妨害者の出現
「マーケットのおかげで職を失い、嘆くのはいいです。
こちらも、境遇としては似たようなものです。
気持ちはよくわかります」
ドルイセ商会のリーリス嬢は続ける。
「しかし、そこから富者の家屋に押し入りなにがしかの金品を奪おう、などという性根にはどうにも感心出来ません。
行為の善悪はさておき、略奪や強奪は繰り返しが利かず、事業としては先細りになる一方ではありませんか。
そうした行為をあえて看過することは、この世の中全体を後ろ向きに進めるのを認めるようなものです」
「だから、この建物も利用できないように破壊していく、と?」
わかったようなわからないような理由だ。
どうもこのお嬢様は、略奪そのもの倫理性よりも、他者からなにかを奪うという行為そのものの非生産性の方が気に食わないらしい。
「その通りです」
リーリス嬢は胸を張っていった。
あ、この子、意外と大きい。
と、内海は思う。
しかも、ブラをつける習慣がないのか、体を動かすと、とかなり揺れている。
「聞けば、今、当商会を包囲している方々は、元はといえば沖仲仕として就労していた人も多いとか。
往事は当商会の荷物を運んだこともあったでしょう。
まんざら、縁がない方々というわけでもありません。
そんな方々が、当商会の設備を今後も利用し続け、その先に進むのが遅れるのは見過ごすことは出来ません。
現状に不満があったとしても、人はいずれそこから抜け出して、早く次の段階へと進むべきなのです」
「前向きなんすねえ」
内海は、視線を逸らしながらそういった。
いろいろいっているが、ようは、
「商会の施設を下手に利用して欲しくない」
ということ、らしい。
そのために、爆破までするかあ。
お嬢様の考えること、スケールや感覚は、ごく普通の庶民として生まれ育った内海には、まったく理解不能だった。
「ええと。
こちらを包囲している人たちを、どうやってか遠ざける。
この点について、ちょっと仲間うちで相談させてくださいね」
内海はそう断りを入れてから、通信でこの会話をかいつまんで説明し、相談をはじめる。
「爆破、だと?」
一通りの説明を聞いたあと、奥村はそう呟いた。
「なんで、そうなる?
まったく理解出来ん」
「こっちもまったく理解なんか出来ないんですけどぉ」
内海は、そう続けた。
「この建物とか、商会の財産を使って欲しくない、っていう意識が強いらしいっす」
「しかし、この場を取り巻いているやつらを遠ざけろ、か」
奥村はいった。
「それ、無理筋だろ。
こっちはここではなんのうしろ楯もないし、人数だって二十人そこそこ、そのうちの半分はチビどもなんだぞ。
対して、包囲しているやつらはその何十倍って人数だ。
実際問題として、なにをどうしろ、っていうんだよ」
「ですよねー」
通信ごしに聞こえてくる内海の声は、どこか諦観を含んでいるように思えた。
「ぶっちゃけ、お嬢様の要望をこちらが聞かなければならないって筋合いもありませんし。
ただ、最初にこちらと接触した者としては、いわれたことをそのまま伝えておく必要があると思って」
「そいつは理解出来るんだけどな」
奥村は、そう受ける。
「しかし、具体的に、おれたちにどうしろと」
「ですよねー」
「まあいい。
こっちでもちょっと相談してみる」
奥村は、そう結論する。
「ひょっとすると、なにかいい方法を思いつくやつが居るかも知れない」
「お願いしまーす」
「と、いうことらしいんだが」
結局、奥村は内海経由で知らされた情報をそのまま全員に伝えた。
「この場合、おれたちはどう動けば正解なんだ?」
「リーリス嬢は、もしも包囲している連中が避難しなかったら、自分たちが退去してから容赦なく建物を吹き飛ばすといっている」
ダッパイ師も、そう続けた。
「爆破するのは規定事項。
そこからどう被害を減らすのかは、われわれの働き次第、というつもりのようだ」
「なんかこう、異世界お嬢様の考えることって、よくわかんねーな」
常陸庶務が感想を述べる。
「下々の苦労なんて知ったことか、ってか。
で、どうします?」
「やれるだけのことを試してみる」
横島会計がいった。
「そうするしかないでしょ。
人命が、かかっているんだから」
「とりあえず、やれるだけ、やってみるか」
ダッパイ師はそういって拡声器を構え、周囲の群衆に大声で呼びかける。
「この建物を取り巻いている者たちに告げる!
ドルイセ商会はもうすぐ、爆破されるそうだ!
巻き添えになりたくなかったら、この場から出来るだけ遠ざかるといい!」
いきなりスピーカー越しに呼びかけられた者たちは、一時ぎょっとして身をすくめさせた。
が、すぐに緊張をほぐし、元通りの状態になる。
彼らもこちらの一団が近づいた当初こそ、かなり切迫した様子だった。
が、なにも抵抗しなければなにもさえれないと悟ると、リラックスした様子で焚き火にあたってり、元通りの態度に戻ってしまう。
「おい!」
緊張感のない彼らの様子を目の当たりにして、ダッパイ師が切れた。
「聞いているのか!
