付録: 三日目のオーバーフロー
このパートは、実は「省略してもいいかなー」とか思っていました。
主人公たちとあまり絡みがない人々のエピソードで、本編中に挿入するとストーリーのテンポが悪くなる。
ただ、あれこれ設定考えているうちに、「これ、公開しないのもったいなくない?」という思いが強くなってきたんで、あくまで本編外の「付録」という扱いで公開します。
これで本編内でほとんど描写がないパーティなどについて、ほんの少し明らかになり、お蔵入りの難から逃がすことが出来ました。
『ぴんぽんぱんぽーん。
午前十時になりました。
本日もオーバーフローの時間となりました。
プレイヤーの皆様におかれましては、決して無理をせずにモンスターを倒してください。
負傷した際には安全な場所まで移動し、回復術やポーションで完全に傷を癒やしてから前線に復帰してください』
全プレイヤーが、このアナウンスにも慣れてしまっていた。
なし崩しで開始した初日は除外して、これで二度目になる。
まだ二度目、でしかない。
この世界に転移してきてから、まだ三日目。
しかし、その間に様々なことが起こり、起こりすぎて、濃度が濃かった。
例を挙げると、この時点からほんの一時間ほど前に、この世界に転移してからはじめての「生徒会総会」が終わったばかり、になる。
これは、そんな時点の挿話である。
「もう少しで敵が来る。
しっかりバフかけろよ、チビ」
奥村が、吠える。
「やるけどねー」
背後に立っていた細身の少女が、煙草に火をつけながら気だるげな口調で返答した。
「そんじゃわたし、あそこの建物に隠れてるから。
バフの効果がなくなったら、適当に帰って来て」
ガリガリに痩せ、両耳にピアスをつけ、袖口からはタトゥっぽい模様が覗いている。
一目で品行方正ではないと判断がつくこの少女は、奥村からすれば旧知の間柄だった。
数少ないユニークジョブの持ち主。
付与術士の、吉良明梨という。
「お、おれは?」
「お前は少し待ってろ」
大柄な少年が問いかけると、奥村が答えた。
「適当なモンスタータコ殴りにして、ここまで持って来てやる」
この少年の名は、左内覇気。
この左内も、召喚術士というユニークジョブの持ち主になる。
奥村がこの、ある意味で扱いが面倒な二人を拾ったのは、一日目のオーバーフローが終わり、生徒会の要請を受け、市街地外要救助者の救出任務に出た時になる。
当時のパーティメンバーに大量離脱され、一人になった奥村は、その状況を脱するため、効率よく救出任務をこなす必要があった。
市街地からあまり距離がない場所に居た要救助者を、素早く何人も市街地内部まで護衛して移動させる。
CPを稼ぐため、奥村は張り切って何度も森と市内を往還した。
その中に、この二人が含まれており、さらにいえば、この二人はレアなユニークジョブの持ち主だった。
まだレベル一だが、経験を積んでレベルがあがれば、奥村にとっても有益な存在になる、かも知れない。
また、二人の方も、このなにかと不安な状況下で、顔見知りである奥村を頼る部分もあった。
誘った側にも誘われた側にも、相応の打算はあるのだが、とりあえず今はSソード-マンに加入している。
「あんたさあ、このままあのナルシストについていっていいの?」
同じ建物に入ると、吉良が左内に声をかけた。
「あれ、いざとなれば仲間を捨てて逃げるようなやつだよ」
「ひ、非常時ですし。
それに、他に頼るあてもないですし」
左内は、そう答えた。
「そういう吉良さんこそ、パーティに居るじゃないですか」
「あんなんでも、一応身内だしね。
あれ、わたしの従兄なんよ。
昔っから外面だけはよくてええ格好しいだったけど、何年か会わない間にさらに磨きがかかってたな」
「はぁ」
「あんたも適当なところで逃げた方がいいよ。
このパーティってシステム、いつでも逃げられる仕様になっているんだから」
「お、おい!」
話題の主、奥村が、血相を変えて帰って来た。
「逃げるぞ!」
「お早いお帰りで」
ゆったりした口調で、吉良がいった。
「どしたの?」
「あれは、剣士じゃ無理だ!」
奥村は、ヤケクソ気味の大声を出す。
「文字通り、刃が立たねえ!」
「う」
外見的な特徴をいうのなら、全長一メートルを超える巨大なダンゴムシ、だった。
それが、道を埋め尽くしてこちらに向かって来ている。
「うわわわ」
「しっかりしてください、新城委員長!」
「わ、わたし、虫、苦手で……」
「こっちだって好物ってわけじゃないですよ!
