交友
生徒会執務室が入っている建物の裏手にある、「フリーランサーズの女子寮」とやらでシャワーを借り、マーケットで買った下着とジャージに着替えて出ると、筑地副会長とばったり会った。
なんの偶然か、周辺には他に人影が見えない。
なら、確かめてみるかなあ。
と、遥は思う。
「お疲れーっす!」
まずは、挨拶。
「お疲れ様でございます」
筑地副会長は相変わらず真面目な表情を崩さないまま、挨拶を返してくる。
「先ほどは、ご活躍で」
「いえいえ。
他の人たちもみんな、頑張っていましたし」
遥は、そう続けて、本題を切り出した。
「ところで筑地副会長は、三年生、でしたよね?」
「はい」
筑地副会長は、頷く。
「つまり、元の世界では、ということですが」
「わたしも三年生で、結構顔が広い方なんですけど。
でも、筑地副会長のような方、見覚えないんですよね」
「見覚え、ですか?」
はじめて、筑地副会長が動揺した様子を見せる。
「それは、どういう意味……いえ、待ってください。
おかしい、ですよね。
ぼく……元の世界での記憶が、ない。
です。
両親のことも級友のことも、学校での様子も。
きれいに、欠落しています。
まるで、ついこの間、五日前に突然生じた存在であるかのように。
宙野さん。
ぼくは……何者、なのでしょうか?」
「副会長は、副会長でしょ」
遥は、軽い口調で続けた。
「真面目で、冗談が通じなさそうで。
でも、生徒会の仕事は黙々とこなす。
副会長が副会長でないとしたら、なんなんですか?」
「つまりぼくは、そのように規定、いえ、設定された存在、ということなのですね」
筑地副会長は、そういって大きく息を吸った。
「なんにせよ、存在理由が明確だと助かります。
アイデンティティの崩壊に怯えずにすみますし」
「それ、副会長流の冗談?」
「そういうことに、しておいてください。
宙野遥さん。
本当のことを、ありがとうございます」
「惚れるなよ。
これでも、彼氏持ちなんだから」
そういって、二人は、別れて進む。
何事も、なかったかのように。
「で、今、どういう状況なん?」
中央広場に戻った遥は、弟の彼方に説明を求める。
「なんかね。
みんな、集まってきた」
彼方はそういって、両手を広げる。
「いろいろ不安定だからさ。
みんな、まともな見識がある人のところに集まってくるんだよ。
きっと」
小名木川会長と恭介が、テーブルについてながながと話し込んでいた。
内容は、ようするに、現時点で推測が可能な告知文の解釈について、だ。
そのテーブルの周囲にちょっとした人だかりが出来て、二人のやり取りを神妙な表情で聞いている。
「この手の理屈をこねさせると、キョウちゃんが一番なんだなあ」
「まあ、いつものことだよね」
宙野姉弟の恭介に対する評価は、そんなものである。
「で、集まってるの、誰?」
「主要なパーティのリーダー、かな。
その他にも目聡い人が何人か、来ているみたいだけど」
「あ、本当だ。
新城ちゃんが居る」
遥は人だかりの中に顔見知りをみつけ、そこまで近寄る。
「新城ちゃん、ひさしぶり!
だいぶ活躍しているようだね!」
「あ、宙野先輩、おひさしぶりです」
パーティ風紀委員のリーダー、新城志摩はそういって遥に一礼する。
「先輩こそ、ご活躍のようで。
姿なき首狩り娘って、あれ、先輩のことですよね?」
「な、なんのことかなあ」
遥はとぼけた。
「きっと、なにかの勘違いだよははは」
「生徒会長と話し込んでいる人、トライデントの人ですよね?」
「そうだよ!
うちの自慢のリーダー!」
「なんか、凄いですよね、あの人。
あの告知文から、これだけの推測を展開するって。
わたしなんか、そういう頭がないから、感心するばかりです」
「実際たいした者だからね、うちのキョウちゃんは!」
「あと、先輩。
ランキング、もう確認しています?」
「え?
いや、まだだけど」
そもそも遥は、ランキング的な情報にあまり関心を持っていない。
「なにかあった?」
「一位が聖女様なのは変わらず、ですが。
それに続く三人が、トライデントの三人で独占。
三人ともレベル八十代後半なんで、カンストに手が届きそうですね」
「あー」
遥は視線をさまよわせた。
「そうなの?」
「そうなんです」
新城は真面目な顔をして、頷く。
「今回のオーバーフロー、全般に取得ポイントが多いんですけど。
それでもレベル九十に届きそうなのは、トライデントの方々くらいですね」
遥は思い返す。
自分は、無数のモンスターの首を落としてきた。
それこそ、数え切れないほどの。
恭介は、ワイバーンをはじめとして、倒しにくいモンスターを多数、倒している。
彼方は、彼方自身の功績はともかく、リーダーとして二十人からの人間をまとめあげてバフをかけるなど、長時間にわたる支援活動もおこなっている。
そうか。
と、遥は、今さらながらに思い当たった。
こういうの全部、ポイントになっちゃうのか。
「ははははは」
遥は乾いた笑い声をあげ、誤魔化すことにする。
「まあ、まぐれってやつじゃあないかなあ。
たまたま、っていうか」
「いえ、先輩がそれでいいんなら、特になにもいうことはないんですけど」
新城はそういってから、遥の耳元に口を寄せ、小声で続ける。
「ただ、気をつけた方がいいですよ。
先輩方は、かなり目立つ存在になっていますから。
今後、なにかとうるさくなると思います」
「うるさくなるって、なにが?」
「他のパーティやプレイヤーから、支援の無心とかされたり」
わあ。
と、遥は内心で愕然とする。
そういう面倒が、増えていくのか。
聖女結城紬という別格はあるにせよ。
それを除けば、トライデントはダントツで一位のパーティ、ということになる。
特に今回は、どさくさまぎれの初日以上に、ある意味では目立ってしまった。
「おとーとよ」
遥は彼方の方を振り返る。
「こういう時の正しい対処法、いず、なに?」
「時の過ぎゆくままに」
彼方は澄ました顔をして答える。
「放っておけば、すぐに沈静化するよ。
こういうの、長続きするもんじゃないから」




