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終末の歌姫と滅びの子  作者: キー太郎
第三章

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第100話 チート能力も考えものだと思う

 エレナの説得により、何とかチームを組んだ四人が向かった先は――


「思っていたより三倍は荒れてます!」


 ――声を張り上げたカノンの感想通り、荒れ果てた地だ。


 陥没した道路の間からは、巨大な木が生え。

 崩れ落ちた建物からむき出しの、錆びた鉄骨の間には鳥の巣が。

 乗り捨てられた車は錆び、苔むし、一つのオブジェのように。

 遠くに見えるのは、倒れた高層ビルだろうか。まるで空にかかる橋のように、折れ曲がり別の建物に覆い被さっている。


 様々な物が雑多に一纏まりとなって混在する空間こそ、この時代の人々が畏怖の念を込めて『荒野』と呼ぶ人類が手放した生存圏である。


 辛うじてここが道であったのだと分かるのは、両脇に立っている緑の棒のお陰だろう。蔦に覆われた棒はかつての街灯だ。賑わう街や、道行く人々を照らすしるべであったそれらも、今や我々人類に道を示すことはない。


 壊れた建物や崩壊を免れた建造物。どれもこれも、現在のイスタンブール内に残った旧時代の建物と酷似しているのだが、それでもそれらを覆う新緑が、ここは人の住むテリトリーではない、と主張しているようだ。


 まるで街全体、いやここに巣食う新たな住人(植物)達が、この先に入ることを拒んでいるかのようにすら見える。


 荒野での活動経験こそあるカノンや焦土の鳳凰(フェニックス)の二人だが、その殆どが廃墟群を避けた平原での活動が殆どだ。

 たまに、小さな集落跡などで活動することもあったが、ここまで大規模な廃墟にユーリ以外の三人は確実に圧倒されている。


「なに呆けてんだ? さっさと行かねぇと日が暮れちまうぞ」


 そんな危険な地においても、平常運転なのがユーリだ。それもその筈。そもそも東のアンダーグラウンドに身を寄せていたユーリにとって、廃墟群など慣れたものだし、何よりこの旧市街は三度通った事がある。


 一度目は、事故にあったあの場所から、東のアンダーグラウンドへ身を寄せた時。

 二度目は、アンダーグラウンドからイスタンブールに来る時。

 そして三度目は……ゴブリン退治の帰りに。


 そのどれもが――三度目は不可抗力だが――人目を避けるための夜間通行だったことを考えると、昼間の旧市街地など大したことはない。


 近くに映える木から枝を手折ったユーリが、それを剣に見立てて近くの植物相手にブンブン振り回す――ノンビリとした、まるでピクニックのようなユーリの姿に、「呑気なものですわね」とエミリアが呆れた声を漏らした。


