魔法の弓
五日目、AM10:23。
中央広場から数体のワイバーンが次々と空中に飛び立っていく様子を、恭介は遠目に認めた。
「全長二十メートル超え、翼幅が三十メートル前後、ってところかな?」
周囲の建物との対比で、そんな風に推測する。
個体により多少差があるようであったが、ワイバーンの体はとにかく大きい。
今の時点では、中央広場に留まって、あえてこちらの攻撃を受け止めている個体と、空中に脱出している個体に行動が二分されている。
あの巨体や空を飛ぶ、という特性よりも、
「自分が犠牲になることも厭わず、分業が成立しているのが怖いなあ」
と、恭介は思う。
そうした分業が成立しているということは、行動を指示する者が居て、それに従っている、ということになるからだ。
『キョウちゃん、へるぷみー』
遥の、緊張感を欠いた声が届いた。
『バリケード越えてこっそり脇道に入り込んでいるのが、かなり居る。
察知で確認。
狩人みたいに、気配やなんかを消すスキルみたいなのを持っているやつが居るっぽい』
「わかった」
恭介は短く答える。
「こちらからも援護する。
その敵の位置を出来るだけ教えて」
遥はこれまで、道幅がある道から外れた、入口が閉鎖されている脇道に潜伏していた。
市街地を囲う防壁の上に居た恭介との距離は、直線でおおよそ四百メートル。
この閉鎖された空間をわざわざ通る敵が現れたら、大通りで待機している他のプレイヤーが挟撃などされる可能性が出て来る。
そうなることを予測して、わざわざ潜伏していたわけだが。
『出来るだけ、こっちで倒すよ』
遥の口調は軽かった。
『もしも、討ち漏らしそうになったら、その時はお願いする。
それよりも今は、空の方が大変そうなんだけど』
「それもそうか」
恭介は顔を上に向けて、あっさりと頷く。
「あの箒、元の世界の航空機よりも、性能がずっと劣るしな」
あの箒が、音速を超えて飛べるとは、到底思えない。
機動性も、下手をすればレシプロエンジンを積んだ大昔の戦闘機にさえ劣る。
あの箒の優位性は、空を飛ぶという一点に集約され、ワイバーンのような、他の空を飛ぶ存在と互角に戦うのは無理だろう。
ここから観測する限り、機動性能で圧倒的に劣る箒は、その不利を火力で補うように、魔法を連発してワイバーンを落としていた。
結構な数を撃ち落としてはいるのだが、それ以上に、新たに上に上がってくるワイバーンが多い。
「ああ、背後を取られている」
恭介は呟きながら、酔狂連の三和から渡された、新兵器の弓を構える。
「こいつがどれくらい使えるか、今のうちから試してみるか」
その弓を、なにもつがえずに、大きく引いた。
漠然と箒が飛んでいる近辺に狙いをつけると、
放て。
という、感覚がある。
どうやら、「ここで弦を放しても、命中する」と、いうことのようだ。
これまで試してきた「命中補正」のあり方と、随分と違うのだな。
恭介は、半信半疑ながらも、そのまま弦を手放した。
弦が戻る音以外、なにも聞こえない。
なにも起きない。
と、思ったその直後、ワイバーンのうちの一個体が、首のつけ根を消失させる。
長い首が胴体と完全に離れ、そのまま落下した途中で、その両方が消失した。
慌てて倉庫の中を確認すると、確かにワイバーンの首と胴体部分が格納されている。
「おいおい」
恭介は言葉に出して、そういった。
「ここからあそこまで、六百メートル以上はあるぞ」
三和は、この弓に関して、
「属性魔法ではなく、純粋な魔力を放つ」
と、説明してくれた。
「普通に使ってくれれば、役に立つはずだ」
とも、いっていた。
でも流石に、これはないだろう。
純粋な魔力、とやらの効果もさておき、
「ろくに狙いをつけていないのにも関わらず、当たった」
ということは、自動追尾性能みたいなのがあるってことでは?
いや、純粋な魔力とやらがエネルギーの塊みたいなもの、と仮定すれば、それだけ物理的な特性や制約から自由になるわけか。
軽く混乱しながらも、恭介はさらに弓を引き絞る。
「まあ、性能がいいんなら、別にいいや」
その逆ならば苦労するだけだが、性能がいいのなら、別に問題はない。
無理にでも、そう割り切ることにした。
恭介は箒に迫るワイバーンたちを片っ端から弓で射落とした。
箒の乗員たちもワイバーンを攻撃しているので、ごく短時間のうちにワイバーンは数を減らしていく。
空を飛ぶワイバーンが数えるほどになった時点で、恭介は標的を変えた。
つまり、中央広場、へと。
弓から放たれた矢は、基本的には山なりに、放物線を描いて飛ぶ。
恭介の現在地は、生徒会執務室が入っている建物の裏側にあたり、距離にして三キロ弱になる。
だが、いろいろとバグっているこの弓なら。
「建物の頭越しに中央広場を狙うことも、出来るだろうよ」
精密射撃、ではない。
だいたいの方角と距離は、把握している。
この弓の性能であれば、出来ないわけがなかった。
「空から、目に見えない破壊の塊が降ってきた」
生徒会側と聖堂側。
両側からこの出来事を目撃していたプレイヤーたちは居たのだが、彼らは口を揃えてそう証言する。
「降ってくるのは、目に見えなかった。
しかし、それが命中した途端、ワイバーンだろうがゴーレムの残骸だろうがその他のなにかだろうが、瞬時に消えたんだ。
土埃さえたたず、あとに残ったのはクレーターのような窪地がいくつか重なった、中央広場。
地形が、変わったんだよ」
「ハルねー」
ワイバーンを適当に片付けた恭介は、遥に連絡する。
「どこから攻撃すればいい?」
『こっちの位置はわかるね?』
「マップで把握出来る程度の精度なら」
『前方三十メートル付近に、何体か。
現在、追尾中』
「了解」
恭介はいって、弓を引いた。
「これからそのあたりを攻撃する。
巻き込まれないように気をつけて」
『わぉ!』
遥の声は、驚きを含んでいる。
『今のなに?
半径五メートルくらい、円形に吹っ飛んでるんですけど!』
「三和さんの弓の性能」
恭介は答えた。
「自分の手柄だとは、思えないな」




