人魚の決意-3
「サジェス……!?」
「そーよ。嫌われ者のサジェスちゃんですよぉ」
「貴女は退治されたはずでしょう?」
目の前で軽口を叩くサジェスこそが、陸で暮らしているハルを人間に変えた魔女だ。
セレナの記憶では、かつてどんな願いも叶えてくれると称えられた存在。
だが、人間の王と結ばれようとしているハルを妬み恋路の妨害を企てた。巨大化して暴れ回り、二人を引き裂こうとしたが、海を乱すものとしてオセアンに退治された。
「退治されたけど、サジェスちゃんは天才だから全ての対価を払ってどうにか生き永らえたの。こんな姿になっちゃって、魔法も使えやしない」
サジェスは唇をつんと尖らせ、長髪を指先で弄っている。
「対価って……?」
セレナは慎重に問いかけた。
「そうねえ。もう、あのころみたいには泳げないワ。足を捨てて、顔と手だけはなんとか残せた、みたいな?人魚でも、ヤドカリでもない……いよいよ本物のバケモノってワケ」
おどけたように語るが、それがどれだけの苦痛かは図り切れない。
セレナは、何も言えずに息を吞む。
「で、なあんでアンタはサジェスちゃんのモノをとろうとしたワケ?」
「それは……」
セレナは言い淀んだが、シャウラを思い出して拳を握った。
「あたしも魔女になりたいの! 協力してちょうだい」
「ヤダ。サジェスちゃん悪い魔女なので」
即答だった。
「な、なら……、この本でその殻を壊すわ」
セレナは魔導書を手に取り、サジェスを目掛けて振り上げた。
「性格悪」
サジェスは恨みがましく目を尖らせる。
「貴女に言われたくない」
互いに睨み合い、険悪な間が流れる。
「......しょうがないわねえ。王の娘に恩でも売ってやるわ」
サジェスは溜息を吐くと、渋い表情のまま承諾した。
「え? いいの?」
「ホントに生きてるだけで精一杯なの。壊されたらたまったもんじゃない」
先ほどの王といい、サジェスといいあっけないくらいに話が進む。
「それに……あ、いいや。こういう回想なナシで」
サジェスは何か言いかけて、すぐに止めた。
「じゃ、天才美魔女サジェスちゃんの魔法講座をはじめま〜す。最初にやることはお勉強と運動で~す」
「はあ……」
いきなりサジェスの講座が始まった。
魔法の修行といえば、魔法陣や呪文から入ると思っていたセレナは呆気にとられた。
「まず、対価魔法が何かは知っていますかぁ~?」
「ええっと、対価魔法は魔法を使うごとに対価を支払うのよね?」
「ピンポ〜ン。どんなに小さな魔法でも対価を支払うの。だから、対価を払える強靭なボディが必要になりま〜す。髪も、血も、筋肉も、鱗も、きちんと磨いて、鍛えている方が対価としての価値が上がるの。すると?」
「一度の魔法に対する対価が減る?」
「そのと〜り。貧弱だとすぐに死ぬわよ。なので筋トレとかしてきてちょうだい。アンタんとこに脳筋がいるでしょ。筋トレのことはそっちに聞いて」
(脳筋って……)
サジェスのペースに閉口しつつ、メモを取る。
「あとあそこにある本。アレぜーんぶ暗記してきて。暗記するまで戻ってこないでネ」
魔女が指さす方を見ると――分厚い魔導書が十冊以上は積まれている。
「あれを全部……?」
「そうよお。魔法を掛ける度に魔導書開いて栞でも挟んでおくワケ? それと魔法以外の勉強もね。仮に殺したい人がいたとして、魔法を使わなくても刃物で刺すとか、毒を飲ませるとか。そういう選択肢を増すのもお勉強」
気の抜ける口調ではあるが、口先で適当なことを言っているわけではないようだ。
「分かった、やるわ」
「その意気〜! 本は持って行っていいから、またね~」
魔女の講座は終わり――セレナの修行が始まった。