 エミリアから見たら、ユーリはただの怖いもの知らずにしか見えないのだろう。


「ルカ、そろそろサテライトを――」


 エミリアが、後ろの青年を振り返ろうとした瞬間、ユーリが手を挙げて立ち止まった。


「なに――」

「……早速お出ましだぞ?」


 眉を寄せるエミリアの前で、前を向いたままのユーリが笑う。その視線の先から、現れたのは猿に似たモンスターの群れだ。


 全身を針のような短い茶色の毛に覆われた人と同じ大きさの猿。異様に長く、そして太い腕を振り回す姿は、既に臨戦態勢と言ったところだ。


「ファイターエイプの群れ……ですわね」


 エミリアの言葉に返事をするように、ファイターエイプ()達が「ホォー、ホォー」と奇声を発しながら近くにあった車の残骸を叩き潰した。


 舞い上がる土埃が太陽にキラキラと輝く――威嚇行為とも見えるファイターエイプの行動だが、実は然程意味はない。敢えて言うなら、恐怖を植え付ける行為だろうか。


 基本的に人間を見ると直ぐに襲ってくるのがモンスターだが、このファイターエイプ達のように、中には恐怖を与えて楽しむ、という加虐的な存在も確認されている。


 結局は殺される訳だが、一思いに殺られるのとは違い、追い回され恐怖を植え付けられてから殺されるのは、筆舌に尽くしがたい事だろう。


 今も奇声を上げながら近くの壁を殴ったりする猿を見たエミリアが、小さく溜息をついた。


「どうやらお仕置きが必要ですわね」


 呟いたエミリアがゲートから一本の剣を取り出した――一見すると何の変哲もない剣だが、良く見ると剣の腹に「への字」に似た継ぎ目のようなものが見えている。


「いい機会ですわ。焦土の鳳凰(フェニックス)の実力、お見せしましょう」


 笑うエミリアが「ルカ?」と後ろの青年を振り返った。


 その言葉に頷くルカと呼ばれた青年。センター分けの綺麗なミントグリーンの髪の毛。長めの前髪と前下がりのヘアスタイルは、彼の綺麗すぎる顔立ちに加えて線の細さも相まって、中性的な雰囲気を醸し出している。


 ドレスっぽいエミリアの後ろに付き従うルカだが、その格好は強化繊維で出来たブラウン系のコートと黒のパンツと意外にも普通のハンターっぽい。


 初めてルカを見た時のユーリの感想は、「白タイツじゃねぇんだ」と言うくらいだ。そのくらいルカという青年は、物語から出てきた王子と言われても納得するような美しい男性なのである。


 そんな王子様然としたルカが、黙ったままゲートから抜いたのは――真っ黒な大剣だ。


「キャラがブレッブレじゃねぇか!」


 真剣な表情のルカを見たユーリが、思わず呆れた顔で呟いてしまった。


 ユーリとしては白タイツでレイピアなど抜いて欲しい所なのに、普通の格好でしかも真っ黒な大剣である。


「おい王子、お前色々間違えてるぞ」


 ルカの両肩に手を置き真剣な表情のユーリに、「お、王子? ボクの事?」とルカが目を白黒させている。


「お前以外に誰がいんだよ――」

「何をグダグダやってますの?! ルカを汚さないで下さいまし!」


 ユーリは自身に般若のような顔を向けるエミリアに、「黙れ悪役令嬢!」と口を尖らせた。


「だぁれが悪役令嬢ですって! 大体アナタこそ――」

「皆さん、モンスターが来ます!」


 カノンの声に、エミリアとルカが弾かれたように視線を前方に――


「イーリン、サポート宜しくですわ!」


 そう言いながらエミリアが駆けてくる猿に向けて一気に加速――それを追うようにルカも駆け出した。


 一瞬で間合いを詰めたエミリアが、先頭の猿の喉笛に剣を突き立てた。

 吹き出す血が彼女にかかるより前に、エミリアはその場を離脱。

 横合いから突っ込んでくる猿――は、一歩遅れてエミリアに追いついたルカが文字通り一刀両断だ。


 別の猿が襲いかかるのも気にせず、エミリアは更にモンスターの群れへと突っ込んでいく――


「おいおい。大丈夫かよ……」


 それを見るユーリは呆れ顔だ。実際速度は中々のものだが、如何せん体捌きがお粗末過ぎる。あの体術で群れへと突っ込めば、いいカモでしかない。


 だが心配するユーリを他所に、カノンは「まあ、エミリアさんですから」と心配を感じさせないような笑顔を向けていた。


 カノンが大丈夫、と言うのであれば大丈夫なのだろう……が、そうこうしているうちにエミリアが一気に囲まれてしまった。


「猿の分際で――」


 エミリアが剣を一振りすれば、継ぎ目から剣が伸びて彼女の周囲を覆い尽くした。


「蛇腹剣か……またロマン武器を……」


 それを見たユーリが苦笑いを浮かべる。剣の中にワイヤーを通し、継ぎ目が伸びることで中距離から近距離までカバーできる武器だ。

 とは言え、伸びた刃の扱いの難しさは言うまでもない。加えて刃に継ぎ目を持たせている以上、防御面でも不安が残る。例えば同じ素材の直剣で思い切り切り込めば、それをあの蛇腹剣で受け止める事はまず不可能だろう。


