蠍の星-3
(ザーダ? 奪う? それってシャウラが盗賊ってこと!?)
この橋は渡さぬ――そう放った大男を睨み返すシャウラの鋭い目つきに背筋が凍りついた。
セレナの思考など待たずに、橋の上の状況は変わる。
「ゆくぞ」
シャウラが言葉を放つと、両者の空気が一気に張り詰める。
東側は武装した兵士が十数人、それぞれが立派な剣や盾を構えている。対してシャウラたちは七人。シャウラはいつもの変わらぬ軽装で、レイピアのような細身の剣を片手に持っている。付き人の二人は立派な装備をしているが、あとの四人は民間人と区別がつかない。持っている武器も粗悪な石器であったり、武器を持たない者さえいる。だが、この状況でも焦りや不安げな様子はなく、むしろ不敵な笑みを浮かべていた。
「俺はヴィアベル王国騎士団副団長、鉄壁のブラッツ! この橋は死んでも守りきる!」
ブラッツと名乗り上げた大男が槍を頭上に振り上げると、それに倣って兵士たちが駆け出した。
「殺すなよ」
シャウラが後ろの者たちに指示をすると、彼らも一斉に橋の上を駆け出した。
「なめるな!」
兵士の一人が手ぶらの男に斬りかかろうとした。
「ほっと」
男は人ひとり分の高さをひょいと飛び越え、兵士の頭に足を巻き付けた。
「何をする! は、離せ……ッ!」
男は兵士の頭部を打楽器のように叩いて遊び始めると、他の男たちもつられて笑い出した。
「貴様ァ!」
頭に血が上った兵士はがむしゃらに頭上の男を振り落とそうとしたが、バランスを崩して橋の上から真っ逆さまに落ちた。
「きゃああっ!」
激しい水飛沫がセレナに降り注いだ。
兵士は既に気を失っていた。このままでは鎧の重みで沈んでしまう。
セレナは彼を岩場まで運んでから、再び橋の上の様子を窺った。
「そおーーーーれッッ!」
ハーヴィーが掛け声を上げて大槌を振り回すと二、三人の兵士が一気に吹き飛ばされた。
「この――うぐッ!?」
鎧の兵士がハーヴィーの背後から切りかかろうとしたところを小柄なエミリオが回り込んで阻止した。
「おお! エミリオ、助かったぞ」
「隙が多い。いつか死ぬぞ」
スピードは遅いが強烈な一撃を繰り出すハーヴィーと、俊敏で的確な攻撃を与えるエミリオ。軽口を言い合っているが二人の連携は見事なものだった。
他の仲間たちも、人間離れをした動きで兵士たちを攪乱する。
バネのように高く跳躍し、関節を不自然な方向に曲げて攻撃を躱す。強い武器を持たぬ代わりに、懐に忍ばせていた紐で手足の自由を奪う、攻撃を躱した先の兵士同士を衝突させ、瓶に入った液体を瞼甲の隙間に入れるなど、手段を問わない攻撃を繰り広げた。
(そうか、こんなに軽装なのも身軽に動きまわる為――)
セレナの思考を遮るように、ブラッツはその巨躯で石橋を踏み鳴らした。
「汚い戦い方だ。噂に聞いていた蠍男はお前だな?」
憎悪のこもった声でシャウラに問いかける。
「戦いに美しさな求めるな」
シャウラは冷たく吐き捨てた。
「ならば仕方がない! 貴様らの野望はここで潰す!」
ブラッツが先に動いた。シャウラを目がけて槍を振りかぶる。
大振りの攻撃をシャウラは難なく避けた。ブラッツは再び攻撃を仕掛け、シャウラはそれもするりと避ける。
ブラッツの攻撃が遅いわけではない。身体と同じくらいの大槍を連続で繰り出せる筋力がそれを物語っている。ただ、シャウラがそれ以上に速かった。
「鞘くらい抜かんか! この卑怯者めが!」
ゆらゆらと攻撃を躱すだけのシャウラに、ブラッツは額に血管を浮き上がらせて激昂した。見た目からは予想もつかない速さで突きを繰り出すと、甲高い金属音が辺り中に響き渡った。
「……!」
音の衝撃で目を伏せていたセレナがゆっくりと目を開くと、シャウラはレイピアの持つ複雑な柄で槍の刃先を絡め取った。
「ぐっ ぬうっ」
ブラッツは絡まった槍を引き抜こうとしたが、がちがちと音を立てるだけで終わった。
ブラッツは瞬時に槍の奪還を諦め、次の行動に移る。
シャウラは自身の背丈くらいはあるだろう巨大な槍をひょいと海へと投げ捨てた。
「き、きさま...…! 我が誇り……を」
ブラッツが語り終える前に全てが終わっていた。
シャウラの細い剣がブラッツの胴体を鎧ごと貫いた。
「どうした? 剣を抜いたぞ」
「こんな傷など……っ」
ブラッツは呂律の回らない舌で何か言いかけると、その場に倒れ込んだ。
「あーあ、シャウラ様が殺すなって言ったのに」
軽装の男が軽口を叩いた。
「殺してはいない。他は片付いたか?」
「はいー」
「仰せのままに」
各々が返事をすると、
「……良くやった」
シャウラが賛辞の言葉を述べると、へらへらと笑っていた男たちも一斉に頭を下げた。
シャウラたちはたったの七人でヴィアベルの要所である中央橋を制圧してしまった。
「全員連れていく」
シャウラが指示すると、男たちは気絶する兵士たちの装備を剥ぎ取り始めた。
「これ、溶かして売ったら金になるかな~」
「こういうの、着けてみたかったんだよな!」
「お前らはしたないぞ」
袋に鎧や金品を袋に詰めてはしゃぐ男たちをエミリオが諫めた。それをハーヴィーが
「おかたいなぁ」とニヤけ面で茶化す。
シャウラは橋に一人見張りを置いて、積荷と倒れた兵士たちを馬車に乗せてティフの山奥へと消えていった。
辺りは先程の出来事が嘘だったかのように静まり返った。
(状況を整理しなきゃ……)
セレナは外套の衣嚢に忍ばせていた紙とペンで今起きたことを書き記した。
(ザーダが、ソロが話していた盗賊団ね。シャウラがリーダー、エミリオとハーヴィーが副将。橋を制圧した後、ティフに戻った。つまり、拠点はティフ……シャウラがそこにいた理由もこれで説明がつく)
セレナは筆を止めると大きく息を吐いた。
(盗賊……あんなに優しいシャウラが……)
橋の周辺は音を奪われたように静まり返り、
「う、うう……」
岩場に避難させていた兵士が呻き声を上げた。彼が目を覚ます前に、セレナは海へ潜った。