疑念
五日目、AM10:07。
赤瀬が火魔法を止めると、一瞬、煤けた中央広場の姿が露わになる。
燃え残った装備品、あるいは、モンスターの体の一部があちこちに残っていたが、すっかり炭化していたので見分けがつかない。
しかしすぐに次のモンスターが群れをなして出現する。
「半分くらいは、ゴブリンか」
残りの半分は、リザードマンとかミノタウロスとか。
あくまで、外見的に「それっぽい」というだけで、正確な正体まではわからないのだが、とにかく直立二本足歩行の異形の軍団、ではあった。
種族の違いよりも、装備品を見て、赤瀬は軽く眉をひそめる。
「鉄砲っぽいのを持っているのが居るなあ」
ゴブリンも、弓矢などの遠距離攻撃用の武器を持っていたのが居た。
一部のリザードマンがマスケット銃らしい物を持っているのが、ちょっと引っかかる。
各種族とも、魔法の杖らしい物を持っている個体が紛れているので、実際的な脅威度にあまり違いはないのだが。
などと考えていると、何種類かの魔法攻撃がこっちに向かって来る。
そして、赤瀬の目の前、五メートル以上の距離をおいて停止し、そこで力を失って消失した。
ユニークジョブ聖女の結城紬による防御魔法、「プロテクト」の効果、だそうだ。
物理攻撃だけではなく、魔法攻撃も防御する点が、結界術のバリヤーとは違う。
その聖女を抱えているからこそ、こちらの生徒会側が先制攻撃を担当している。
という事情、もあった。
『赤瀬さんは、しばらく待機していてください』
などということを考えていると、生徒会から連絡が入る。
『これからしばらくは、聖堂側からの攻撃になります』
「了解っす」
赤瀬は短く返答した。
あっちにも、低レベルの人が多いと聞いていた。
だとすれば、今のうちからモンスターを倒させて、いくらかでもレベルをあげておきたいところだろう。
それからほとんど間を置かず、モンスター群の頭上で複数の炸裂音が鳴り響いた。
空中で炸裂し、その勢いで金属片をまき散らす爆弾。
グレネードなんちゃら、っていっていたけ。
赤瀬も多くの女子高生と同じく、現代兵器に対する知識は乏しかった。
とにかくその爆弾は、少なくともモンスターたちを一瞬で無力化するくらいの威力はあった。
一回破裂するごとに、その周囲半径数メートルほどの園内に居合わせたモンスターが血まみれのミンチと化して倒れていく。
細かい破片が近距離から多数、高速で向かって来るわけで、そもそも避けようもない。
「グロ」
というのが、赤瀬の率直な感想になる。
モンスターが死亡した時点でその残骸は倉庫送りになるので、その場に死体が残るわけではないのだが。
だからといって、現場の凄惨な印象が減るわけでもない。
しばらく殺戮の轟音が鳴り響いていたので、赤瀬はマーケットで耳栓を購入して装着する。
赤瀬の周囲に居たプレイヤーたちも、同じようにして耳栓をしていた。
「このまま攻撃を続けてて、いいのかな?」
赤瀬の向かい側、通称聖堂内で指揮を執っていた彼方は、そういって軽く首を傾げる。
「こっちはそれでもいいんだけど、これ、いつまで続けるんだろう」
五人一組でグレネードランチャーを持たせて、撃ち尽くしたら次の五人組と変わる。
今やっている作業は、ただそれだけのこと、でしかない。
この場に居る者は半数くらい、低レベル者だったが、グレネードランチャーの操作くらいは余裕で実行出来る。
精密射撃などのように技術を要求されたり、精神を消耗する作業がない。
だいたいの場所に撃てば、あとは弾頭が炸裂して周囲のモンスターを肉片に変えてくれる。
素人にも出来る仕事であり、さらにいえば補給にもまったく問題がなかった。
モンスターをまとめて倒すため、撃った弾頭代を軽く超えるポイントが常時稼げるのだ。
イージーな作業であるため、今のところ、参加しているプレイヤーの士気も高い。
というより、一方的に叩き続ける展開に、みんな、ハイになっている。
いいこと尽くめ、であるはずなのだが。
彼方は、いくばかの違和感を持っていた。
「ちょっと確認したいんですが、いいですか?」
彼方は、小声で生徒会に連絡を取る。
『はい』
横島会計の声が即応してくれる。
『なんでしょうか?』
「先に言っておきますが、今のところ、不都合はありません。
ただ、確認していただきたい点がありまして」
彼方は、そう続ける。
「今、達成率、どれくらいいってます?」
『今、確認します。
……三パーセント越えたくらいです』
「それ、遅すぎないですか?」
彼方は指摘した。
「もう十分以上、一方的に叩き続けているのに。
今のところ、撃ち漏らしているモンスター、いないはずですよね?」
『そのはず、です』
「今回のオーバーフロー、なにもかもが異例、ってことでは?」
『そうですね。
現れた全数を倒して、この達成率っていうことは。
これはかなり、大規模なオーバーフローになると予測出来ます』
「長期戦になるのなら、こっちは一度、休憩を取らせて貰い……」
「宙野さん、来ました」
彼方がいい終えるよりも先に、倉石が注意を促す。
「これまでにない大物です。
全長五メートルを超える、ええ、あれは、ゴーレムでいいのかな?
とにかく、鉱物で出来たヒト型の巨人です。
グレネードランチャーも、あまり効果がないようです」
「青山さん、お願い」
彼方は即座に指示を飛ばす。
「はい」
待機していた青山の反応は早かった。
青いステッキを倉庫から取り出し、すっ、と切っ先を横に動かす。
すると、巨人の右股から腰までが、一直線に斜めに切れて、上半身がズレて地面に落下した。
「……え?」
魔法を使った青山が、一番驚いて目を丸くしている。
巨人の上半身が落下し、轟音と地響きを発生させた。
少し遅れて土埃が舞いあがり、視界が悪くなる。
「ちょっとこれ、出力が」
青山は、手にしていた杖を見おろして、そんなことを呟いていた。
「想像していたよりも、大きいかも、ですね。
慣れるまで、加減が難しいかも」
「次々と巨人が現れます!」
倉石は実況を続けていた。
「小さいモンスターは出てる?」
「土埃に紛れてよく見えませんが、どうやら、出てはいるようです」
倉石は鑑定スキルを取っている、という。
多少視界が悪くても、モンスターの有無を確認することは出来た。
「では、グレネードランチャーによる攻撃は続行。
巨人は、青山さん、引き続きお願いします」
やはり、このまま終わらせてはくれないよなあ。
指示を出しながら、彼方は思う。
「失礼しました。
生徒会の方、聞こえてますか?」
『はい、どうぞ』
「この分だと、かなりの長期戦になりそうです。
頃合いを見て、こちらにも休憩をする時間が貰えたらな、と」
『了解しました。
すぐに指示を出しますので、しばらくそのまま攻撃を続行してください』