 故にロマン武器。なのだが、どうやらエミリアは中々使い込んでいるようで、周囲を飛び交う刃が、猿の群れを尽く斬り裂いている。


 だが多勢に無勢、中心で剣を振り続けるエミリアに、刃の嵐を掻い潜った一匹が接近――。それをルカが辛うじて叩き斬った。


「……成程。王子らしい仕事っぷりだな」


 先程から派手なエミリアと比べて、地味で目立たないルカであるが、エミリアのピンチには颯爽と駆けつけ、上手く彼女のフォローをしているのだ。女性のピンチに駆けつける白馬の王子……のように見えなくもないが、相手はワガママ悪役令嬢だ。駆けつけているのは、どちらかと言うと――


「王子と言うより保護者だな」


 ポツリと漏れたユーリの感想に、「そこ! 聞こえてますわよ!」とエミリアが鬼の形相で振り返る――その瞬間、エミリアの胸をエイプの抜手が貫いた。


「エミー!」


 ルカの悲痛な叫び声にエミリアが吐血で応える。


 虚しく響き渡ったルカの声。

 膝から崩れるエミリアの身体。

 エミリアの頭が、地面にドサリと音を打ち鳴らす――


 エミリアの胸から大量に流れ出る真紅の血。

 それに歓喜する猿の集団。

 それを悲痛な面持ちで斬り伏せるルカ。


 ピクリとも動かないエミリアを見たユーリが、「ほら、言ったじゃん」と頬を引きつらせ


「ドリ子、死んじゃったんだけど?」


 そう言いながらカノンを振り返った瞬間――エミリアの死体が一気に燃え上がった。


 辺りを埋め尽くさんが如き巨大な炎のうねりに、ユーリも慌てて腕で顔を隠してその熱と光に目を細める。


「おい、カノン。ありゃどうなってんだよ」


 振り返った先には、ユーリを盾に熱と光から逃げるカノンの姿。


「あれはエミリアさんの能力です。モデルナノマシン【鳳凰フェニックス】。死んでも炎の中から蘇る――エミーさんは不死身なんですよ」


 カノンの言葉どおり、真っ赤に燃え上がる炎の中から高らかな笑い声とともにエミリアが現れた。


 燃え上がる真紅を纏ったエミリアが腕を振るえば、一瞬で消し炭になる猿の群れ。


 あまりの火力に、生き残った数匹のファイターエイプが文字通り尻尾を巻いて逃げていく――その様子にエミリアが更に高らかな笑い声をあげてユーリを振り返った。


「ご覧になりましたか? アタクシの華麗な能力を――」


 笑みをたたえて炎の中から舞い降りたエミリアが、「アタクシこそ最強ですわ」と扇で顔を隠した。恐らく扇の下はニンマリとした笑顔なのだろう。


 ユーリはそんなエミリア越しに、彼女の後ろに立つルカを眺めていた。


 何処か悔しそうに大剣を握りしめるルカ。

 勝ち誇ったような瞳のエミリア。


「ああ、成程。こりゃまさしく託児所だな」


 乾いた笑い声を上げるユーリに、「それって私も入ってません?」とカノンが口を尖らせ、「お前が一番の問題児だと言う事を忘れるな」とユーリがその顔を押しやった。


「負け惜しみは済みまして?」


 相変わらず扇で顔を隠すエミリアだが、ユーリはそんな彼女を一瞥して溜息をついた。


「そうだな。すげぇ能力だ。すげぇ、すげぇ」


 パチパチと手を叩くユーリだが、それを前にしたエミリアが眉を寄せた。


「どうも小馬鹿にしているように聞こえますわ」

「小馬鹿になんてしてねぇよ」


 肩を竦めるユーリに「そういって――」とエミリアが発した言葉を――


「大馬鹿にしてんだよ」


 ユーリの冷たい一言が遮った。


 あまりにも急な一言、そして貰うと思っていなかったカウンターに、エミリアが固まり、ルカが「ハッ」とした表情を上げ、カノンが「ま、巻き込まれる予感」とユーリから距離を取った。


「おおばか……大馬鹿と言いましたわね?」

「言ったな。大馬鹿も大馬鹿。その前に超特大って付けてもいいくらいのな」


 腕を組むユーリだが、その表情はハンター協会で見せていた煽るようなものとは違い、真剣そのものだ。


「お前、そのテキトーな戦い方だと……今日で死ぬぞ?」


 ユーリの冷たい言葉が、静かになった廃墟にいつまでも響いていた。

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