付与術士と召喚術士
五日目、AM10:34。
『ぴんぽんぱんぽーん。
プレイヤーの皆様に、注意喚起のお知らせをいたします。
ステルス性能を持つ敵モンスターが複数、閉鎖区域内で確認されました。
発見したプレイヤーはそのまま駆除活動に移行しましたが、まだ相当数が健在のまま野放しになっている状態です。
想定外の方向から奇襲を受ける可能性が大きいので、察知スキルを持つプレイヤーに周囲を警戒し、早期発見と駆除に努めることをお勧めいたします。
ステルス敵の総数はわかっておりません。
くれぐれも油断することなく、周囲を警戒してください』
「気軽にいってくれるな」
広報内容を理解した奥村清人は、吐き捨てるように感想を述べた。
「おい、誰か。
いや、魔術師がいいな。
何人か斥候のジョブ変えて、周囲の警戒に当たってくれ。
それで、怪しいのを見つけたら残りの魔術師総員でその辺りを火の海にしろ」
現在、奥村が率いるSソードマンと、そのSソードマンを主軸として編成されたいくつかの弱小パーティは中央広場から逃れてくるというモンスターを警戒しているところだった。
警戒している道以外の場所から奇襲を受けたら、壊滅や総崩れまではいかないにせよ、相応の被害を受けることが容易に予想出来る。
奥村の指示は、それなりに的確でもあった。
なにしろジョブは、ほとんどなんのリスクもなく変えることが出来る。
強いていえば、あえて「魔術師」と斥候に変わるジョブをわざわざ指定しているのが、セオリニーにない考え方ではあったが。
ただこれも、今のSソードマンの現状を考えると、さほど不自然でもない。
というのは、先日の女子寮チーム(仮)半壊の余波で、そこから逃げ出して来た何人かが、奥村を頼ってSソードマンに合流してきたからだ。
この女子たちは全員が魔術師のジョブであり、さらにいえば、レベルも二十前後と現状のプレイヤー水準で考えても高めであった。
そこから幾人かジョブを変えさせても、総戦力としてはそう見劣りしないだろうと、奥村は考えたのだ。
「ねー、きーくん」
「きーくんいうな!
で、なんだ?」
「ちょっと抜けてもいいかな?
かけられるバフは全員にかけたし、それ、三十分以上は平気で保つから」
「抜けるって、どこにいくつもりだ?」
はじめて、奥村の表情が曇る。
「いつ敵が来るかわからない状況なんだぞ」
ジョブ付与術士の吉良明梨は、奥村の従妹にあたる。
奥村なりに身内意識はあり、心配もしていた。
「わかっているって。
でも大丈夫。
こう見えてもわたし、かなり強いんだから」
「ああもう、仕方がねえなあ!
おい、左内!
お前もこいつについてやってくれ!」
「わかった」
声をかけられた召喚術士の左内覇気が、短く頷く。
吉良と左内はSソードマンを中核とする集団から距離を取り、軽々と土魔法で構築されたバリケードを乗り越えて、閉鎖区域内に入った。
「左内くん。
ここいらに、敵、いそうかな?」
「今、捜させている。
今のところ、それらしいのは見つかっていない」
付与術士の吉良と召喚術士の左内は、お互いにジョブの特性を把握していた。
「見つけたら、その場で叩く。
叩けなかったら、知らせる」
「ん。
そうして」
そのため、無駄に言葉を費やす必要もない。
こうしている間にも、左内が召喚していた小物の召喚獣は周辺地域をくまなく捜索させているのだった。
捜索している召喚獣だけで敵を倒せるかは、その敵の実力次第であったが、少なくとも奇襲を受ける心配だけはない。
「きーくんも、左内くんの能力をもっと活用すればいいのにな」
「リーダー、おれの能力、信用していないから。
弱いモンスターしか使役出来ないと、決めてかかっている」
「強い弱い以前にさ。
たとえそうだったとしても、もっと有効な使い方があるってこと」
吉良は、左内を諭すように説明する。
「どんな能力も、強さよりも使い方のが重要だと思うよ。
たとえば、あれ」
吉良は、空の一角を指さす。
「すごいよね。
プレイヤーの誰かの能力だと思うけど、ワイバーンを次々と落としている。
あんな強大な力を持つ相手でもも、状況さえ整えれば、左内くんも互角以上に渡り合える。
召喚術ってのは、それぐらいの可能性を秘めたジョブなんだから、もっと自信を持って欲しいかな。
そしてあのきーくんには、それを活かす才覚がない。
左内くん。
前にもいったけどさ。
そろそろ、このパーティを抜けてもいいんじゃない?
