最初の交戦
「マダム・キャタピラーの連中が、ワンパンでやられたらしい」
システムで状況を確認していた内海が、仲間たちにそう告げた。
「動物型のロボットっぽいのに。
一応、モンスター認定しているけど、正体はまだ不明だって」
「動物型のロボット?」
ハードシェルを身に纏ったままの美濃が、身震いをする。
「ゾイドとかトランスフォーマーっぽいやつ?」
「よくわからんけど、全身金属でかなりスムースに、高速で動くらしい」
内海が答えた。
「映像も来ているけど、ブレすぎて形とか動きとか、細かい部分がまったくわからないなあ。
当面、そういうの見かけたら叩けと。
油断していたら、やられるから」
「とはいえ、こっちは別ルートだしね」
楪がいった。
「連中、戦車使ってかなり上まであがっていたみたいだし。
うちらが同じタイプと遭遇するのかまだわからないし、遭遇するにしても、別種の敵である可能性もあるし」
曖昧なことばかりだな、と、楪は思う。
だからといって、こういう場で情報が出揃うまで待ちの一手、というのは性分ではないのだが。
「別の種類かあ」
内海がぼやいた。
「ひょっとして、八つのルートそれぞれに、別種の敵が用意されていたりして」
「敵の正体がどうとか、そういうのは上の連中が考えてりゃいい」
奥村がいった。
「手向かいするやつらが居たら片っ端から叩く。
おれたちがやることは、それだけだ」
「とはいえ、ルートごとに別口の敵が増えるってのも、確実に面倒いんだよなあ」
楪は指摘をした。
「こちらは、そのすべてを相手にしなけりゃならないわけで。
長期化したら、まず勝ち目はない」
かといって、相手の正体や規模もわからない現状では、短期決戦を目指すのも難しい。
相手の情報が少ない。
というより、ほとんどない。
それが、今回、一番のネックであるらしい。
しかし、こうして相手の側に近づいていかないと、その情報が得られない。
塔を登っていけば、それだけ敵と接触、交戦するリスクは多くなる。
場合によっては、仲間のプレイヤーたちから分断され、孤立する恐れもある。
不利、なんてものではないな。
と、楪は、冷静にそう考える。
これは、自分たちだけがどうこうというより、もっと大局的な視野で判断しなければならない局面だった。
「勝つことよりも、負けないこと」
楪は、そう結論する。
「生きてより多くの情報を持ち帰らないことには、どうにもならんか」
そうしないと、今後の進展もない。
レベリングや経験値稼ぎなら、ダンジョンでやればいい。
この塔を支配しているのは、どうも、そういう原理ではないらしい。
「それよりも、動物型ロボットの対策なんだけど」
内海がいった。
「そういうのが出て来たら、どうする?」
「どうもこうもあるか」
奥村が答えた。
「いつもの通りだ。
どんな相手だろうが、見つけ次第、攻撃を叩き込む。
多少、効きにくい攻撃があるのかも知れないが、全員で叩けばそのうちのどれかは効くだろうよ」
「つまり、出たとこ任せっていうことね」
内海は、その言葉に頷いた。
「いつもの通りでいいんなら、こっちもその方がやりやすいけど」
「実際に遭遇するまでは、どういう相手なのかわからない。
今までだって、同じようなもんだったろ」
奥村はつまらなそうな口調でいった。
「どうせ、おれたちは細かいことをグダグダと考えるのは向かないやつばかりなんだ。
どんな相手であれ、出会ったやつらが襲ってきたら返り討ちにする。
そのことだけに専念していればいい」
「リーダーのそういうシンプルなところ、嫌いじゃないけどね」
楪は、そう返す。
「うちら、確かに考えるよりも直感的に動く方が向いているし。
今のうちらでは太刀打ちできないようなのと遭遇するまでは、力押しでいってみようか」
「三番ルート、本隊が未知の敵と遭遇。
早速、交戦を開始したようです」
ドローンで獣型ロボット群を監視していた常陸庶務がいった。
「意外と、といってはなんですが、健闘していますね。
どちらかというと、こちらが優勢です。
戦車を一周した相手なのに」
「こっちには、フラナの人たちも居るからなあ。
いや、人数比でいえば、フラナの人たちが多数派なのか」
その報告を耳にした恭介は、誰にともなくそうコメントする。
「全員が、っていうわけでもないだろうけど、日常的に狩猟をしている人が多いし、それに、必中とかステルス化とか、最近になって公開されたスキルも取っていれば、よほどの相手でないと苦戦するってことはないと思う。
きっと、ほーほーと声を掛け合いながら、狩りを楽しんでいるんだと思うよ」
