ダンジョンマスター狩り
「あの巨体に高い機動性、さらには最低でも二属性の魔法を使う、か」
いいながら、恭介は錫杖を高く放り投げ、倉庫から魔力弓を取り出して上空を狙い、連射した。
「ダンジョンマスターってのは、厄介だよなぁ。
なにかと破格のが、出て来る!」
無属性魔法の連発で、こちらに向かって来る巨大な氷柱を打ち消す。
そのまま、元凶であるダンジョンマスターにも狙いをつけるが、かなりの高度を保ったまま不規則な急旋回を繰り返しているので、こちらは断念した。
ただでさえ、下から上を狙うのは不利なのに、その上、あれだけ不規則に動かれると、狙っても当てられる気がしない。
魔法弓を倉庫に収納し、代わりに、ちょうど落下してきた錫杖を受け止める。
「いきなり投げるとは扱いが厳しいではないか、わが主よ」
「お前が無属性魔法を嫌うからだよ」
恭介は軽口を叩く。
「質量攻撃に質量攻撃で対抗すると、周囲に破片をまき散らすからな。
それはそれで、始末に悪い」
「本当に、それだけなのかのう」
錫杖は、どこか醒めた口調で続ける。
「まあ、そういうことにしておくかの」
なにかしら、察しているような口調だった。
実際には、恭介がこの選択をした理由は、言葉で説明した以外にもいくつかあった。
「魔法だと、狙撃とか命中補正スキルが有効にならない。
それに、今回のようにとっさに反応する必要がある場合は、まだまだ使い慣れた弓の方が、体がよく動く」
そこまで詳細に説明する余裕がなかった、ということもある。
それ以上に、厳密にいえば声明ではないのかも知れないが会話が可能な相手に対して、
「お前をまだ使い慣れていないから、こうした急場で使うことにためらいがあった」
と正面切って告げることが憚られた。
「まだ、あんなところにいやがる」
恭介は、ほぼ黒い点にしか見えないダンジョンマスターを見あげて、そういった。
「高度差による優位性を、完全に理解しているようだ」
重力と位置エネルギーの問題だ。
下から上を攻撃するより、上から下を攻撃する方が、ずっと容易で効果も高い。
もう少し近寄ってくれれば、攻撃方法も選べるのだが。
「さて、どうするかの?
主様よ」
「決まっている」
恭介はいった。
「飽和攻撃で、相手を疲弊する」
あの機動力だと、ここから狙撃してもすぐに命中するとは思えなかった。
たとえそれが、追尾性能を持つ魔法攻撃だったとしても。
だとすれば、手数で圧倒するしかない。
「だが、やつを直接狙いはしない」
「手間のかかる真似を!」
「それで嫌がらせになれば上々だ!」
ダンジョンマスターの、さらに上空まに、水属性魔法で作った氷塊を発生させる。
そのあとで、その氷塊を破砕する。
そうした作業を、恭介は錫杖を使って繰り返した。
相手の機動力を見て、精密射撃の的にするのは難しい。
と、そう判断した上での選択になる。
多少大きめの氷が降り注いだところで、実際には、ダンジョンマスターにとって、致命傷はおろか、たいしたダメージにはならないだろう。
ただし、広範囲に散らばりつつ降り注ぐ氷のすべてを避け続けるのは、かなり難しい。
というより、不可能に近い。
先ほど恭介がやられかけた攻撃をやり返しただけ、ともいえる。
愉快な気分には、ならないだろうな。
と、恭介は予測する。
この方法の利点は、精密さが要求されないため、単純な作業を繰り返していればいいこと、だった。
こと、魔法に関してはかなりの処理能力を発揮する錫杖を持っているからこそ思いつき、実行可能だった手段でもある。
このダンジョン、ことに空を支配するダンジョンマスターが、その行動に制約を受ける。
そう考えれば、かなり適格に相手の機嫌を損ねる方法だとも、恭介は判断している。
あのダンジョンマスターがどれほどの知性を持っているのか、この時点では判断材料が少なかったが。
それでも、これまで培ってきた万能感に大きく水を差す行為であることは確かなのだ。
上空から、甲高いダンジョンマスターの声が、きれぎれに響いて来る。
明らかに怒気を含み、機嫌が悪そうな鳴き声だと、恭介は感じた。
