緒戦
五日目、AM9:45。
「あの、通称聖堂って場所、今の所有権はどうなってます?」
「他の大多数の場所と同じ、生徒会の領地という扱いになっています」
彼方と横島会計は、そんなやり取りをしている。
「というか、ここの土地を売買するって発想するの、あなた方くらいなもんですよ」
「了解。
ではまず、ジョブ固有スキルの発動条件を確実にするために、その聖堂買っちゃいますか。
マーケットの査定価格通りでいいっすよね?」
「こちらとしては、いくらでも」
そういって横島会計は、両手を広げる。
「そんな部分で儲けても仕方がないっていうか」
横島会計は眼鏡をかけた女子生徒で、背はさほど高くはないし、痩せている。
先ほど、小名木川会長に「おっぱい揉みます?」などといってあやしていたのが、この役員だ。
外見的には包容力があるタイプに見えないのだが、単純に、ここまでのつき合いで小名木川会長の扱いを学習しているだけだろう。
「CP振り込みました。
これで、生徒会との売買契約は成立、と」
彼方は自分のシステム画面を確認して、頷く。
「ええと、あとは。
君が、あの聖堂を占拠しているパーティの責任者、ってことでいいのかな?」
「はい。
傍らに立っていた女子生徒が、姿勢を正して答えた。
「暫定リーダー、ですね。
前のリーダーが、逃げちゃったもんで、仕方がなく後始末とかしてます」
「名前は?」
「倉石芹那です」
「わかった、倉石さん。
そんなにかしこまらなくてもいいよ。
こっちは一年だし」
「元の世界の学年なんて、ここでは意味ないですよ」
倉石はいった。
「宙野くんは、なんといってもランキング一位なわけですし」
「あれ?
今の一位、結城嬢じゃなかったっけ?」
「あの人は、ユニークジョブ持ちじゃないですか」
倉石は抗弁する。
「あれは、特殊な人がたまたま自分の特性によって大当たりを引いた例です。
そこへいくと宙野くんは、ユニークジョブでも戦闘職でもないのに、初日から自分の機転だけであれだけの結果を出してますから」
「そういう考え方も出来るね」
彼方はそれ以上この話題を続けず、先を急ぐ。
「とにかく、これから、ええと、フリーライダーズっていってたっけ?
これから、生徒会のサポート業務をする人たち、何人か引き連れて、聖堂の方に合流します。
そっちの人たちは、ぼくのことをリーダーと認めてくれそう?」
「そりゃ、認めるでしょう」
倉石はぶんぶんと勢いをつけて首を縦に振る。
「むしろ、大歓迎します。
他ならぬ、宙野くんなら」
「了解。
それじゃあ、聖堂の方に移動しようか」
「師匠、わたしは?」
「そうだった。
青山さんもいっしょにいこう」
「……ということで、今日のオーバーフローが終わるまで、皆さんの指揮を執ることになった、宙野彼方といいます。
不満がある方もいらっしゃるかも知れませんが、とりあえずオーバーフローが終わるまで、その感情は押し殺しておいてください。
ぼくの方も、自分から進んでこんな役目を果たしているわけではないので」
その日の聖堂勢を見回してから、彼方はそう挨拶をする。
「全部で二十名ってところかな?
レベル二十越えた人が六名で、あとはそれ以下、と。
まあ、なんとかなるでしょ」
この聖堂側と、それに生徒会側とは、あえてレベルが低めの人員を集めているんだろうな。
と、彼方は推測する。
建物の中に集まっていた方が安全ではあるし、それに、レベルが高い人員は、各所に配置して行動の自由を保障しておいた方が、いい働きをする。
火器と魔法を駆使すれば、多少、レベルが低くてもそれをフォローすることが可能なのだ。
「最初に、皆さんにお願いがあります。
今所属しているパーティから脱退して、一時的に、うちのトライデントに参加してください。
必要な武器や物資を共有して、使いやすくするためです」
「それは別に構いませんが」
フリーランサーズ所属の男子生徒が、挙手した上で発言する。
「オーバーフローが終わったあとも、トライデントに所属し続けることは可能でしょうか?」
「んー。
残念だけど、今、うちのパーティは新規加入者、募集してないんだよね」
彼方は、あっさり流した。
「ごめんなさい。
今はそれよりも、このオーバーフローを無事にやり過ごすことだけを考えましょう。
っと。
これで、全員、パーティ参加申請、出せましたか?
