはですね……」と自慢げに魔法を利用して敵を殲滅する、戦いの花形なのだと語っている。
「そーかい。魔法職か何か分かんねーけど、今回の依頼に魔法は必要ねーだろ」
そう言いながらユーリが腕につけたデバイスを起動する――。そこに映し出されるのは、カノンが取ってきたアイアンランク向けの依頼だ。
『食材の納品。荒野に自生している野菜や野生動物の肉をお願いします』
モンスターと戦うことだけが依頼かと思えば、実際はそうではなかったりする。
人口に対して食料を栽培させる土地が少ないため、農園などで管理される自然派食材は、全て上層の中でも更に裕福な権力者しか口にできない。
一般人であれば、工場で培養された肉や野菜しか口にする機会がなく、こういった荒野に自生する天然物の野菜や動物の肉を求める依頼といったのは珍しくないのだ。
元々の野生動物は言わずもがなだが、
野菜であれば旧時代に育てていたもの。
動物であれば家畜が。
それぞれ野生化したものが、荒野の至るところに自生している。
旧時代のように肥料や餌に拘っている訳ではないので、味の方は自然派には劣るものの、それでもこの時代手つかずの荒野には、意外と食材が豊富だったりする。
とはいえ――
「ザックリした依頼だな……」
ユーリのため息も仕方がない。通常は量や物が指定してあるのだが、今回の依頼はそういったものがない。
故に長いこと放置されていた依頼なのだが、「こういうのが穴場なんです!」とカノンに押し切られて受けたのだ。
(テキトーに野菜一個持ってこられたらどーすんだよ)
あまりにも人の善意に頼りすぎた依頼に、ユーリは依頼主が心配にすらなっている。
「ちなみにこの辺じゃどんなのがメジャーなんだ?」
興味本位で野菜一個持って行くつもりになったものの、ユーリはそういった知識には疎い。この辺りの特産品など全く分からないユーリは、隣のカノンに望みを託してその顔を見た。
「このあたりですと時期もありますが、人参、じゃがいも、トマト……お肉ならイノシシ、豚、馬などですね」
「ならちゃちゃっと済ませちまうか――」
ユーリは目の前を悠々と横切る豚を見つめた。
野菜一個ではないが、見つけた以上それが獲物だ。
丸々と太り、今もよくわからない木の実をモグモグとしている豚はユーリに気がついても逃げる素振りも見せない。
「フッ――」
短く息を吐き、距離を詰めた一歩が踏み込みに変わる――
「ピギャーー」
豚が異常に気づいた時には、ユーリの拳はその頭蓋を真横から捉え砕いていた。
「こんなもんか? まだ死んではねーよな」
モンスター相手とは違い、思い切り殴ってしまえば素材を駄目にしてしまう。
故に手加減が難しかったりするのだが、上手いこと手加減が出来たようで、横たわる豚に目立った外傷は見えない。
「トドメと血抜きはお任せください!」
カノンが駆け寄りながら左手に付けたデバイスに触れた――瞬間デバイスが眩く光り、カノンはその中に手を突っ込んだ。
カノンがしているのは、デバイスを通して異次元に保管してある物質を取り出す行為だ。
ハンターが使用するデバイスには門と呼ばれる能力があり、それにより異次元へのアクセスを可能としている。
通常ハンター達はこの異次元に必要な物資や武装を保管している。
あまり広い空間ではないが、荷物を持たなくても済むため彼らには必須のアイテムなのだ。
そんな門から出現したのは――巨大な両刃斧。
カノンの身長と殆ど同じサイズのそれは、普通に彼女が振り回せるようなシロモノに見えない。
そんな両刃斧を「エイ!」とカノンが振るえば、狙いすましたように豚の首筋がスパッと斬れた――そこからドバドバと溢れる豚の血液が地面を濡らす。
「バッチリでしょう!」
そう言って誇らしげなカノンに「……魔法職とは」と豚の脚を縛って木に吊るすユーリの呟きは届かない。
失血死し、血抜きも済ませた豚の死骸を門に放り込み、帰ろうとするユーリをカノンが引き止める。
「数量の指定がねぇからいいだろ」
「駄目ですよ。まだお野菜が――」
荒野のど真ん中で騒ぐ二人の前に現れたのは――
「豚違いじゃねーかよ……」
オークだ。
二足歩行の豚。豚人間。などと揶揄されることもあるモンスター。
デップリと太った腹、身につけているのは腰みのと大きな棍棒。
肌は個体ごとに肌色だったり茶色だったりと違うのだが、今ユーリ達の視線の先にいるのは豚と同じように淡い桃色だ。
まだ少し距離はあるが、向こうもユーリ達に気づいたように、ドスドスとその巨体を揺らしながら近づいてくる。
「おい魔法職、お前の距離だろ。頑張れ」
遠目にも分かるドスドスと揺れる腹に「汚っえな――」と顔を歪めるユーリに、
「え? こんな距離じゃ届きませんよ?」
魔法少女カノンからのまさかの発言が飛び出した。
「はぁ? お前魔法職じゃねーのかよ」
眉を寄せるユーリに
「はい! 魔法職です!」
満面の笑顔のカノン。
「じゃーはやく撃てよ」
「いやいやいや。届きません!」
「魔法職?」
「はい!」
二人がよくわからないやり取りをしている間に、既にオークはユーリたちをその間合いに捉え「ブッヒィィィィ――」よだれを振りまきながらその棍棒を振り下ろした――。
襲い来る棍棒を前に、ユーリとカノンが飛び退く。空振った棍棒は地面を穿ち、砂塵を巻き起こした。
「くっそ豚野――」
「はああああ――」
オークを殴るため踏み切ろうとしたユーリの耳に届いたのはカノンの気合。
オークにほど近かったカノンが、気合とともに戦斧を振るいオークの腕を肩から切断。
勢い止まらぬその斧が地面にぶつかったその瞬間――轟音とともに地面が爆発した。
その爆発はオークの悲鳴をかき消し、オークの一撃より大きな砂塵を巻き起こした。
砂塵が収まったそこには、体を半分ほど消し飛ばされたオークの姿があった。吹き抜ける風に押されるように、ゆっくりと倒れ伏すオーク死体。
小さな地鳴りを響かせ、完全に沈黙したオークを前に
「やりました!」
と満面の笑みでブンブンと手をふるカノンに
「魔法職、とは……」
呟くユーリの声は届かない。
 




