取引
なんだかんだと問いかけて来る人をどうにかさばき、落ち着いた頃には、時刻は午後三時を過ぎていた。
「これからどうする?」
「ぼくはちょっと、上に屋根の破損状況を確認にいくよ」
彼方は上を指さして、そういった。
「実際に作業にかかるのは明日以降にしても、破損の具合を確認しておかないと、用意も出来ないし」
「ああ。
すまないな」
恭介は彼方に頭をさげた。
「あれは、おれのせいだ。
あの弓、出力の制御とか、まだ把握しきっていないんだよな」
「別にいいよ。
この広場とか、他にも補修作業はいろいろあるようだし、そのついでっていうか」
彼方は、たいして気にしていないようだった。
「何事も経験っていうか。
こういう場所だからねえ。
この手の作業を経験しておいても、損にはならないでしょう」
「三和さんところにいっておかない?」
遥が提案する。
「もういい時間だし、帰る前に」
「そうだな」
恭介も、その言葉に頷く。
「一度顔を出しておいた方がいいか」
あの弓とか、酔狂連には様々な支援を受けている。
あんまり不義理をするのも、今後のつき合いに支障が出る。
「倉庫の中の素材、適当に処分してもいいか?」
恭介は彼方に確認する。
「いいよ。
ほとんど、持て余している状態だし。
あ、デーモン族の遺品だけは、残しておいて。
あれ、当面は生徒会の管理下におくようだから」
彎刀とか、大杖とか、盾とか、錫杖とか。
あれらのアイテムは、何重にも付与がかけられていて、現状のプレイヤーには使いこなせない代物だ。
と、いう評価になっている。
かろうじて使えはするが、どうも、本来の性能を引き出せていない、っぽい。
だから、しばらく生徒会に預けて、もっとプレイヤーが成長するまで、保管しておく。
という扱いになる。
あんまりオーバースペックな代物を、特定のプレイヤーに独占させておくのもなあ。
と、恭介も、思う。
生徒会としては、特定のプレイヤーが突出して強くなるよりは、プレイヤー全体が徐々に強くなっていく方が、状態としては望ましいのだろう。
そういう調整を考えるのも、大変そうだ。
恭介は、この点に関していえば、どちらかというと生徒会の立場に同情的だった。
「というわけで、挨拶に来ました」
「こっちに来てください、お二人さん」
恭介と遥が屋台に顔を出すと、すぐに奥から見覚えのある少女が顔を出して、手招きした。
「トライデントの方々は結構有名人なんですから、人目のないところに来て貰わないと」
「有名人、なんですか?
おれら」
「じょじょに、顔はおぼえられているようですね。
今日なんかも、大分ご活躍でしたから」
その少女は、平静な声で答えた。
「直接目撃した人は、どうしたって忘れられないでしょう。
それに、生徒会の方でドローンの映像を編集して公開する、とかいってましたから、今後はもっと有名になると思います」
「映像、か」
恭介は呟いた。
「あれ、スキルは効果ないとかいってたなあ」
「その点、わたしの方は、動きが速くて鮮明には映っていないはず」
遥は、露骨に安心した表情になる。
「映像の方はさておき、お二人、すでにあだ名がついていますよ」
「あだ名?」
「……あれ?」
恭介は怪訝な表情になり、遥は目に見えて不安な表情になる。
「破壊の射手とか、首狩り娘とか」
「……破壊の射手」
「……首狩り娘」
そう呼ばれる心当たりは十分にあったので、二人はかえって困惑した。
「それ、定着するの?」
「するんじゃないですかねえ。
なにせ、目撃した人たちの印象が強過ぎたそうで、そう簡単に忘れてくれないんじゃないか、と」
「参ったなあ」
恭介は、天を仰いだ。
「しばらく、おとなしくしておこう」
「第三者としていわせて貰いますと、笑止千万ですね。
おとなしく、とか、あなた方に一番似合わない言葉だ」
「こちらの話題は、ともかく」
恭介はそういって少女に頭をさげる。
「こちらで提供して貰った武器は、なにかと役に立ってくれました。
改めて、礼をいいます」
「どういたしまして」
少女は、素っ気ない態度で受ける。
「うちの職人どもが自分のエゴを満たすために制作した代物です。
いささかでもお役に立ったのであれば、うちの職人たちも本望でしょう」
