それぞれの朝
「いやあ、笑った笑った」
酔狂連の三和隆利は、ギルドの拠点にしている廃屋に帰って来るなり、そういった。
「生徒会の連中、やりよる。
とんだ喰わせもんだ、ありゃ」
「中継観てましたけど、リーダー、一人で爆笑してましたね」
「いや、笑うだろう、あれは。
むしろ、他の連中がなんの反応もしてなかったのが、不思議だ」
「ちょっと情報量が多すぎましたから、理解が追いついていなかったんじゃないっすか?」
「そうかも知れないね、うん」
三和は灯油ストーブの上に置いていたやかんを持ちあげ、愛用の湯飲みに白湯を注ぐ。
一口それを飲んで、ほっと息をついた。
「それで、うちとしてはどうしますか?」
「そうだねえ。
シャワーとトイレくらいは貰っておきますか」
三和は、そう答える。
「どちらも自前で作れないこともないけど、その分の手間を他の作業に回した方が効率的だ」
「実際、住居はほとんど自前ですしねえ。
元あった廃屋を魔改造した、っていうか」
パーティ酔狂連の拠点は、中央広場から三十分ほど歩いた場所にある。
大きな通りに面しているわけではなく、ほとんど誰にも注目されていない、ひっそりとした一画にあった。
モンスターとの戦闘によりポイントを得ている他のプレイヤーたちは、どうしても中央広場の近く、あるいは、モンスターの逃走経路になりそうな道幅が広い道沿いに集まりがちであった。
が、酔狂連にとっては、そうした利便性はあまり関係がない。
静かに、誰も邪魔されず。
黙々と、自分たちの作業に集中出来る空間さえあれば、それでよかった。
「ほとんどのプレイヤーは、ポイントを得る方法が限定されていると錯覚しているからねえ」
三和は、そう呟く。
実際には、そうでもない。
PPも、CPも。
自らの技を磨き、新しい知見を蓄え、製品を開発し、それを使って貰う。
その、各工程で発生し、生産者の元に還元される。
特にCPは、製品が使用されるたびに、わずかではあるものの、入ってくる。
一度に結果が出るモンスター退治ほど、「わかりやすく」はない。
が、生産職は生産職なりにポイントを稼ぐ手段が用意されている。
さらにいえば、自分たちで考案、製造した物が広く使われるようになればなるほど、ポイントが集まってくる。
そういう、仕組みなのだった。
「あの杖の考案者なんかは、もうかなりポイントを稼いでいるんじゃないかな」
早々に製造法まで広まった、魔法の杖。
魔法系のスキルを著しく増幅するあのアイテムの発案者、その氏名は、公表されていない。
多分、上位ランキング勢の、誰か。
だと、思うんだけどねえ。
三和は、そう考えている。
おそらくは、横並びになっている魔法少女隊の四人の誰か、ではなく、宙野彼方か馬酔木恭介。
その、どちらかだろう。
「一度、会ってみたいもんだねえ」
口に出して、そう呟く。
今、何故、魔法使いがあれほど優位にあるのか。
あの杖が、あるからだ。
いいかえれば、まだ誰も見つけていないだけで、他の武器や道具についても、同じくらい威力を増幅する方法が存在するのではないか。
そうでないと、いくらなんでもバランスが悪いもんなあ。
三和は、そう思っている。
「うちの製品も、徐々に売れて来てはいるんだろう?」
「気持ち、口コミが発生しはじめている。
って、程度ですかね。
マーケットで扱っている元の世界の製品のが、信頼性って点では絶対的に上なんで」
「今はボチボチでも、口コミが出ているんなら焦る必要はないさ」
三和はいった。
「体を張ってうちの製品を使っている連中がうちの製品の優位性を認めれば、それは揺るがないものになる。
この先、売上げが下がることはないさね」
静かな、自信に満ちた口調で断言する。
酔狂連とは、構成員すべてが生産職のパーティだった。
錬金術師や鍛冶師など、ジョブは様々である。
互いに協力し、自分たちの仕事に邁進する。
そういう目的は、共通している。
そのリーダー、三和のジョブは錬金術師、レベルは十八。
モンスターとの戦闘をまったく経験していないのにもかかわらず、ここまでレベルをあげている。
その点で、かなり異例の存在といえる。
この時点で、最高レベルの錬金術師だった。
『……あと一時間ほどで、本日のオーバーフロー現象が起こります。
皆様もお気をつけて、オーバーフロー現象に対処してください』
「これで終わり?」
「終わりみたい」
恭介と遥、それに魔法少女隊の青山の三人は、森を歩きながら、生徒会集会の中継を音声のみで確認していた。
「なかなか興味深い内容だったな」
「半分以上、知っていることだったけどね」
「普通の、大多数の生徒たちにとっては、知らないことばかりだったのかも知れませんね」
