自力救済の令嬢
「いや、おれは」
銃口をつきつけられた男は、狼狽した口調でなにかいおうとする。
「はいかいいえ、二択で答えてください」
それを遮るように、リーリス嬢が鋭い語気でいった。
「いいえ、だ」
男は答えた。
「アニセ」
「この男は嘘をいっています」
リーリス嬢が傍らのアニセに合図を送ると、アニセは即座に答える。
リーリス嬢はリボルバーの銃口を下げて、男の右ももを撃った。
轟音がして、男はその場にうずくまる。
もちろん、銃創からは赤黒い血が噴き出している。
それまで、リボルバーがなにかわからず、しかし、不吉な威圧感だけは感じていた観衆が、一斉に悲鳴をあげて後ずさった。
今、この場に居る観衆のほとんどは、今、右ももを撃たれた男と同じ、捕獲された不審者だったからだ。
「このアニセは、直感のスキルを持っています」
リーリス嬢は平静な声で続けた。
「複雑な情報まで読み取れるわけではないですが、目の間に居る人物が嘘をついているかどうかは、その場で見抜けます。
もう一度、同じことをお訊きしますね。
あなたは、あのゴーレムの製造と運用に関わっていましたか?」
「関わっていた!」
右ももを抑えつけ、脂汗を流しながら男は叫んだ。
「おれは、関わっていたんだ!
もういいだろ!
なんでもしゃべるから、この傷を治してくれ!
出血の勢いが止まらないんだ!」
「では、あなたがどのような役割を果たしたのか、この場で供述してください」
リーリス嬢は男にリボルバーの銃口をつきつけながら、平静な声で続けた。
「あなたが嘘をつくたびにあなたの体に穴が増えますので、そのつもりで」
男はしばらく、震える声で詳細な供述をし、その内容をリーリス嬢の使用人がその場で書き留めていく。
「なあ、もういいだろう。
血を流しすぎて、気が遠くなっているんだ」
少しして、しゃべる内容がなくなってくると、男は青白い顔に脂汗を流しながらそういった。
「は、はやく傷を治してくれ。
そうすれば、知りたいことは何でもしゃべる」
「では、もうひとつ質問します」
リーリス嬢はいった。
「あなたは、誰の命令で、一連の犯罪をおかしましたか?
まさか、自発的な犯行だ、などとはいわないですよね?」
「誰の、命令で?」
そう耳にして、男は、目を大きく見開き、本気で驚いた表情になった。
「いや、待てよ。
わからない。
本当に、わからないんだ。
おれは誰かにいわれて、実行した。
それは、確かだ。
その時は、そのことになにも疑問に感じなかった。
なんでおれは、こんなことを仕出かしたんだ?
誰にいわれて?
わからない」
男の声は徐々に小さくなり、後半は自問しているような口調になっていく。
「アニセ」
リーリス嬢は背後に控えていたアニセに確認する。
「本当のようです」
アニセはいった。
「この男は、どうやら命令した者のことを、なにもおぼえていないようで」
「そう」
リーリス嬢は頷いて、そういった。
「それでは、これ以上に生かしておく価値もありませんね」
「おい!
ちょっと待っ……」
男の抗弁は途中で銃声に遮られた。
頭部に銃弾を浴びて、男の体がその場で崩れ落ちる。
周囲から悲鳴があがり、それがすぐにすすり泣きに置き換わっていく。
「自宅を襲撃されたわたくしは、たった今、その実行犯の一人を成敗いたしました」
リーリス嬢はリボルバーの撃鉄を起こしながらそう宣言する。
「自らに向けらたれた悪意の芽を摘むために、必要な措置です。
出来ればこの襲撃の首謀者を捕まえたいところですが、この調子では無理かも知れませんね。
今回の襲撃を企てた何者かは、どうやら周到に準備をし、自分だけは逃亡出来るように、状況を仕組んでいるようですから。
それでも、可能な限り真相を究明し、首謀者を捕らえるための努力を怠る気はにはなりませんが。
さて、このたび捕虜となった皆様方。
あなたがなにを口にしようとも、ドルイセ商会の襲撃に関わった事実にはかわりありません。
当商会は、自分たちにここまで公然と楯突いた人間に対する慈悲は持ち合わせておりませんので、そのつもりで事実のみを供述してください。
あなた方がしでかしたことが、なかったことになることはありません」
その様子は、リーリス嬢自身の手配により中継され、全プレイヤーが視聴可能になっていた。
「あいつ、今、人を殺しやがった」
生徒会執務室内で、その中継を観ていた小名木川会長は、心持ち青白い顔をして、いった。
「なんの躊躇もなく、引き金を引いていたぞ」
動揺しているのか、声をうわずっていた。
「公権力が発達していない社会、ですからね」
築地副会長は、平静な態度で説明してくれる。
「誰かに訴えてどうにかしてもらう、ということは不可能ならば、自分でどうにかしなければならない。
いわゆる、自力救済の原則に則った行動になるのでしょう。
そうした社会ならば、別に不自然な行為ともいえないかと」
司法も警察もない社会では、こうして公然と罪人の罪状をつきつけてから、自力で処罰するしか、犯罪に対応する方策がない。
それが出来ないと、永遠の被害者ポジションとなり、一方的にむしられ、たかられるだけの養分と成り果てる。
仮にも商会という集団を率いる立場にある以上、あそこまで公然と襲撃されたら、こうして「自分たちに害をなそうとする者を罰する力を持っている」とアピールしないと、今後、ドルイセ商会の立場が悪化する。
一言でいうと、
「舐められる」
のだ。
だから、リーリス嬢のこの対応は、そういう社会では、正しい。
「自力救済しか、犯罪の抑止力とはなりえない社会、ですか」
しかし、そう解説した築地副会長も、納得はしていないのか、ため息混じりにそう続ける。
「われわれの常識とはかけ離れすぎた感覚ですし、観ていて気分がいいものではありませんね」
「こんなことをするために、うちらを使ったっていうのかよ」
そうした光景を同じ広間で、ごく間近に目撃しながら、楪は低く呟いていた。
「馬鹿にしやがって」
楪たちが不審者の捕縛に協力したのは、現代人の感覚として、このような蛮行が公然とおこなわれることを予測出来なかったからだ。
蛮行。
彼らの感覚では、これが普通の対応なのかも知れないが。
しかし、現代日本人の感覚では、まったく違う。
この感覚の齟齬は、楪が想定していたよりも大きかった。
なまじ、翻訳魔法により会話が可能になっている分、相手が異世界人だという感覚が薄くなる。
違った文化や社会に育っていれば、倫理観や価値観なども自然と別物になるはずなのに。
そうした想定をするセンスが、楪にはなかった。
リーリス嬢が古風なリボルバーを取り出した段階で、楪はかなり嫌な予感を持っていた。
あんな無骨で古い拳銃をわざわざこの場で取り出す理由は、そんなに多くは思いつかない。
撃鉄をあげて、引き金を引く。
そういう動作にともなう演劇性、演出。
それに、大きな音と煙が出るため、中継映えもする。
それだけ派手になり、中継を観ている人に強い印象を植えつける。
ドルイセ商会に刃向かえばどうなるのか。
すべてはそれを、強く印象づけるための演出だ。
としか、考えられないのだ。
楪は、築地副会長とは違い、自力救済という言葉を知らなかった。
が、「リーリス嬢が何故このような行動をしているのか」、という動機については、かなり正確に理解していた。
彼らは、やはり異世界人なのだ。