新しく入って来た人たちも居るし、今がちょうど抜け時だと思うよ」
「抜けて、どうするんだ?」
「わたしと左内くんの組み合わせなら、もっと大活躍出来るよ」
「あ」
「どうした?」
「今、何人か、いや、四体、だな。
別々の離れた場所で、ほぼ同時に捕らえた。
処理している最中」
「いけそう?」
「バフをかけて貰ったばかりだからな。
それに、今出している連中、一体一体は弱くても、数で囲めばその不利は相殺出来る。
今二体、始末した。
二本足のヒト型、小さい、おそらくは、ゴブリンだと思う。
斥候に似た、ステルス属性持ち。
もう一体。
同じく二本足歩行の、少し大きい。
ゴブリンの上位種かなにか。
ゴブリンよりも力や素早さが上で、同じくステルス持ち。
最後の一体、虎?
豹?
とにかく、ネコ科の大型獣だ。
ただし、知能はかなり高い。
自分がなにをやるべきか、完全に理解していた」
「凄いね。
それを全部、召喚出来るようになるんだ」
吉良は左内に向けて、屈託のない笑顔を見せた。
「やっぱり君とわたしの組み合わせは、無敵だよ。
なんといっても君は、原理的に、戦闘経験を積めば積むほど、倒した敵を取り込んで強くなるんだから」
「どこへいっていた?」
戻ると、不機嫌さを隠そうともしない奥村に迎えられた。
奥村も、だが。
その他、周囲の連中も、かなり汚れているし、ポーションや回復術を使っている者も少なくはない。
激闘の末、どうにか辛勝した、といったところかな。
と、吉良は推測する。
全体に疲弊した様子ではあったが、悲観にくれている者は居ない。
ということは、つまり、最悪の事態、死者は出ていないのだろう。
「どこへって、散歩だよ」
だったら問題はないか、と、吉良は判断する。
「それでね、きーくん。
伝えておきたいことがあるんだけど」
「それって、今じゃなけりゃ駄目なのか?」
奥村は、機嫌が悪いだけではなく、かなり疲れているようだ。
レベルアップの恩恵がある今、肉体的な疲れというより、心労の方が大きいのだろう。
なにしろただのティーンエイジャーが、二十名以上の命を預かる立場に立たされ実戦を潜ったばかりなのだ。
「別にあとでもいいんだけれど、早い方がいいかなって」
吉良は、いつもと変わらない態度で続けた。
「ぼくら、この戦闘、オーバーフローが終わったら、パーティ抜けて独立するから」
「はぁ!」
奥村は、大きな声を出した。
「なんだそれは!
おれは、許さんぞ!」
「別に許しを貰わなくても、システム上では任意の時期に脱退可能なんだけどね」
吉良はそういって肩をすくめる。
「ただ、きーくんとの仲だし、せめて事前に断りを入れておいた方がいいかな、って」
「ちょっと待て」
奥村は吉良の肩を掴んで、耳元に口を寄せた。
「お前らが抜けたら、おれのパーティはどうなる?」
「きれいどころのおねーさんがいっぱい寄ってきているじゃない。
よかったね、ハーレムパーティだよ」
「ば。
あいつらは、だなあ。
わかっていると思うが、立場が強そうな人間に寄ってきているだけの連中だぞ。
信用も信頼も出来るもんか」
「それがわかっていてパーティに加入させたんだから、最後まで責任取りなよ」
「それはそれとして。
お前らの問題は、やつらのとは別だろ」
「いやだから。
きーくんが、いつまでもわたしたちを冷遇しているからいけないんでしょ?
今回だって、いくらでも出番はあったのに、あえて出し惜しみして」
「出し惜しみって、お前。
お前に何かったら、おれが叔父さんに殺されるじゃないか」
「こんな状況になったんだから、もう要らない心配だよね、それ」
以下、延々とこそこそばなしが続く。
しかし、いくら長引いても、奥村が吉良を説得する目はないようだった。




