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ヘリオスの思い-3

 その翌日、ヘリオスの元に文が届いた。


『貴殿らの兵士は人質として預かっている。ハイルング城跡にて人質と身代金の交換を要求する。応じなければ、城跡以東へ侵攻する』


 ザーダからの明確な宣戦布告だった。


「くそっ……!!」

 ヘリオスは手紙をぐしゃりと握り潰した。兵士たちは無事だと、その証拠であるように彼らの名前が記されていた。

 手紙に記されていたハイルング城跡とは、中央橋よりやや北東に位置する。

 港から離れた草原ばかりの地帯にぽつりと佇む無人の古城だ。火事で一部を残して焼け落ち、今では物珍しさから観光地になっている。都市部への侵攻を意味する。


「早急に議会を招集する……身代金を払うつもりはない……が……」

 身代金を払うことは国を売ることに値する。だが、戦い続けても勝機が見えない。勝ったところでティフの民の不満は増すだろう。かといって、二の足を踏んでいれば諸外国に隙を見せることとなる。応援を募れば気前よく増援を出してくれるかもしれないが、見返りもなしに援軍を寄越す国などない。今の統制の取れていないヴィアベルが他国へ義理立てすることは難しく、結果として大きな損失が出るだろう。


 結論は出ている。戦うしかない。

 形ばかりの議会でもその案が通るだろう。前王ならこうしただろうと机上の空論ばかり並べて。

(オレが人のことを言えた立場ではないな)

 議会で詭弁を弄する者たちの姿を想像して、自分も同類だと自嘲めいた笑みがこぼれかける。

 感情に押し流されてはいけないと、頬を叩いて議会へと向かう。


 議会はヘリオスが予想した通りとなった。前王ならそうしただろう判断をそのまま下したのだから。誰も反対などしない。議会を経て、軍議が明日執り行われる。


 ヘリオスの足は自然と中庭へ向かった。中庭は日当たりが良く、柔らかい芝生に手の行き届いた木々が枝を広げている。初秋の訪れにより、青々としていた葉はレモンのようなイエロー、ライムのような鮮やかなグリーン、みずみずしいオレンジのような橙色へと移り変わり自然の変化を感じ取れる。以前はこの中庭に机を並べてチェスやボードゲームを嗜んだものだ。今はそんな余裕もない。


「今日は、昔私が住んでいた海の話をしましょうか」


 ハルが子どもたちを集めては、昔話をしたり、勉強を教えていた。

 ハルは海の国の話を始めた。

 海の国で、優美な人魚たちが住まう話を誰もがうっとりと聞いていた。

「人魚って不老不死なの?」

「ええ。ですが、私はもう不老不死ではありません」

 ハルは語る。

 人魚は魂を持たず、真の愛を得ることで魂を得て人間になるという伝承があること。

 魔女に姿を変えてもらったこと。

 ヘリオスの愛により、自らも人間と同じ命を得たのだと。


 ハルが講義を終えると、子どもたちが次々に声を上げた。

「人魚の話、むずかしかったけど、おもしろかった!」

「またお話聞かせてね」

 ハルは嬉しそうに瞳を細めて返すと、ぱちんと手を叩いて立ち上がった。

「さて難しい話は終わりにして、そろそろ身体を動かしましょう!」

 子どもたちも一斉に立ち上がり、芝生を駆け、騎士団ごっこなど各々の遊びを始める。

「いらしていたのですね」

 ハルが歩み寄って来た。

「なんだか、難しい話をしていたな」

 ヘリオスが返すと「わあ、王さまだ」と子どもたちも駆け寄ってきた。

「たくさん質問をしてくれるから、つい話し込んでしまいました」

 ハルはじゃれつく子どもの頭を撫でた。

「みんな、ハルのそういうところが大好きなんだよ」

 ヘリオスはハルの手の甲にキスをした。ハルが頬を赤く染めて恥じらう。

 中庭に、子どもたちのはしゃぐ声が響いていた。


 しばらくの間、ハルと寄り添いながら子どもたち__国の未来を見守っていた。

 束の間の平穏を噛み締めながら、ヘリオスは固く誓った。

(俺が戦いを終わらせる。国の未来を守るために)




「明日が文に記されていた交渉の日だが、我々は戦う。奇襲を仕掛ける」

 ヘリオスは長机に地図を広げた。城門に入って左手と右手の二か所を交互に指でなぞる。

「古城の工事を行うためと銘打って櫓を建てた。ここに弓部隊を待機させる。味方討ちは避けたいから少数になるが……」

 次に、城門を正面に見たときの裏側を指す。

「ここが別塔だ。第一部隊を待機させる」

 その後、城全体から見て左手の礼拝堂に指を置く。

 現代では城内に礼拝堂を置くのが通例なため、この城が古くに建てられたということが窺える。

 大火事のときも、火の手から免れた礼拝堂は潜伏にはうってつけだ。

「第三部隊は私とともに正面から敵を迎え撃つ。敵の目を櫓から逸らすのが狙いだ。私が囮となる」

 最後に、城を囲んでいる森へと手を伸ばす。

「第四部隊__お前たちが出る幕がないことを祈っているが、森の中で待機していてくれ。東西に分けて馬が通れるように整地した。奴らが逃走を図れば必ずここを通るだろう。森を燃やしてでも、絶対に逃がすな」

 一通りの説明を終え、ヘリオスは息をついた。

「あの、ヘリオス様も出陣されるのですか?」

 騎士の一人が控えめに尋ねた。盗賊を相手に、王自ら出陣するという異例の事態に、他の騎士たちも動揺している。

「ああ、私が囮になる。刺し違えてでもシャウラを捕らえる。戦いを終わらせ、人質を救う。ティフとの関係も私が変える。明日が決戦だ! ヴィアベルの誇りにかけて!」


 ヘリオスが腰に下げていた剣を天高く掲げると、会議室中を割れんばかりの歓声が轟いた




 奇しくもほぼ同刻、ザーダ側も作戦会議を開いていた。

 島の集会場で、戦闘部隊が全員で丸テーブルを囲む。人数はざっと数えて四十人くらいだろうか。

 中央に佇むザーダの創始者で、シャウラの父ヘイルは、重々しく口を開いた。


「明日の話をしようか」

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