検分と検証
「ちっくしょーっ!」
遥が、森の奥に向かって叫んでいる。
「なんで転職出来ないんだよー!」
「あれ、放っておいていいんですか?」
青山は恭介に確認する。
「大丈夫でしょ」
恭介は即答した。
「放置しておいても、別に害があるわけじゃないし」
恭介としては、今はもっと優先して確認するべきことがある。
「野戦士と、狙撃手かあ」
現在、恭介が転職可能な上位職ついて、である。
「野戦士」は、従来までの「器用さ」に加えて、レベルアップするたびに「体力」と「素早さ」のどちらかのパラメータがランダムであがる仕様だった。
狩人のよさを引き継ぎつつ、弱点を若干補正するジョブ、といえる。
ただ、戦士のジョブと比較すると「体力」の上昇率は緩く、攻撃を受けるタンク役に徹するほどに、タフでもない。
ジョブ固有のスキルは「我慢」と「カウンター」。
「我慢」は、致命傷の攻撃を受けても、一度は延命するスキル。
「カウンター」は、攻撃を受けた際、一定の確率で自動反撃をするスキル。
ゲーム的な発想からすると、どちらもタンク役の職業が持っていそうなスキルになる。
つまりはこの野戦士というジョブは、「長距離攻撃も可能なタンク」という性質のジョブ、なのだろう。
使いようによっては活用可能な場面もありそうだったが、正直なところ、「半端」な印象が拭えなかった。
もう一方の「狙撃手」は、完全に狩人の延長というか正当発展版で、狩人と比べると「器用さ」の上昇率が倍近くになっている。
さらに、「運」のパラメータまで、レベルアップごとにアップする仕様であるらしい。
固有スキルは「命中補正」と「集中」。
「命中補正」は、使用者の意思によりオンオフの切り替えが出来ない、いわゆるパッシブスキルで、その名の通り、このジョブである限りは、攻撃が当たりやすくなる、というスキル。
「集中」は、攻撃前にこのスキルを使用すると、その一撃のみ攻撃力が微増する、というスキル。
一見、欠点がないようにも思えるのだが、その実、「器用さ」と「運」以外の伸び率がほとんどなく、つまりは、狩人と同じく、力も素早さもノービス並み、防御面では紙装甲、という、かなり長距離射撃に特化した仕様になっている。
つまりは、攻撃を受けると、極端に弱い。
避けることも、受け止めることも出来ない。
「まあ、この二つのうちどちらかだったら」
狙撃手だよなあ。
と、恭介は思う。
自分の体で攻撃を受ける趣味がないので、野戦士は、あまり食指は動かなかった。
野戦士ジョブの仕様は、ある程度攻撃を受けることが前提になっている、ように思えた。
それに狙撃手は、「打たれ弱さ」という明確な欠点があるにも関わらず、「運」が伸びるという、他のジョブにはない特徴がある。
初日にヘルプ内の関連情報を調べた彼方は、
「運というパラメータが伸びる、と明確に説明されたジョブがない」
と結論し、恭介と遥にも、そう説明している。
「運は、ジョブごとに固定されていて、あとは、アイテムなどで修正するパラメータなのではないか」
と、その時点での考察もつけ加えていた。
つまりは、「運」をあげることが可能なジョブは、極めて珍しい。
この「運」をあげると、実際にはどうなるのか?
「実地に試してみるしかないよなあ」
というのが、恭介の結論になる。
遥が解放した「忍者」と「くノ一」は、それぞれ斥候直系の上位強化版になる。
両者ともに、「素早さ」、「力」のパラメータがレベルアップするたびにあがる仕様だ。
両者の大きな違いは、ジョブ固有スキルにある。
「忍者」が暗視と忍術、「くノ一」は誘惑と房中術。
スキルの効果はそれぞれの語感から受ける印象そのままで、遥にいわせれば、
「忍者が戦闘面の強化版、くノ一はエロ方面の強化版だね」
ということになる。
基本性能的でいえば、両者ともに「レベルが上がるほど、クリティカルが出やすくなる」という特性があり、斥候、狩人、狙撃手と同様、「紙装甲である」、という欠点も共有していた。
いずれにせよ、今の遥は「転職する資格」は得たが、「転職可能な基準」は満たしていない、という半端な立場になり、それが先ほどから無闇に騒いで憂さを晴らす、という行動の原因になっている。
『ジョブ「狙撃手」に転職します。
よろしいですか?