倒せば消えるんだから、そんなにパニックにならないでください」
「そ、そうだよね。
倒せば、消えるんだよね」
その死骸は自分の倉庫に転送されるわけだが、そのことは指摘しないでおこう。
と、北畠ゆかりは思う。
この新城志摩という少女は、大柄な割に小心なところがある。
昨夜も、「こういう雰囲気、苦手なんだよなあ」とかブチブチいうくせになかなか踏ん切りをつけない新城を、北畠が半ば強引に誘って、女子寮チーム(仮)から離脱したのである。
新城は、妙に周囲の雰囲気に敏感だった。
女子寮チーム(仮)というパーティが、「女子生徒の安全を守るため」という名目で人を集めながら、いざそれなりの人数が集まると、周囲の生徒たちを威圧し出したのが、気になっていたようだ。
二日目、女子寮チーム(仮)が、自分たちの浴室を設置するため、聖堂近くにキャンプを張っていたいくつかのパーティを、無理に移動させようとした際のいざこざで、北畠も、このパーティに期待をするのをやめた。
女子寮チーム(仮)とは、「女子生徒のため」と名目を唱えながらも、実際のところ、一部の生徒たちの心証を第一に優先して動いているようだった。
そうした、たった数名の中心生徒たちに同調しないと、あっという間に下働き認定され、いいように使われる。
そうした実態が明らかにつれ、女子寮チーム(仮)を離れる生徒も多かった。
なにもわからなかった初日ならばともかく、二日目以降は生徒会を中心にしてポイントを稼ぐなど方法が公開されており、別に女子寮チーム(仮)の庇護下に入らずとも、なんとか立ち回れる目算がついたから、というのも、ある。
北畠は、新城をはじめとする女子バレーボール部所属の生徒たちを集め、集団で女子寮チーム(仮)を脱退した。
その数名が、ま女子寮チーム(仮)の中での精鋭メンバーだったことは、ほんの偶然である。
「ま、魔法」
涙目になりながら、新城は動きはじめた。
「まずは、魔法だよね」
こうしてまごついている間にも、巨大ダンゴムシの群れはこちらに迫っている。
新城の脳裏に、「らんらーららんらんらんらん」という幼児声のハミングが流れる。
「な、なぎ払え!」
絶叫とともに新城の火魔法が炸裂。
普段よりもよほど大きな火炎が前方を埋め尽くす。
しかし。
「あ、あまり減ってない!」
「あの虫、魔法はあんま効果ないって!
今、生徒会から連絡が!」
「い」
新城はこの時点で半ば狂乱していたのだが、それでも正常な対応を反射的におこなっている。
結界術を使い、自分の周囲に強固なバリヤーを張る。
魔法の杖を倉庫内に戻し、代わりに、巨大なハンマーを取り出す。
「いやぁー!!!」
新城は酔狂連の試作品である巨大ハンマーを振りかざし、泣きながら巨大ダンゴムシの群れに突入する。
近寄る端から巨大ダンゴムシに巨大ハンマーを叩きつける。
そのたびに、ハンマーヘッドから火炎が放出して巨大ダンゴムシの表皮を突き破って内部を焼き、そのまま脚部のある底から突き抜けて無駄に地面を焦がす。
「志摩ちゃん、オーバーキルだってば!」
北畠が注意をする。
新城は耳を貸さず、悲鳴をあげつつ巨大ハンマーを振り回し続ける。
巨大ダンゴムシも相当に叩き潰しているのだが、危なくて北畠も近づけない。
「……あれ、物理だけでも十分じゃない?」
北畠は、そうした新城を遠目に眺めながら、呟く。
酔狂連によると、あの巨大ハンマーは、魔石を消費してハンマーヘッドから高温を噴出する、そんなアイテムである、ということだった。
なんでも、HEAT弾とかいう、装甲を焼き切る弾丸の原理を参考にした、ということだが、魔力の制御については使用者に委ねている。
新城の場合、限界まで魔石を使って必要以上の火力をたった一体の巨大ダンゴムシに叩きつけ、そこで得た魔石を次の巨大ダンゴムシに叩きつける、という挙動を延々と繰り返していた。
北畠のみるところ、巨大ダンゴムシを倒すのにそこまで魔石は必要としないし、そもそも、物理ダメージだけでも十分に倒せる。
つまり、この時の新城は、虫に対する恐怖心に駆られて、必要のない運動を延々と繰り返していた。
と、いうことになる。
この日、新城志摩は、レベルを八、あげた。
「魔法が、魔法が効かない」
魔法の杖を抱え、その場にへたり込んでしまった樋口和穂は、ぶつくさとつぶやき続ける。
「なんで!