彼方をはじめとした他の人たちには、事前に、しばらく恭介から距離を取るようにいってある。
ダンジョンマスターの不興を買う行為をあえてする、ということと、それに、しばらくこの周辺に氷の塊が降り注ぐことになるからだ。
「これだけ、ヘイトを買えば」
ダンジョンマスターは、恭介のみに狙いを定めることだろう。
「来るぞ、主様よ!」
「見えてる!」
恭介のほぼ真上から、ダンジョンマスターが急降下して来た。
自然な落下速度よりも、よほど速い。
おそらくは、風属性魔法も使用して、自分の落下速度を加速しているのだろう。
ある種の猛禽類はとても視力がよく、数百メートル上空から一気に高度をさげ、地上に居る獲物をこうして狩るのだという。
それと共通した習性を持っているのかどうかまでは不明であったが、このダンジョンマスターはおそらく、自分を狩る側の存在だと思い込み、揺るぎない確信を持っているはずだ。
「それを」
恭介は口に出してそういった。
「おれたちが、狩る」
錫杖を構えた恭介は、まず風属性の魔法で自分を中心にした巨大な竜巻を発生させる。
見る間に視認可能な姿を大きくしていくダンジョンマスターは、そのことを気にとめてもいないようだ。
「無属性魔法、大きいの、連発」
「承知した」
そんなやり取りをしたあと、恭介と錫杖は直径三メートルほどの無属性魔法による球体を発生させ、まっしぐらに落下してくるダンジョンマスターへ向けて打ちあげた。
ほぼ同時に、ダンジョンマスターの直前に、立て続けに巨大な、ダンジョンマスターよりも大きな氷柱が発生し、恭介の方に向けて落下してくる。
呑み込んだのか、呑み込まれたのか。
とにかく、無属性魔法の球体と氷柱が衝突して、双方が姿を消す。
そういう現象が、わずか数秒というごく短い間に、何十回も繰り返される。
魔法をぶつけ合いながらも、ダンジョンマスターと恭介とは、彼我の距離をあっという間に詰めていった。
「魔法の連射勝負なら、負ける気がしない」
恭介は、そううそぶいた。
その言葉をいい終える前に、ダンジョンマスターが氷柱を出すのを止め、進路を変えようとする。
「遅い」
ダンジョンマスターのすぐ上に、ダンジョンマスターの体より、何倍も大きな氷塊が落下しているところだった。
それに、ダンジョンマスターの左右は、竜巻によって囲まれている。
一度そこに逃れようとしたダンジョンマスターは、鉤爪のついた前肢を持っていかれそうになり、そこではじめて自分が来た上空に目をやり、自分が閉じ込められたことを悟ったようだ。
ダンジョンマスターは、滞空しながら自分を下へと押しさげようとする氷塊に火をぶつけてしばらく抵抗したが、さしたる効果も確認出来ないまま、その重量に押されて落下してくる。
やっぱ質量って、問答無用で強いや。
そんなことを思いつつ、恭介はようやく慌てはじめたダンジョンマスターに向けて、複数の属性魔法を連射する。
頭上から迫る氷塊をどうにか押し戻そうともがき続けるダンジョンマスターの体躯に、無数の多種多様な攻撃魔法が突き刺さった。
さらにいうと、側面からも、魔法と銃弾による攻撃がダンジョンマスターに集中する。
遥と彼方にも、恭介から狙撃や命中補正のスキルは教授されていた。
縦横無尽に飛び回る相手ならともかく、どこに居るのか、現在地を把握出来ている相手ならば、楽に命中させることが出来た。
ダンジョンマスターは、巨体のそこここから血を流しつつ落下を続け、こちらに迫って来る。
こうして見ると、デカいな。
と、恭介は思う。
全長は十メートルをはるかに超え、十五メートルくらいはあるのではないか。
そんなことを思いつつ、恭介は魔法で発生させた竜巻を解除し、ダンジョンマスターと巨大な氷塊がだんごになって落ちてくる地点から軽々とした足取りで飛び退き、結界術で自分の周囲に防壁を張った。
その直後、ダンジョンマスターは、自分よりも巨大な氷塊と地面に挟まれる形で落下。
氷塊はそのまま砕けて周囲に破片をまき散らす。
未のダンジョンが攻略された。
そういう内容のメッセージが、全プレイヤーに配信される。