YES/NO』
表示の「YES」部分をタップし、恭介のジョブはあっさり「狙撃手」へと変更した。
なにか不都合があれば別のジョブに切り替えるだけのこと、だった。
現行のシステムは、ジョブの変更に関する制約やペナルティが極端に乏しく、いつでも切り替え可能になっている。
極めて自由度が高い。
というより、高過ぎるくらいだった。
「斥候のスキルは、どうですか?」
「マップは視覚的な情報だけど、察知のスキルはちょっと漠然としているかなあ」
青山の問いを受けて、恭介はそう答えた。
「インターフェースの仕様が、かなり違うというか。
察知は、方角とか距離とか、数字や視覚像ではなく、もっと不確かな感覚として伝わってくる感じ。
あっちの方角から強い、あるいは弱い敵が来る、もうかなり近い。
みたいな。
ごめん。
なんかうまく言語化出来ない」
「直感、みたいなものですか?」
「うーん。
そうなる、のかなあ」
恭介は首を傾げる。
「ただこれ、緊急時には、かなり頼りになるスキルだと思う。
とりあえず、危ないと感じたら、その方角から身を躱せばいいわけだから」
欠点としては、このスキル、かなり「うるさい」。
拾う情報の量が多すぎて、慣れないうちは普通にしているだけで気疲れしそう。
視覚情報のように、「適当に無視する」というのに、どうやらコツが必要なようだった。
これについては、このスキルの先輩である遥から、うまく使う方法などをあとで教えて貰うしかない。
効能はともかく、性能を比較すると、教授システムでおぼえたスキルよりも、本来の、天然のジョブ固有スキルの方が、性能面では優秀なようだ。
たとえば、察知だと、遥の方が恭介のものよりも、かなり遠い範囲までの情報を拾えるらしい。
教授システムとは、ジョブ固有スキルを単純にコピーするのではなく、少し劣化したコピーをおぼえることが出来る、代物なのだろう。
まあ、その程度のデメリットくらいはないと、バランス的にも平等感がなくなるよな。
と、恭介も思う。
「敬愛なる師匠」
生徒会長との連絡を終えた直後、緑川が右手を差し出してきた。
「握手して」
「あ、はい」
彼方は素直に緑川の手を握る。
どうせ、こちらでも検証しようとは思っていたしな。
「師匠、罠師の固有スキルは?」
「取得ポイント割増し」
彼方は即答した。
「自分で作った罠で獲物を倒した場合、通常の場合よりも一割前後、増えたCP、PPを取得する」
戦闘職ではないせいか、罠師の固有スキルはそれだけだった。
「師匠、取得ポイント割増しを、教えてください」
緑川はそう口に出したが、なにも起こらなかった。
「残念。
失敗」
緑川は悄然と項垂れて、彼方の手を離す。
「多分、好感度的な条件を満たしていないんだと思う」
彼方はいった。
「青山さんも、恭介やねーちゃんと試してみたけど、駄目だったっていうし」
その結果を聞いていたからこそ、「好感度の条件が関係してくるのでは?」という発想に至ったのだが。
試しに、赤瀬と仙崎とも同じように試してみたが、どちらも成功しなかった。
まあ、予測通りの結果、ではある。
「どうしよ、どうしよ」
一方、彼方経由でこの情報を得た生徒会役員たちも、結構な騒ぎになっていた。
「誰か、試せそうな人に心当たりはないか!」
基本、生徒会役員たちには、これといったジョブ固有スキルがない。
加えて、すぐに試せそうな人材にも心当たりがなかった。
「いやいや。
すぐそこに居るじゃないですか、今は」
たまたま外出先から帰ってきた横島は、無駄に慌てる役員たちから事情を聞いたあと、冷静に指摘をした。
「結城さんたち、どっちも固有スキル持っているし、お互いの好感度も高そうでしょ」
「あ!」
そうだ。
あの二人が居た。
急遽、結城姉弟の二人が生徒会執務室に招集さる。
「で、握手して」
「はい」
結城紬とただしの姉弟は手短に事情を説明され、生徒会役員たちが見守る中、なんのてらいもなく手を握る。
「えっと、こういえばいいんですか?
ねえさん、復活のスキルを教えてください」
「はい、どうぞ」
『プレイヤー結城紬はプレイヤー結城ただしにジョブ固有スキル「復活」を教授しますか?
YES/NO』
「で、YES、と」
「どう?
成功してる?」
「あ、はい。
スキル欄に、復活ってスキルが増えていますね」
小名木川会長の問いかけに、結城ただしが答えた。
「成功した!」
「再現性があるってことだ!」
そのまま、結城紬も結城ただしのジョブ固有スキル「成長促進」などを教授して貰い、自分のスキルとする。
もう一方の、上位ジョブ解放の件については、この場で検証することは出来なかった。
結城紬の聖女も、ただしの勇者も、ともにユニークジョブである。
おそらくは、転職可能な上位職というものが、存在しないのだろう。




