新設定、Sポイント
その、三角形のサインの元に、続々と人が集まってくる様子がここからでも確認出来た。
数十人、いや、百人以上は居るのかか。
意外と、あの塔に先行することを望んだ人々は多いようだ。
「思ったよりも、人が集まっているな」
恭介は、そう呟く。
「ダンジョンにも最後のチュートリアルにも乗り遅れた人たちが、ここぞとばかりに集まっているようですね」
アトォが、そう解説してくれる。
「今回は、三十日も前から告知されていましたし、一攫千金を狙っている人も多いようです。
その、それまでの生業が立ちゆかなくなった人々も、それなりに居るそうだから」
「ああ、そうか」
恭介はそういって、納得した。
「フラナの人たちは、今、割と混乱期にあるんだったよな。
だったら、一発逆転のチャンスに乗っかる人も出て来るわけか」
当然、事前に情報は集め、多少の対策もした上で、だろうけど。
それでも、今回は肝心の塔がどういう性格の物なのか、まったく明かされていない。
リスクは承知の上で、それでも行動するしかない立場の人たちも、居るというわけだった。
すでに相応のポイントを獲得しているトライデントなどとは、立ち位置が違う人々が。
こういう空気は、どうも好きになれないな。
と、恭介は思う。
結局、今集まっている人々の大半は、それまでの生活環境を破壊された上で、意に沿わない行動を選択するしかなくなっているわけで。
やはり、贋作者たちの行動と選択は、恭介たちプレイヤーの立場や心境を無視したものだ。
との確信が、さらに揺るぎないものになった。
「塔の公開まで、あと一時間を切りました」
そんなことを考えると、本日何度目かの全プレイヤーに向けたアナウンスが、頭の中に響き渡る。
「塔の公開と同時に、塔内での各プレイヤーの働きはすべて映像として公開されるようになります。
そうした映像はすべて、システム内で確認可能な状況となります。
同時に、よりよい活躍をしたプレイヤー、ないしはパーティに対して、任意のSポイントが配布されるようになります。
このSポイントは、獲得した分を同額のCポイントやPポイントに変換することが可能です。
また、プレイヤー同士で、手持ちのCPやPPを他のプレイヤーに対してSPとして譲渡することも可能となります」
「ん?」
そのアナウンスの内容をすんなりと理解出来なくて、恭介は首を傾げる。
「つまり、塔内でのプレイヤーの活動は、すべて中継されるってこと?
そんなことをして、なんの意味があるっていうんだ?」
「あー。
これは」
生徒会の小橋書記が、そんなことを呟いた。
「配信物になるわけですね。
そうか、こう来たかあ」
「配信物?」
恭介は、その小橋書記に顔を向けて訊き返す。
「そういうのが、あるの?」
「あるんです」
小橋書記がそうこたえて、頷く。
「ダンジョン内の活動を配信する、って設定の、小説とかマンガが。
だとすると、SポイントのSは、スパチャの頭文字ですね。
スーパーチャット。
いわゆる、投げ銭です」
「どうも、そうみたいだね」
彼方が、真面目な表情のまま頷く。
「なんというか、相変わらず斜め上だねえ。
どうやらあの塔でのプレイヤーは、完全に見世物になるみたいだ。
いつだったか恭介が、プレイヤーの境遇はある種のリアリティショーなんじゃないか、って意味のことをいっていたけど。
ここでは、どうやら本当にショーのネタにされるみたい」
「そのショーの視聴者は、どこの誰なんだよ」
恭介は、怒りを含んだ声でいった。
「おれたちプレイヤーの苦労を娯楽扱いしやがって」
「その視聴者の正体は、よくわからないけど」
彼方は、冷静な声で答えた。
「あの塔からは、観客が存在するってことが、これで確定したわけだね。
恭介が怒るのも理解出来るけど、それはそれ。
ここではその観客を前提にして、活動内容を考慮する必要がある。
より多くのSポイントを稼ぐためには、どう動くべきか、って」
「どうすれば、そのSポイントとやらを稼げるのですか?」
リーリス嬢が、彼方に質問した。
「今の時点では、なんともいえません」
彼方は、真面目に答える。
「塔の中でプレイヤーの働きと、それに連動したSポイントの獲得状況などをしばらく観察してみないことには、まともな結論は出ませんね」
当然といえば、当然なのだが。
前例がなにも観察出来ていない現状では、なんの推測も成立しない。
「ただひとつ、指摘出来るとすれば」
彼方は、そう続けた。
「あの塔の中でなにをするにせよ、注目を浴びるような行動をした方が、そのSポイントも獲得しやすくなるんじゃないでしょうか?」
