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終末の歌姫と滅びの子  作者: キー太郎
第三章

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第99話 犬猿の仲とか言うけど、主人公が大体の奴と揉めてるので今更感

 ブリーフィングルームもといオペレーションビルから出たユーリとカノンは、その足でハンター協会へと出向いていた。もちろん依頼を受注するために。


 東側の調査と言えど、手ぶらで行くより何かの依頼ついでに向かった方が良いのは明白である。なんせ猫探しで臨時収入が入ったとは言え、あの日駄目になった服などの買い替えが必要なのだ。


 お金を稼ぎに行った先で、新たな支出が増えてしまう。ハンターあるあるである。


「さてさて……今日の依頼は――」


 既に人の少なくなった依頼ボードの前、依頼を物色するユーリとカノンへと近づく二つの人影――


「おいドリ子。遊んでほしいなら後にしろ。今は忙しいんだよ」


 振り返らずに声をかけてきたユーリに、ドリ子と呼ばれたエミリアがビクッと肩を跳ねさせた。だが驚いたのは一瞬で、直ぐに顔を赤くし――


「だ、っだ誰がドリ子ですか! アタクシにはエミリアという名前が――」


 声を荒げるエミリアに、振り返らないままのユーリがヒラヒラと手を振るだけで応えた。言外に含まされる「いいから要件を言え」と言うユーリの行動に、エミリアは顔を赤くしたまま「グヌヌヌ」と唸ってユーリを睨みつけている。


 そんなユーリとエミリアの様子を見守るカノンは、彼女の後ろに控える大人しそうな青年と目があった。お互いが苦笑いを浮かべ、「はぁ」と力なく相棒同士の仲の悪さに溜息をついた。


 それをエミリアが「ん、ンン――」と咳払いで吹き飛ばし、未だ背を向け続けるユーリの背に向けて口を開いた。


「こんな時間から依頼の選定なんて……随分余裕があるようですわね」


 先程までの赤ら顔は何処へやら。取り出した扇で口元を隠し、ユーリの背中に小馬鹿にしたような視線を向けた。


「こんな時間に依頼も探さず、ブラブラ遊んでるガキに言われたくねぇよ」


 チラリと振り返ったユーリの悪い笑顔に、再びエミリアの顔面が紅潮していく――


「だ、誰がガキですか! アタクシはもうすぐ二十一歳になる淑女ですわよ!」


「淑女を名乗りてぇんなら、キャンキャン吠えんな」


 面倒さを隠さないように、大きな溜息をついたユーリが振り返りつつ立ち上がった。


「んで? 結局何の用だよ。わざわざ嫌味言いに来た訳じゃねぇんだろ?」


 ユーリはそう言いながらも「下らねぇ事だったら、そのドリル、ストレートヘアにするからな」とジト目を向けた。


「アタクシがわざわざ声をかけましたのよ? 下らない事の訳ないでしょう」


 そう言いながら、扇を閉じたエミリアが口角を上げてユーリを見据え――


「ユーリとやら、アタクシ達の任務に同行する事を許しますわ!」


 ――扇でユーリを指した。


 堂々と胸を張るエミリア。自信満々の彼女とは対照的に、鳩が豆鉄砲を食らったような顔のユーリ。


「感動で声も出ないのかしら? 光栄に思いなさい」


 ユーリの前で高らかに笑うエミリアに突き刺さったのは、ユーリの盛大な溜息だ。


「おい、カノン。ストレートアイロン持って来い」

「何でですの!」


 カノンを振り返ったユーリに、エミリアは叫びながら反射的に距離を取った。


「何でもクソもあるか。うちは託児所じゃねぇんだ。世話すんのはカノンだけで手一杯なんだよ」


 呆れ顔で溜息をつくユーリに


「私は立派な乙女ですよ!」


 頬を膨らませたカノンがポカポカ殴りかかった。それを面倒そうに押しやるユーリが浮かべた呆れ顔には、またもや顔を赤くするエミリアの姿――


「誰がガキですの!」

「そういう所だ」


 口を尖らせたエミリアに、ユーリがニヤリと笑ってみせた。


「大人はな。少々誂われたくらいで顔を真赤にして怒らねぇんだよ」


 ユーリのその言葉にカノンとエミリアが「グッ」と声を漏らした。


「大人の余裕ってやつだ」


 押し黙ってしまった二人を前に、「ケケケケ」と悪い笑い声を上げるユーリ――だが――


「大人の余裕か。では、たった数時間で【軍】と揉めた君もまだまだ子供という訳だな」


 ――横合いからかけられた声に、ユーリは「出やがったな。元祖暇人め」と顔を顰めてそちらを見た。


 声の主、エレナの意味深な笑顔に「何しに来たんだよ」と口を尖らせるユーリだが、その姿をカノンとエミリアにジト目で見られている事には気付いていない。


 大人の余裕とか言っときながら、自分は【軍】と数時間で揉めるのだ。恐ろしいほどのダブルスタンダードを思い出したカノンは、「大人の余裕とは?」と口を尖らせてユーリを見ている。