「今朝借りたものに関しては、改めて買い取らせて貰えないだろうか?」
「うちのリーダーが無料で提供するといったのですから、そのままお持ちください。
しょせんは試作品、使ってみて、不満や改良点などがあれば、後ほどまとめてそれをお伝えくだされば結構です」
「それでは、その件については、お言葉に甘えさせて貰います」
内心では不服に思いつつも、恭介はその件について、それ以上に追求することをしなかった。
「別件として、こちらで取得した素材などを買い取っていただくことは可能でしょうか?」
「それはもう、喜んで」
その少女は、はじめて笑みを浮かべて頷く。
「あなた方が提供するものならば、上質なものに決まっておりますので」
「ただ、ちょっと問題がございまして」
「なに、でしょうか?」
「少し、量が多いです」
恭介は自分のシステム画面を開いて、倉庫の中身を読みあげはじめる。
「ワイバーンの死体は、多少の破損はあるものの、合計で百二十八体分。
それと、エンシェントゴーレムの残骸が、これはバラバラになっていますが、おおよそ二十九体分。
ガーゴイルの残骸が、三十八万七千体分……」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
少女は慌てて恭介を止めた。
「それは、少しなんてもんじゃない。
いくらなんでも多すぎます!
今のうちの資金では、到底すべてを買い取ることは出来ません!」
「うちとしては、別にタダで引き取って貰ってもいいくらいなんだけど」
遥が、口を挟んだ。
「どれだけ価値があるのか、まったくわからないし」
「それはそれで、こちらが困ります」
少女は、断言する。
「取引は公正でなくてはいけません。
どれもかなり貴重な素材になります。
すべてを、とはいいませんが、こちらで買い取れる分だけでも引き取らせてください」
「申し遅れました。
わたくし、こういうものになります」
落ち着いてから、その少女は二人に名刺を渡してきた。
「桃木薫。
ジョブはユニークジョブで、マネージャーになります。
リーダーの三和をはじめ、癖ばかりが強い職人集団を、どうにかまとめています」
「はあ」
「名刺、だって」
遥がその紙片をみながら、奇妙な表情を浮かべる。
「これ、わざわざ自分で作ったの?」
「ええ」
少女は頷いた。
「こういう世界なわけですから、最低限の信用と築いていきたいな、と。
そう思いまして」
この少女は、今朝、酔狂連の拠点を訪れた際、最初に案内してくれた女子だった。
この桃木は、こんな世界においても、元の世界におけるビジネス作法を遵守するつもり、らしい。
律儀なことだ、と、恭介は思う。
「実際問題として、料金はそちらのいい値で結構ですよ」
改めて、恭介はいった。
「おれたちはポイントに困っていませんし、そちらから提供していただいた品々が、かなり役にたったのは事実ですし」
「事物には、適正な値段というものがあります」
桃木は頑として譲らなかった。
「それを一度崩してしまうと、取り返しがつきません。
いい値でいいとおっしゃるならば、こちらが出す条件で素材をお引き取りいたします」
これくらい頑固でないと、癖がある、とかいう職人軍団をまとめることも出来ないか。
「それでは、そちらのよろしいように」
恭介としては、そういうしかなかった。
桃木の説明によると、酔狂連はリーダーの三和が錬金術師で、それ以外に鍛冶師、武器職人、分析家、研究者などのジョブの者が集まっている、という。
「今は、接客していたり拠点に引きこもったりしていて、この場には居ませんが」
「はあ」
恭介は、曖昧に頷く。
「引きこもっているのは、研究者かな?」
などと、思った。
「これからダンジョン攻略がはじまるそうですから、そちら用の装備なども必要になるでしょうからね」
口に出しては、そういっておく。
おそらく、そういったアイテムの開発に余念がないのだろう。
「その件も、ありましたね」
桃木は、何故だか露骨に目線をさまよわせた。
「あの子たちには、あまり関係ないのかも知れませんが」
なにやら複雑な内情があるのだろう。
そう判断し、恭介は、その件についてはそれ以上追求しなかった。