獣型、ということであれば、扱いに長けているフラナ勢の独壇場になるだろうな、と恭介は思う。
相手が多少大きかったとしても、それで臆するような人たちではない。
以前、セッデス勢最後のチュートリアル時の彼らの行動を思い返せば、容易に想像が出来た。
フラナ勢には、狩りの専門家が多い。
金属の装甲を纏っていた相手であったとしても、動物が相手であればおくれを取ることはないだろう。
「ちょっと、確認して貰っていいですか?」
彼方が、常陸庶務に質問した。
「その敵群、魔法と銃器、被弾した時、どっちの方がより大きなダメージを受けている感じですか?」
「ダメージという点では、命中しさえすればどっちも相応に被害を受けているように見えます」
常陸庶務はいった。
「ただ、比較すると、魔法の方が、追加ダメージがある分、より深刻な被害を受けているように思えますね。
火とか氷とか、当たりさえすれば普通に燃えたり凍ったりしていて、連中、どうもそのことに戸惑っているようにも見えます。
一度攻撃を受けた個体は、異常に魔法攻撃を警戒しているようにも見受けられますし。
あくまで外から見た印象でしかないですが、あの金属獣群、これまで魔法攻撃を受けたことがないんじゃないですかね」
「重要な情報だな、それ」
恭介はそういって頷いた。
「今、交戦中の人たち、だいたい魔法攻撃で対処している感じですか?」
「魔法に効果あり、って事実がすぐに広まって、ほぼ全員、ZAPガンに切り替えている感じですね」
恭介の質問に、常陸庶務が答えた。
「こちらが優勢になったのは、そのことも大きく影響しているかと思います」
「最初の本格的な戦闘がこちらの優勢で推移しているのは、いいことだな」
小名木川会長がいった。
「このまま最後までこの調子を保てればいいんだが」
「会長」
小橋書記が小名木川会長に声をかける。
「たった今、酔狂連の桃木さんから連絡があって、あの獣っぽいロボット、出来るだけ無傷な個体をいくつか確保してほしい、とのことです」
「また、無茶な要求をしてくるもんだな」
小名木川会長は、軽く顔をしかめた。
「おおかた、解剖したい。
あの中がどうなっているのか、確かめてみたいってところだろうけど。
一応、現場にもその旨、伝えておいてくれ。
ただし、あくまで努力目標扱いで、優先順位はさほど高くないといい添えて。
あれがなんなのか、いつかはしっかりと確認しておいた方がいいしな。
ただし、味方の生命を危うくしてまで達成する必要はない」
「了解しました」
築地副会長が即応した。
「そのようなニュアンスも含めて、現場のプレイヤーたちに通達します。
多少、成功報酬を積んでおきますか?」
「それ、あまり多額にならない程度に、留めておいて」
小名木川会長は、即答する。
「あんまり報奨金をはずむと、それを目当てに無理をするやつも出るだろうし」
「そのように手配します」
築地副会長は、そういって頷いた。
「凄い」
そうしたやり取りを目の当たりにした遥が、素直に感心している。
「生徒会の人たちが、それっぽい行動をしている」
「あのなあ」
小名木川会長は、呆れたような声を出した。
「これでも、それなりに経験は積んでいるんだ。
そりゃ、この程度の判断くらいはその場で出来るようになっているって」
「三番ルートの方は、それでいいとして」
恭介が小名木川会長に確認した。
「他のルートの方は、どうなっています?
まだ、敵っぽいものと遭遇してはいませんか?」
「慌てるなよ、馬酔木」
小名木川会長は、そう返す。
「戦車で進行した三番ルート以外は、まださほど奥までいっていないんだ。
相変わらず転がり落ちてくる球体を迎撃しながらかなり急な坂道を登り続けている形で、そんなに距離は稼げないだろ。
敵、といえるほどの反応を示すような相手は、まだあそこしか遭遇していない」
「ドローンの方に、なにかの反応はありませんか?」
彼方が、そう確認する。
「ドローンは便利だが、いかんせん、それを扱うオペレーターが足りていない」
小名木川会長はいった。
「常陸庶務によると、マーケット内で入手可能なやつは、元の世界のドローンよりもよほど高性能で、ある程度の曖昧な命令でも自律的に判断してこなしてくれるらしい。
それでも、あまり監視する場所があまりにも広範囲だと、そんなにあてには出来ないそうだ。
今回の場合、今後なにか見つけるとすれば、ドローンよりも外から塔の様子を監視してくれている、飛行組の方が早いんじゃないかな?」




