乱戦(四)
五日目、AM12:08。
「それでは、一斉火魔法で」
「はい」
新城志摩と北畠ゆかりは、いつもの通り、そんな会話をする。
「今のところ、順調といえば順調なんですが」
「なにか、懸念がありますか?」
「一部の人間がポイントを独占していると主張している人が出て来ているらしく」
「それは、また」
新城風紀委員長は、思案顔になる。
「難しい問題ですね」
新城たち風紀委員は、根本的な方針として「安全第一」を掲げている。
現在、協力関係にあるパーティやプレイヤーに対しても、彼らに活躍の機会を与えることより、彼らを危険に晒さないことを選択する傾向にあった。
基本的な事実として、風紀委員よりもこうした協力プレイヤーの方がレベルが低く、実戦の場ではそれだけリスクも大きくなる。
だから、どうしても、風紀委員の六人は前線に出て、他のプレイヤーがその支援に回る。
という構図に、なりがちであった。
でも、それが。
彼ら、一部の者の目には、風紀委員が手柄を独占していると、そう見えるらしい。
言葉で説得を試みることは可能であったが、そうして表面的に沈静化したとしても、
「すぐにまた、ぶり返すのだろうな」
と、新城は思う。
結局、その手の人たちは、自分が信じたいことしか信じようとしない。
「危険はありますが」
新城は北畠にいった。
「その人たちを前面に置いてみますか」
「いいんですか?」
「よくはないですが、このままでは納得してくれないでしょう。
回復術のレベルが高い人も、集めておいてください」
「そうですね。
一度、試させてみますか」
北畠も、ため息混じりにそういった。
「今回の相手は、ステルス性能持ちのモンスターだそうです」
北畠が連れてきたプレイヤーたちを前にして、新城は説明をはじめる。
「生徒会からの通知で知っているとは思いますが、システム経由で現在地付近のライブ映像を確認可能です。
それを見ながら、モンスターを捜しつつ、倒す。
そういう感じになります。
なにか質問は?」
「本当に、おれたちが倒してもいいのか?」
男子の一人が、片手をあげて新城に質問する。
「邪魔なんか、しないだろうな」
「邪魔をする理由がありませんね」
新城は平然とした態度を保とうと努める。
「皆さんがモンスターを倒してくれるのなら、こちらとしても助かります」
本当に、倒すことが出来れば、だけど。
新城は彼らの力量について、かなり疑問に感じた。
一言でいうと、自主性に欠ける。
モンスターを倒したければ、自分でこちらに働きかけをして、前に出て来ればいいのだ。
現にそうしているプレイヤーも、大勢居る。
しかし彼らは、不平不満を後方で口にするだけで、自分からは動こうとしていなかった。
おそらく、だが。
彼らは、自分で今回のモンスターについて、情報収集もしていないだろう。
生徒会の広報や他のプレイヤーの対戦体験談など、参考にするべき情報はシステム画面経由でいくらでも入手可能なはず、なのだが。
現在のレベルやパラメータなど、表面的な数値ではなく、新城はこうした当人のメンタリティを重視する。
部活などの経験を顧みても、そうした気質、気の持ちようは、意外に重要な要素なのだ。
「わたしたちはすぐそこに待機しています」
新城は、そう伝えておく。
「身の危険などを感じましたら、すぐに声をおかけください」
まあ、一度、お手並み拝見、としますか。
この時点でほぼ結末の予測をつけながら、新城は内心でそう思った。
結果を端的にいうと、駄目だった。
彼ら十人ほどのプレイヤーたちは、レベルもジョブもバラバラだったが、たったひとつ、共通していることがあった。
実際にモンスターと遭遇した際、全員が示し合わしたように攻撃を連発する。
あわや同士討ちに、という場面すら、あった。
一言でいえば、全員が、恐慌を来した。
のである。
画面の中で現在地を確認出来るとはいえ、目に見えないモンスターの相手をすることが、どれほど神経を消耗するものか。
そういうところまで、想像が出来ない。
