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蠍の星-2

「それでね、シャウラったらもう大胆なのよ!」

 海の底で、興奮さめやまぬセレナの話を二人の人魚が聞いていた。

「ロマンチックですわね」

 頬に手を添えてうっとりとしているのがセレナの姉で長女のアリア。うっとりと頬に手を添えるのは長女のアリア。ブロンドの長髪を赤いスカーフでまとめ、ピンク色の尾鰭を優雅にはためかせる。


「おう、良かったじゃねえか」

 やや呆れ気味に口を開いたのが次女のソロ。勝気な性格で、銀がかったブルーのショートヘアをオールバックにしている。鍛え上げた腹筋は見事に割れている。髪と同じブルーグレーの鰭を岩に乗せて寛いでいた。

「あんなに内気だったセレナが人間に恋をするなんて」

「そいつは強いのか? アタシが手合わせしてやろうか」

「ソロったら、すぐに闘おうとしないで」

 血気盛んなソロをセレナが窘める。二人の様子をアリアは微笑ましく見つめていた。

「ですが……」

 アリアは怪訝な表情で語り始める。

「あなたたちが逢引しているという浜辺は、ティフの島のことですわよね?」

「ええ、そうだけど……」

「少し、話をさせてくださいまし」


 セレナとシャウラが会っている場所は、ヴィアベル王国の西側に位置するティフと呼ばれる島にある。

 ヴィアベルとは元々辺鄙な港町だったが、近隣国との貿易や、旅の経由地として人が行き交い急激な発展を遂げた。

 一方ティフは緑に溢れ返った島で、自然を活かした農業地帯として発展した。ヴィアベルが国として発展する過程で半ば無理やり吸収され、形式的にはヴィアベルに属している。

 そして現在、ティフで作られた家畜や食料、豊富な水源がヴィアベルに搾取されていることだ。ティフの資源と労働力が、都市部の爆発的に増えた人々の生活を支えているにも関わらず、正当な報酬も与えられずティフの者たちは貧しく飢えている。

「……というのがハルから聞いたヴィアベルとティフの関係ですわ。シャウラさんってとても身綺麗なお方なのですよね? 貧しいティフの島にそのような方がいらっしゃるとは考えづらくて」

 アリアは気遣わしげに話した。

「確かに、貧しそうには見えないわ」

「となると、旅人さんなのでしょうか?」

「あたしには分からないわ……」

 北の生まれ、“王”という言葉。引っ掛かる単語がいくつもあったが、胸の中に押し留めた。

「そういや、最近ここらの島に盗賊が出るって聞いたが、島ってティフしかないよな?」

 ソロが口を挟んだ。

「盗賊!? それは困るわ。シャウラがいつも身綺麗なのはきっと北の国の貴族か騎士さまだからだと思うの。だというのに血に飢えた盗賊なんかに襲われたら、たちまち身ぐるみを剥がされて……」

「ニヤけてるぞ?」

 セレナの妄想を、ソロが慣れたように制す。

「とにかくシャウラが心配だわ。今度会ったら危険だって伝えなきゃ!」

「ええ。わたくしもハルにもっと詳しい話を聞いて参ります」

「そうね。ヴィアベルのことはハルが一番詳しいものね」

 ハルとは、セレナの妹で四女のハルモニア。

 元々人魚として海で暮らしていたが、訳あって今は人間としてヴィアベルで暮らしている。

 セレナはシャウラに、アリアはハルに会うと言い、その日は解散した。




 それから数日、セレナは夕刻から夜にかけて浜辺へ赴いたが、シャウラは現れなかった。

(盗賊という言葉を聞いてから嫌な胸騒ぎがする)

 セレナは直感を頼り、海から見える範囲でシャウラを探し続けた。


 海から島全体を見ようとするとよく目立つ、ヴィアベルとティフの島を結ぶ巨大な中央橋――友好の証という名目でヴィアベルが建築したもの――が、不自然に明るいことに気付いた。遠くてぼんやりとしているが、松明の火のようだ。


(シャウラ! ……でも、雰囲気が違う)

 橋の上には人だかりがあり、その中にシャウラもいた。

 だが、人だかりの先頭に立つシャウラは、セレナの知る彼とは別人のようだった。

 その表情は冷たく、口を固く結び、琥珀の瞳を鋭く尖らせている。

 脇には鎧に身を包んだ男が二人。


 一人は大柄で、短い茶髪に、逞しい体躯。凛々しい眉と自信に満ちている。中年くらいだろうか。オータムリーフの鎧に、大槌を携えている。

「この仕事が終わったら盛大に飲むぞおっ!」

 男は大きく口を開いて威勢よく笑った。


「ハーヴィー、作戦中だぞ。静かにしろ」

 もう一人の鎧の男が、ハーヴィーと呼ばれた男の言葉を遮った。

 華奢な体に不釣り合いな大剣を携えている。年は若く、セレナとそう変わらないだろう。

 シアンブルーの鎧にしなやかな金髪が映える。澄んだ瑠璃色の瞳、少女にも見えるような中世的な顔立ちだ。


「ハーヴィー、エミリオも、油断はするな」

「御意」

 シャウラが一瞥すると、二人は姿勢を正したが、こっそりハーヴィーがエミリオを悪戯っぽく肘で小突いた。

(後ろの人たちも仲間かしら?)

 セレナは彼らを注視した。シャウラ、ハーヴィー、エミリオに続いて数人の男が立っている。彼らはボロ切れとしか言いようのない粗悪な服を纏い、シャウラ達とは風貌や立ち振る舞いもまるで違う。端的に言えばガラが悪く、彼らの仲間としては不釣り合いだ。

(あの人たちは何? どうしてここに?)

 セレナは橋の下に身を潜めた。


 今度は――橋の東側、ヴィアベル王国側から武装した兵士たちが現れた。

 先頭を歩く男はハーヴィーよりもさらに一回り大柄な大男で、兵士たちを引き連れ橋の中央で待ち構えるシャウラたちと向かい合った。

「忌まわしきザーダの使者め。この橋は決して渡さぬぞ」

 大柄の男は威厳のある声で唸った。巨躯に見合った巨大な槍を握る手に力が込められる。


「そうか。ならば力ずくで奪わせてもらう」


 低く澄んだ、刺すように冷たい声は、シャウラが発したものだった。

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