もうすぐこの建物が爆破されるんだぞ!」
「はん!
どうせはったりだろうよ!」
「お前ら、さっきから出鱈目しかいってねーじゃねーか!」
「爆破するのは、われわれではない!」
ダッパイ師は拡声器がハウリングを起こすほどに、叫んだ。
「ドルイセ商会の、リーリス嬢だ!」
「なんでドルイセ商会の箱入り娘が、自分のところの地所を吹っ飛ばすんだよ!」
「法螺もたいがいにしろ!」
すぐに、そう怒鳴り返される。
「いかん!」
常陸庶務がいった。
「おれたち、ここではまったく信用がない!
これまでの実績を考えると仕方がないけど!」
「威嚇射撃とか、出来ませんか?」
それまで黙っていた横島会計が、唐突にそんなことをいい出す。
「生命の危険を感じれば、逃げ出すと思いますが」
「彼我の人数差と、それに、この建物の全周を考えろよ」
奥村はその意見をきっぱり否定した。
「こっちは二十人そこそこ。
たいして、この建物は、塀沿いに一辺が二百メートル以上はある。
威嚇射撃するにしても、小さくまとまって動いているんじゃほとんどの人は動かせない。
この人数で散らばって動いたら、あっという間に囲まれて身動きが取れなくなるのがオチだ」
「そういうところでは、冷静なんですね」
横島会計は、そういって頷く。
「それでは、どうしますか?
他に妙案とかは?」
「ないな」
奥村は首を横に振った。
「なにも思いつかない。
っていうか、相手を迎えにいって護衛して戻る。
最初はただそれだけの仕事って、話だったろ。
どうしてこんなにややこしいことになっているんだ?」
「こちらに訊かないでください」
横島会計は目を逸らした。
「おおむね、ドルイセ商会のリーリス嬢のおかげです」
「ダッパイの先生よぉ」
奥村はいった。
「リーリスとかいう娘に、さっさと仲間を引き連れて出て来るようにいってくれねーか。
こっちとしては、ここに集まったやつらがどうなろうが、ぶっちゃけ関心がねーんだが。
警告した上で逃げずに被害に遭ったんなら、そら、逃げなかったやつらの自己責任ってやつだろう」
「筋からいえば、まあそうなんだがな」
ダッパイ師は、苦笑いを浮かべた。
「もうちょっと、時間をくれないか。
もう少し、ここの連中を説得してみる。
ことによると……」
ダッパイ師がそこまでいった時、周囲に大きな爆発音が響いた。
「あの建物!」
奥村は即座にドルイセ商会の方を振り向き、そこの建物がまったく無傷であることを確認する。
「ってことは」
奥村は続いて、首を巡らせた。
爆発音は複数、ドルイセ商会を取り囲むように続いている。
「周囲の建物が、立て続けに爆発している?」
横島会計が、眉根を寄せる。
「いえ。
音は派手だけど、爆発というには、爆風なども起こっていないし。
むしろ、建物が順番に、崩壊している?」
周囲の建物が立て続けに崩れているのは、確かだった。
しかしそこからは大量に粉塵が発生していて、見通しが利かない。
そのため、具体的になにが起こっているのかわからなかった。
「全員、逃げろ!」
ここぞとばかりに、ダッパイ師が拡声器をつかって声を張りあげた。
「もうじきここは、戦場になるぞ!
巻き込まれたくなかったら、速やかにこの場から立ち去り、出来るだけ遠くまで逃げろ!」
「戦場になる?」
奥村が訊き返した。
「いったい、なにが起こっているんだ?」
「何者の仕業か知らんが、周辺の建物を材料にして複数のゴーレムを錬成した者が居る」
ダッパイ師が答えた。
「ドルイセ商会の建物を包囲する形で錬成しているから、目的はドルイセ商会だろう。
見ろ。
かなり周到に準備したのか、かなり大きなゴーレムだぞ」
崩壊した周囲の建物から、砂塵をはね除けるようにして、無骨で巨大な人型が現れた。
それまでドルイセ商会を取り囲んでいた群衆は、そうしたゴーレムたちの隙間を縫うようしして、逃げ出しはじめている。
「目測で、十メートル以上はあるな」
奥村は、冷静な声でいった。
「チュートリアルの時に見たやつの、二倍以上の大きさだ」
「ただ大きいだけでしょ」
楪が、そう応じる。
「あの程度、今のうちらなら、楽勝なんじゃんじゃね?」
「よう、生徒会のやつら」
奥村が、常陸庶務と横島会計に確認する。
「あいつら、おれたちで片付けても、別に構わねーよな?」
「無論です」
横島会計が即答する。
「遠慮なく、やっちゃってください。
あんなの、邪魔で仕方がありません」
「Sソードマン全員に告げる!」
奥村が、叫んだ。
「あのゴーレム、誰が一番多く片付けるか!
勝負といこうや!」