レベルはともかく、実戦経験が圧倒的に足りていないため、心理的な余裕もない。
低レベルのプレイヤーは、だいたい中央広場付近に集められていたそうだが、彼らは、なまじレベルが育っていたため、その選考にも漏れてしまったのだろう。
結局、数値だけでは、人間を測ることは出来ないんだよなあ。
と、新城は思う。
結局、その場に居たモンスターたちは、待機していた風紀委員たちが迅速に処理をした。
彼らは、総崩れになったあと、安全な場所までさがって震えていただけだ。
「ご満足いただけましたか?」
事後処理をすませてから、新城は彼らにそういった。
「もし満足いただけないようでしたら、もう一度、モンスターを倒していただいてもいっこうに構いませんが」
以後彼らは、そのまま後方の、安全な場所に待機してくれることに同意した。
内心の本音はまた別だろうし、今後も新城には見えないところで不平不満をこぼすとは思ったが。
とりあえず、このオーバーフローが終わるまで、大人しくしてくれ。
新城としては、そう願うしかない。
基本、新城は、この手の人あしらいに、まったく自信がなかった。
それに、そこまで面倒を見てやる義理もない。
五日目、AM12:06。
「やることは、サーチ&デストロイ、なんだろ?
だったら、それに向いた編成を作ればいい」
と、坂又どすこいズの坂又は主張し、察知持ちとモニター係、二人一組索敵班をまず編成し、その二人組を護衛しつつ、見つけたモンスターを倒す者、数名を配置した。
坂又どすこいズが担当するプレイヤーたちは二十余名であったが、結果としてこの行動班が四班、編成出来た。
この四班で周囲を警戒しつつ、必要が生じればお互いに連携をおこなう。
そんな感じに最初の設定だけをして、あとは比較的自由にさせている。
極端にこの四班が物理的に離れることはなかったが、好きに動けといっておくと、割合、坂又が予想しなかったアイデアなんかも出してくる。
「少し、中央広場から距離を取ってみたらどうでしょうか?」
「理由は?」
「えっと。
ステルス性能が、使用者のレベルに依存して、変わってくる場合。
機械にもこちらの察知スキルにも反応せず、想定外の場所まで移動する個体とか、あるんじゃないかな、って」
「なるほどなあ」
坂又は、素直に感心する。
「そのモンスターが、中央広場から離れる理由は?」
「敵モンスターの目的ですが、この前までは、市街地の外に出ることだといわれていました。
しかし今回のオーバーフローは、そういう前提通りに動いていません。
むしろ、明確にこちら、プレイヤーに被害を与えることを目的として動いているように見えます」
「そうだな」
坂又は、頷く。
「確かに、そう動いているように見える」
「だとすれば、こちらの意表を突いて、奇襲を仕掛けてくる可能性も、あるんじゃないでしょうか?
たとえば、そういう、こちらの監視をかいくぐった高レベル個体が一度どこかに潜伏して、奇襲をかけてくる。
とか」
「相手に、そこまでの知性があると思うか?」
「あるんじゃないでしょうか。
魔法を使った個体とかも、確認されているようですし。
敵を侮るよりは、警戒を強くしておいた方が無難だと思いますけど」
「まあ、うちは、ガーゴイル相手にだいぶ、ポイントを稼いでいるしな」
坂又は少し考えたあと、そう結論する。
「少しくらい寄り道して、ちょうどいい加減になるか。
一度、生徒会にお伺いをたててみる」
生徒会の回答は、要約すると、
「好きに動いていい」
とのことだった。
しかしそのあと、
「すでに首狩り娘があちこち渡り歩いているから、そちらの取り分が残っているかどうか、保証の限りではないが」
と、最後にただし書きが付されていたが。
「首狩り娘」
坂又は首を傾げる。
「どこかのプレイヤーの、異名なのか?」
坂又も興味が湧かないわけでもなかったが、その場で生徒会に詮索することはなかった。
それほど有名なプレイヤーなら、いずれ、正体がわかる時も来るだろう。
と、そう思ったのだ。