「うるせぇ。俺は良いんだよ」


 開き直ったユーリに、カノンとエミリアが二人して


「これが大人げないと言う奴ですね」

「嫌な大人の典型例ですわ」


 とジト目でユーリを見ている。その視線に「チッ」と舌打ちだけを返したユーリが、再びエレナへと向き直った。


「大体お前は関係ねぇのに何しに来たんだよ?」


 顔を顰めたユーリにエレナが余裕そうに微笑んで見せた。最近ユーリという男の扱いに慣れてきたエレナは、煽っても暖簾に腕押しのような状態で、ユーリとしてはこの上なくやりにくい相手でもある。


「関係なくはないぞ? エミーに君達との同行を促したのは私だからな。最後まで責任は持たねばならんだろう?」


 余裕そうに笑うエレナだが、それを前にユーリは「お前の差し金かよ」と鼻を鳴らして口を開いた。


「……断る、と言いてぇ所だが依頼次第だな」


 ユーリとしては正直断っても良いのだが、今のところ良さそうな依頼がない。であれば、相手が持ってきた依頼次第では、そちらに噛ませてもらうのも良いと判断したのだ。

 何だかんだ言って、サイラスが集めた人員だ。足手まとい……とまではいかないだろう。


 そう考えるユーリに、「アタクシの時は断ってきたのに……」とブツブツ呟くエミリアの声が届くが、それには応えない。


「エミー、依頼を教えて上げてくれ」


 エレナが笑いかけると、ブツブツと呟いていたエミリアも仕方がないとばかりに、怨嗟の声を大きく吐き出した息で断ち切った。


「アタクシ達の依頼は、旧イスタンブール東地区の幹線道路状況の調査ですわ」


 その言葉だけで、ユーリもカノンもエミリア達が受けている依頼の目的に当たりが付いた。どうやら【軍】からの依頼をサイラス経由で直接受けているのだろう。


 今は情報を絞ると言っていたので、恐らく間違いない。なんせ幹線道路の調査など、どう考えても東征以外に考えられないからだ。それを受けているという事は、サイラスがエミリア達にわざわざ回したのだろう。


「旧東地区ってことは、わざわざ廃墟方面に足を伸ばすのかよ?」


 眉を寄せるユーリに、エミリアは「そうですわ」と頷いて応えた。


 ユーリが眉を寄せるのには理由がある。旧イスタンブール市の東地区は、未だに多くの廃墟が残る、かなり危険な地帯だ。

 現イスタンブールの東門の先は廃墟が綺麗に整理され、そこから平原に抜けられるようになっている。基本的にハンターの多くは、広大な平原で活動することが多く、南東側に放置されたままの旧市街地へ赴くことは稀だ。


 そちらには手つかずの廃墟が立ち並び、死角の多さに崩落の危険も相まって、あまり調査が進んでいないのだ。


 そんな市街地へ調査に乗り出す……つまり今回の東征はそこを通るという事なのだろう。


「廃墟の危険は熟知してますわ。ですが、旧市街に残っている幹線道路が使えるかどうかは重要な案件になりますの」


 エミリアはそう言いながら、再び扇で口元を隠した。


「確かに平原の方は、幹線道路も大分傷んでいますからね……」


 考え込むカノンの言う通り、平原を走っていた幹線道路の多くは傷み朽ちてきている。


「市街地も傷んではいるでしょうが、元々の強度差に期待しての調査ですわ」


 普通に考えれば旧市街地を走っていた幹線道路も傷んでいそうだが、旧時代の交通量の差から、郊外の道路よりは強度があるのではないか、という面とほとんど人が通っていない部分への期待だろう。


「あとは、現地で使えそうな資材がないかの確認も兼ねて、ってところか……」


 呟いたユーリに、エレナが「流石だな」と頷いた。


 旧市街地はあまり人の手が入ってはいないとは言え、凡そ二〇〇年以上前の道路が無事という事は考えられない。

 何らかの補修が必要だろうが、現地にある廃墟からコンクリートや鉄筋を拝借して、魔法で道を整備するのが一番手っ取り早いのだけは間違いない。


 現地に使える物があれば、イスタンブールからわざわざ資材を運ばずとも良い。資材調達などのコストを考えると、廃墟の危険性を考慮したとしても理にかなっているのだろう。


 加えてこの調査の本質に気がついたユーリが、「相変わらずジジイらしいな」と顔を顰めて更に続ける。


「人海戦術前の下見……それに、指針ガイドとあとは……あわよくばってところか」

「君は本当に馬鹿か賢いのか分からないな」


 溜息をついたユーリに苦笑いを浮かべたエレナ。

 その視線に「うっせ」と口を尖らせたユーリが考えを纏めようと腕を組んだ。


「えっと……どういう事でしょう?」


 小首を傾げるカノン、そのアホ毛をユーリが指で弾いて口を開いた。


「与太話に現実味を持たせるんだよ。ルートやら方法が決まれば、誰も無茶しねぇだろ?」


 ユーリはサイラス達が情報を絞っている理由を、混乱を避けるためだと考えている――もちろんユーリに隠しているだろう情報は別の話だが――長いこと実現しなかった東征、その理由が『ダンジョンの捜索』という与太話のような物なので致し方ない。