今、申請を認可しますね。
よし。
次に、具体的な作戦の説明に移ります」
AM10:00。
『ぴんぽんぱんぽーん。
本日も、オーバーフロー開始の時間となりました。
本日から、オーバーフローの性質が変わり、予測不能な局面も出て来ると思います。
プレイヤーの皆様は油断をせず、冷静に判断して身の安全を確保してください。
ポイントの獲得よりも、自分や他のプレイヤーの安全を第一に考えて、行動してください。
あ。
本日のモンスター、その第一陣が、出現しました。
あれは、ヒト型です。
ただし小さい、身長一メートルくらい、でしょうか。
全身緑色で、ゴブリンです。
刀剣や槍、弓矢などで武装した……ぎゃっ!
今、空撮をしていた生徒会所有のドローンが一機、ゴブリンにより撃ち落とされました。
今回のモンスターは、自分で考えて行動します。
これまでのモンスターとは性質が違います。
モンスターを見かけたら油断せず、戦うか逃げるか判断してください。
繰り返します。
今回のモンスターは、自分で考えて行動する自律型です。
行動の予測が出来ません。
くれぐれも油断せず、自分の安全を第一に考えて行動してください』
「もう、攻撃しちゃっていいっすか?」
赤瀬は通信経由で生徒会に確認する。
事前に、
「モンスターが出現しても、その正体がはっきりするまでは攻撃するな」
と、釘を刺されていたのだ。
『結構です。
攻撃に移ってください』
これは、会計の子の声かな。
と、赤瀬は思う。
会長は全体を監督する役目だし、書記の子は、実況アナウンスを続けている。
生徒会に女子は三人しかいないから、こうして現場と連絡するのは会計の役割なのだろう。
赤瀬は現在、生徒課執務室がある建物の二階に居た。
そこの窓から、中央広場を見おろしている。
「じゃ、攻撃に移りまーす」
赤瀬はのんびりとした口調でいって、酔狂連の三和から貰ったばかりの杖を振りかざした。
赤瀬が生徒会とやり取りをしている間にも、モンスターは続々と出現して中央広場を埋め尽くしていた。
「赤い本流、いけえ!」
広場を埋め尽くしたモンスターの頭上から、火球の雨が降り注ぐ。
「おう」
その光景を見て、赤瀬は他人事のように呟く。
「派手だなあ」
三和が渡してきた杖の性能は、抜群だった。
初日に使っていた、急造の杖とは比較にすらならない。
初日の杖が、とりあえず原理的にかろうじて動くだけの代物だとすれば、この杖は、その原理を解析した上でさらに複数の工夫、改良を加え、より洗練したもの、といえる。
赤瀬はとりあえず、使い慣れていた火魔法を使用してみたのだが、威力の違いは一目瞭然といえた。
長時間、火の魔法を使い続けていても、赤瀬の集中力が途切れることはない。
魔石の減りも、おそらくは、従来より少ない。
魔力消費の効率が、いいのだろうな。
と、赤瀬は推測する。
それはいいのだが。
「生徒会、取れますか?」
『どうしました?』
「この魔法、もう何分か使い続けていますけど、このまま持続してていいんでしょうか?
ポイントの増え具合から、続々出現してきてはその場で倒れている、って感覚はあるんですが」
『ちょっとお待ちを』
ほんの数十秒だけ、待たされた。
『一度、その魔法を止めてください。
今出現しているモンスターが、まだゴブリンだけなのか、一度確認をしたいそうです』
「了解。
それでは、一度この魔法を止めます」