「面倒な追加設定だなあ」
恭介は不機嫌な声を出した。
「受けや映えを意識して行動しろってのか?」
恭介にしてみれば、贋作者たちによって、自分たちプレイヤーが玩具にされているような印象がある。
それが、ひたすら腹立たしい。
「そういうルールなら、従った方が効率よくポイントを稼げるってわけだね」
恭介とは対照的に、彼方は冷静な態度を崩さなかった。
「この場合、Sポイントを稼ぎやすい受けや映えがどういうものなのか。
そういう検証は、必要になってくるんだろうけど」
そんなやり取りをしていると、恭介のシステムに呼び出し音が響く。
誰からだと確認すると、見慣れたID、酔狂連の桃木マネージャーからだった。
「うちの馬鹿どもが、あの塔について検証したいことがあるってきかなくて」
恭介が受信をすると、桃木マネージャーはそんなことをいい出した。
「馬酔木さんたち、今、あの塔の近くに居るんですよね。
悪いですけど、ちょっとあの塔に向かって、魔法とか物理で攻撃してその映像を送ってくれませんか?」
「それくらい、わけないですけど」
恭介は、そう答える。
「あれを攻撃したら、反撃とかされないかな?」
「おそらく、ですが」
桃木マネージャーは、そう答える。
「大丈夫だと思います。
というのは、うちの馬鹿どもは、あの塔を構成しているのは、実際の物質というより、ゲーム内でいう破壊不能オブジェクトのようなものではないか、って説を唱えていまして」
「破壊不能オブジェクト、ねえ」
恭介は、うめき声のようなものをあげそうになった。
「いや、意味は理解出来るけど。
そんなものが、本当にあるんですか?」
「これまでのことを思い返せば、それくらいは用意できるんじゃないのか、って」
桃木マネージャーは、そう答えた。
「映像で見る限り、あの塔の構造は、全然現実的ではないそうです。
あんな形状だと、どんな強度の構造材であろうと、その重量を支えられない、とか」
実際に破壊不能かどうか、恭介が全力で破壊にかかってみることで、確認したいという依頼だった。
あの塔が本当に破壊不能オブジェクトであれば、恭介がなにをしようが壊れないし、反撃を心配する必要もない。
そして、酔狂連の見立てでは、破壊不能オブジェクトである可能性が高い。
「なら、試してみるか」
恭介はそういって、トライデントの仲間にいくつかの手配を頼んだ。
映像の中継と、録画。
それに、念のため、結界術によってこの場に居る人々の安全を確保すること。
恭介が危惧するように、万が一、反撃が来たとしたら。
そもそも、それが物理的な物になるという決まりもない。
それでも、なんの備えもしないよりはマシだった。
「いや、その前に」
簡単に事情を説明すると、小名木川会長が悲鳴のような声をあげた。
「さっきいってた、インターフェースとやらに問い合わせてみろよ!
お前さんなら、それが出来るんだろ!」
「ごもっとも」
恭介は頷いて、システム経由でインターフェースを呼び出す。
「あー、おれだけど。
いくつか、訊きたいことがあって」
「なにを訊きたいのかは予想がつきますが、それらの質問にはお答えできません」
インターフェースは、恭介がなにかいう前に即答した。
「それらの質問はすべて、プレイヤー自身が確認するべき事項として定められています。
こちらから回答することは、許されていません」
「ふむ。
ネタバレ防止ってわけだな」
恭介は頷いた。
「せめて、反撃が来るのかどうかだけでも確認出来ないか?」
「申し訳ありませんが、それも含めて回答不能です。
こちらには、それに回答する権限が与えられておりません」
質問する権利を要求した時に、すべての質問に答えられるわけではない。
と、そう念を押されていた。
だからこの反応についても、恭介は特に残念だとは思わなかった。
「だ、そうです」
恭介はインターフェースの回答について、小名木川会長に説明した。
「ということで、自分で確かめるしかないようです」
「それはいいですけど、ここからあの塔まで、攻撃が届きますの?」
リーリス嬢は、軽く眉根を寄せて恭介に確認した。
「ここからだと、かなり距離があるように見えますけど」
そんなことをいいつつも、リーリス嬢がこの場から逃げる様子はなかった。
「いうても、一キロ程度ですからね」
倉庫から魔力弓を取り出しつつ、恭介は答えた。
「この程度の距離であれば、まったく問題はありません」
恭介は手慣れた動作で魔力弓を引き、そのまま放つ。