 良くも悪くも耳目を集め、間違いなく混乱が生まれるだろう事は必至だからである。


 なんせお上直々の依頼だ。お金の面にしても、評価の面にしても、どちらも割がいい。


 だがその内容は『ダンジョンを探す』というような与太話に近い物だ。その話が先行すれば、どこぞの誰かが無茶をやらかす可能性というのは高い。


 そう思っての「無茶をしない」発言だったのだが――それでも小首を傾げるカノンに、「あのな、与太話が先に広まったらどうなるんだよ」とユーリが溜息をついた。


「それは……皆さん、色々噂するんじゃないでしょうか?」


 腕を組んだカノンに「そうだな」とユーリが頷いた。それだけで済まないのが人の性でもあるのだが、カノンは思った以上に純粋で、そこまで頭が回っていないようだ。どう説明するか、そう悩むユーリを見かね


「噂するだけなら良いが……中には『見つけに行こう』って連中が現れる可能性もあるな」


 エレナが出した助け舟に、「なるほど」とカノンが手を叩いた。


 見つける事が目的、かつ場所まで判明しては、無理をしてそこを目指す輩が現れかねない。

 更に今回は場所までほぼ確定しての噂だ。本当に発見すれば、発見者の手柄になるのだけは間違いない。功を焦れば、要らぬ事故も増えるだろう。そして何より、様々な情報が錯綜することだけは間違いない。


 それを防ぐために、サイラスは今の時点で情報を絞っているのだ。


「勝手にウロチョロされるより、ある程度情報を確定させてやりゃいい。ルートも、場所も、方法も――」


 ユーリの言葉にエレナが頷いた。恐らくサイラスは、この調査で市街地を通るルートが決まって初めて、情報を解禁するつもりだろう。ユーリ達ハンターが成すべき指針が決まった上で。



「――したら、余程の間抜けじゃねぇかぎり、上から出す任務に沿って活動すんだろ」


 ユーリの言葉に「……貴方中々やりますわね」と扇を片手にエミリアが呟いた。顔半分が隠れている為その表情は読みきれないが、驚いているのだろうことだけは間違いない。


「やるも何も……単純な話だろ。バカ相手にゴールだけ用意すりゃコースアウトだらけだ」


 肩を竦めるユーリの言う通り単純な話である。漠然とした情報で各々に好き勝手動かれるより、確固たるルートと方法を決めてやれば、全員がそちらに集中しやすいのだ。


 ダンジョンを探しにいくらしい――こんな不確かな情報だろうと、


 ルートの選定、資材の調達方法、期間、それらの段取りを決め、難易度に分けて依頼として出す方が、ハンターにとってもサイラス達にとってもお互いにメリットが有る。


 ハンターは、自分のできる範囲で上に貢献が出来、サイラス達は効率的に仕事を進めることが出来る。 


「では、あわよくば……は?」


 カノンの疑問に、エミリアも食い入るような視線でユーリを見ている。


「そりゃ、あわよくば廃墟付近の安全を確保して、新人ハンターの活動範囲を広げたいって意味だ」


 ユーリの呆れ顔に、「し、知っていましたわ」と扇で顔を隠して目をそらすエミリア。そんな彼女の姿に、エレナが彼女を差し向けた理由が何となく読めたユーリは、非難の意味も込めてエレナをジトッと見つめた。


 そんな視線を涼しい顔で受け流すエレナに、「今度飯奢れよ」と口を尖らせたユーリがエミリアとその後ろの青年に向き直った。


「ま、理由はどうあれ手伝ってやるよ」


 腕を組んだまま笑うユーリと


「いい依頼がありませんしね」


 と頷くカノン。


「手伝ってやる? 手伝わせてくださいの間違いじゃありませんこと?」


 扇で顔を覆っても隠しきれないエミリアの嘲笑めいた声に――


「じゃあ、お世話になりました」


 ――ユーリが速攻で頭を下げて背を向けた。


「ちょーっと、待ちなさい! 何故そこで引き下がるんですの?!」

「いや、だってお前面倒クセーもん」

「キーーーッ! またアタクシを馬鹿にしてますのね!」

「してる、してる」


 ふたたび始まる言い合いに、エレナは大きな溜息をついた。これを宥めて荒野に向かわせねばならないのだが……それを考えると少々億劫だ。


 とは言えこの組み合わせはエミリア達にとって、いやエミリアには必須の事項でもある――優秀だが高すぎるプライドのせいで、周囲と軋轢を生んでしまう彼女には。


 仕方がない、その思いをもう一度溜息に変えてエレナは今も言い合う二人の間に入るのであった。

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