なんでこんなことに!」
そりゃ、あんたが、「世界は自分を中心に回っている」って思い込んでいたからでしょうか。
そんな言葉が出かかった倉石芹那は、どうにか自制して別の言葉を吐き出した。
「魔法が駄目なら、別の手段で対処すればいいだけす」
倉石もしゃがんで樋口の目線に合わせ、諭す。
「倉庫には手榴弾も残っていますし。
皆で対処しないと、今残っている人たちも離脱してしまいますよ」
今、やれることを、やる。
それしか、ないではないか。
というのが、倉石の認識だった。
「なんであんたが偉そうに説教してんのよ!」
突然、樋口が大声を出す。
「あんただってこんなになるまで、なんの手も打たなかった癖に」
こんなになるまで、とは、女子寮チーム(仮)のことだ。
一時は五十名以上を数えたこのパーティは、今では二十名を下回る人数になってしまっている。
なぜかといえば、この樋口とその取り巻きとが、他の生徒たちを自分のための下働きかなにかとして扱っていたからだ。
自分たちに同調しないと、露骨に扱いを変える。
ということも、やっていた。
つまりは、女子寮チーム(仮)というパーティ内部で、自分たちを中心としたヒエラルキーを構築しようとしていた、のだ。
それ以前からポツポツと抜けていた人は居たのだが、今朝の集会を機に、一気に人数が減った。
そうした雰囲気を嫌い、好まない人が、それだけ居た、というわけだ。
倉石にしてみれば別に不思議でもなんでもなかったが、樋口にとっては想定外の事態、だったようだ。
「それよりも今はポイント稼ぎです」
倉石は指摘をした。
「それなりの成績を収めませんと、今残っている人たちも逃げてしまいますよ」
「なに偉そうに命令しているんだ、っていってるの!」
樋口は叫んだ。
「使用人の娘が!」
「うちの父は確かにあなたのお父上が経営する企業に勤めていますが、別にわたし自身があなたの使用人というわけではありません」
倉石は淡々と事実を告げる。
「わたしは、あなたからなんの報酬も得ていませんので」
それ以前に、今の日本でその感覚ってどうよ。
と、倉石は思う。
樋口の親族が経営する企業は、財閥でもなければ国内有数の大企業、というわけでもない。
ただ、三代くらい続いている地域密着型企業であり、それゆえ、経営者の一族はだいたいイエスマンにだけ、囲まれている。
だから、こういう勘違いな認識を持つ「お嬢様」が生まれてくる。
このお嬢様が旗振りをしたのが、女子寮チーム(仮)衰退の一番の原因だろう。
人集めのための「女子生徒の安全確保」というお題目は、よかったんだけど。
「だって、だって」
ついに樋口は泣きはじめた。
「誰も、みんな、なにもかも、わたしの思うとおりに動かないじゃない!」
それが本音、なんだろうな。
と、倉石は思う。
これまで、元の世界に帰ったあとのことを考え、これまでこの「お嬢様」に着いてきたわけだが。
そろそろ、限界かもしれない。
倉石自身ではなく、お嬢様の方が。
「お嬢様がなにもなさらないのでしたら」
倉石は淡々とした口調でいった。
「わたしが、指揮を執るしかないです。
それでも、構いませんよね」
現実問題として、パーティの維持にもCPがかかる。
この場で、少しでも稼いでおかないと、今後に支障が出るのだ。
お嬢様の方はこれに返答せず、泣きじゃくるばかりだった。
子どもか、と、倉石は思う。
以後、倉石はこのお嬢様を無視して、女子寮チーム(仮)の指揮を執った。
そして、オーバーフローが終わった時、樋口和補はパーティから抜けて姿を消していた。
「パーティリーダーが逃げるかなあ」
倉石はそう呟く。
「こんな状況下では、逃げる場所もないでしょうに」
そして、次の仕事に移った。
女子寮チーム(仮)内に残る無駄な資産を処分し、少人数パーティらしい財務状況に改善しないと、この先も生き残れないのだ。