というか、トライデントが他の生徒たちより先行し過ぎているんだよなあ。
と、青山は思う。
住環境の向上とか、生徒会の動きはトライデントの後追いにも見える。
多分、真似をしているとかではなく、他のプレイヤーのことを考えると、自然にそういう方向になってしまう。
と、いうことなのだろうけど。
第一、住宅ひとつとってもトライデントの方は素人仕事ながらも、普通の一軒家を指向している。
生徒会が用意するプレハブとは、居住性からして違う。
初日と同じく、トライデントの三人は、
「その場における最適解」
を嗅ぎつける感覚が、他のプレイヤーたちとは段違いなのだ。
「志摩ちゃんも元気そうでよかったよ」
「知っている人?」
「運動部だからね。
全員、知っているわけではないけど、目立つ子とは自然とそうなるってか」
「そんなもんか」
遥と恭介は、そんな会話を続けながら歩き続けている。
「それでさあ、旬ちゃん。
次は旬ちゃんが、締めてみる?」
突然、遥から話題を振られた。
「あ、はい」
青山は頷いた。
「そうですね、そろそろ」
「締める」とは、罠にかかっていた動物にトドメを刺す行為のことをいっている。
昨日、設置した数々の罠、くくり罠や檻罠、トラバサミなど、種類は様々だったが、そうした罠には、結構な割合で動物がかかっていた。
「多分、しばらく人が居ない環境だったから、警戒心が薄れているんだと思うけど」
恭介は、そう推測する。
「だんだん、罠にもかからなくなっていくと思うんだよね」
罠にかかっただけでは動物は死なないので、罠を設置した人間がトドメをさす必要があった。
多少、身動きを封じられたとしても、動物としても死にたくはないわけで、人間が姿を現すだけでかなり暴れる。
しばらく観察して、疲れて動きが鈍くなった頃合いで、これまでは恭介と遥が交替で「締めて」いた。
二人がそうした行為に慣れているはずはないのだが、二人とも冷静に、粛々と行動しているように見えた。
罠にかかっている動物も大小様々であったし、締める方法もその動物に合わせ、変えているようだ。
小さな獲物は、押さえつけてナイフで首元をシュッと切る。
中型以上の獲物は、少し間合いをあけてショットガンを何発か。
動きが止まってもそれだけでは警戒を解かず、近寄らずに消えるのを見守っていた。
プレイヤーが仕留めた獲物の遺体は、基本的にはそのままそのプレイヤーの倉庫内に転送される。
つまり、姿が見えている間は、まだ完全に息絶えているわけではない。
「野生動物、最後の最後に反撃をしてくるのが居るっていうしなあ」
動きが止まったくらいでは、油断してはいけない。
というのが、恭介の意見だった。
ジョブ狩人らしい見識だと、青山は思う。
「こうですか?」
青山は檻の中に獲物に向け、腰の引けた構えでショットガンの銃口を向けていた。
「もっと脇を締めて」
恭介が助言する。
「レベルアップして力も増しているから、反動に負けることはないと思うけど。
引き金を引いた瞬間、銃口が跳ねあがるから、それを押さえつけるような感じで」
「は、はい」
青山はうわずった声でいった。
距離を取った位置からモンスターに魔法を放った経験は、ある。
しかし、これほどの近距離で、これから殺す動物と対峙した経験は、ない。
もちろん、銃器を扱うのも、これははじめてだった。
近距離。
檻の中の動物、全長が一メートルちょいの、イノシシに似た動物。
檻から、一メートルもない地点に、青山は立ってショットガンを構えている。
一度深呼吸をしてから、
「いきます」
短く呟き、引き金を引く。
檻の中の動物と、一瞬、目が合った気がした。
「旬ちゃん!」
遥が小さく叫ぶ。
「もう一発!
檻を壊されると面倒だよ!」
どこに命中したのかわからなかったが、檻の中の動物は奇声を発して暴れている。
ガタガタと、檻が震える。
青山はよく狙い、もう一度、引き金を引いた。
今度は、動物はその場に倒れて、動かなくなった。
「まだ近寄っちゃ駄目」
遥がしてきた。
「そいつ、まだ死んでない」
姿が見えるということは、そういうことなのだ。
青山はショットガンに銃弾を装填し、構え直した。
その姿勢のまましばらく待つと、ようやく、動物の姿が消える。
「魔法攻撃は」
青山はいった。
「ああいう細かい標的を攻撃するのには、向かないようなんですよね。
微妙に、制御が難しいっていうか。
ピンポイントの攻撃も、やって出来ないことはないんだけど、しばらく神経を集中させないと、なかなか狙い通りに当たらないというか」
「慣れの問題もあるんじゃないかな?」
「そうかもしれませんね」
青山は、あっさり頷く。
「魔法を使えるようになってから、まだ今日でようやく三日目ですし」




