セッデス区、公開
市街地内にある、カラコーンとバーで区切られた空間は、ここ数日、騒がしかった。
異世界から転移して来たセッデス勢が大勢、その中に滞在し、本格的に自分たちの施設の施工を開始したからである。
彼らは面倒で細かい施工を採用せず、土魔法を利用して石や土を盛りあげ、壁や天井に成形する方法を選んだ。
ゴツゴツした外観だがそれなりに丈夫で、外気温の遮断性能なども、そこそこはあるらしい。
その他の居住性能はどうかと疑問に思えたが、なにより手軽でその場にある材料で完成するから、セッデス勢としてはこれで満足しているらしかった。
完成した建物はすべて平屋で、規模としてはそこまで大きくもなかったが、外見的には先日まで向こうで使用されていたセッデス勢の城塞、そのミニチュアのように見えた。
ただ、向こうの城塞と完全に相似形であるかというと、そういうわけでもなく、窓や扉など、細々とした部材はマーケットで購入できる物を使用し、無骨な中にも人間の住居らしい意匠を取り入れてはいた。
それ以外にも、上下水道については土魔法ではどうにもならず、こちらの識者の意見も取り入れ、給水塔と浄水槽も備えていた。
特に浄水槽については、公衆衛生的な事情もあったので、生徒会が念入りにその必要性を説いて導入させたものだった。
こんな場所で、不衛生であることが原因で感染症などが広まったりしたら、それこそ目も当てられない。
セッデス勢だろうがこちらのプレイヤーだろうが、共倒れになりかねなかった。
幸い、セッデス勢もトイレなどは清潔で匂わない方を好んだので、この提案はただちに採用してくれた。
完成したのは、セッデス勢に与えられた土地の、四分の一ほどを占める大きめの建物と、それに、いくつかの小さめの建物群だった。
大きな建物がセッデス勢の組織としての受付事務所、恭介たちの世界風にいえば、大使館的な役割をする場所になり、小さな建物群は、そこで働く関係者たちの住居になるらしい。
その二種類の建物群を合わせても、与えられた敷地の半分くらいしか使用しておらず、建物と建物の間は、かなり大きめな空間を挟んでいた。
過密気味な都市空間になれた日本人の感覚からいえば、かなり贅沢な土地の使い方に思えたが、彼らセッデス勢の感覚だと、これくらいの適度な空き地があった方が落ち着くらしかった。
セッデス勢は、土魔法を多用したこともあって、わずかに数日でこれだけの施工を完成させた。
ことによると、八十年間、延々とチュートリアルに勤しんできた彼らは、この手の突貫作業に慣れていたのかも知れない。
彼の地にあった巨大な城塞も、チュートリアルとチュートリアルの合間に施工されたものであり、その城塞が破壊された回数も、決して少なくなかったはずだ。
そう考えると、この施工の迅速さも、納得がいくのであった。
「こちらで、われらの行動に制約が課されるのは仕方がない。
事情は理解出来るし、それがこちらの法であるのなら、素直に従う」
十日も要せずにそうした建物群が完成に近づくと、シュミセ・セッデスは声明を発表した。
「が、こちらのセッデス勢管理下にある土地に関しては、出入りの条件を不問とする。
出自を問わず、誰でも自由に往来して貰って構わない。
ただし、セッデスの法に照らして問題がある言動をおこなった者が出た場合、これを拘束してこちらの法によって処断されることもあることは、承知して貰いたい」
一見して寛大に思える処置にも見えたが、実は、
「不法をおこなえば即座に身柄を拘束し、処罰する」
と明言しているわけで、かなり現実的な対処法に思えた。
出入りする者の身元をいちいち照合する手間を省く代わりに、おいたをすれば身元はどうであろうと遠慮なく裁くぞ、というわけである。
管理に要する手間や人手を考えると、そこいらが落とし所になるのだろう。
この、生徒会からセッデス勢に貸与された、とはいえ、その実情はほぼ分割に近かったわけだが、とにかくその一角の名称については、生徒会でも少し揉めた。
居住区、居留地、分割統治圏、租界。
様々な案が出されたが、どれも微妙にニュアンス違いに思えるし、なによりしっくりと来ない。
「もう、面倒だからセッデス区とでもしておけばいいんじゃないですか?」
少しの間揉めたあと、常陸庶務が投げやりに出した意見に他のみんなが賛同し、この区画は、「セッデス区」が公称となった。
そのセッデス区は、施行開始から十日も経たずにすべての建物がほぼ完成し、こちらのプレイヤーも自由に出入りが可能な状態となった。
これにより発生したいくつかの出来事があるのだが、これについてはいずれ詳細を語る機会があるかも知れない。
セッデス勢がこの地域への出入りを解禁状態にした動機としては、管理の手間を省くことと、それにもうひとつ、セッデス勢の人員と現地のプレイヤーたちとの距離を縮め、これからの攻略を容易にしようという意図も、確実に存在した。
攻略。
こちらのダンジョン群と、それに、あちらの接続の塔で起こると考えられている、なにか。
そうした事態を睨み、セッデス勢だけの人員だと出来ることが限定される、というかなり確かな予感を持っていたから、である。
現に、向こうのチュートリアルを終わらせるためには、こちらの異世界人の尽力がなければ不可能だったではないか。
セッデス勢からみれば、そういう意識がこの時点ですでに共有されていた。
簡単に言語化すれば、
「こちらのプレイヤーたちと仲良くしておいて、損はないぞ」
というわけである。
その一環、というわけでもないのだろうが。
「このたびの働きに対し、セッデス勢一同感謝の念に堪えない。
ここに報償の品々を持参した」
巨漢と細マッチョの二人組が、そんな時期に恭介たちの家を訪ねて来た。
「公務はさっさと済ませて、ダンジョン行きの予定などを摺り合わせたいのだが」
式典で顔を合わせた、セッデス勢のカナスとハイエルという二人だった。
「物品の授受を終わらせるまでが公務だろう」
ハイエルが、相棒に突っ込みを入れる。
「すいませんねえ、この木偶の坊が。
とんだ不調法者でして」
「いえ、それは別に構わないんですが」
対応に出た恭介は、そう応じた。
「こちらも、そんなに大層な人間でもありませんし。
年上の人にあんまり畏まった態度で来られましても、かえって困りますし。
それよりも、セッデス勢の人たちは、こうして報償の品を手分けして配って歩いているんですか?」
「配って歩いているんですよ、戸別訪問して」
恭介の疑問に、ハイエルが真面目な表情で答えた。
「いや、こちらの方々はまだいいんですよ。
身元も同定しやすいし。
ただ、フラナ勢の方々が、ねえ。
広い範囲に分布している上、当人の同定が予想以上に困難で。
戸別訪問して当人であることを確定するまで、結構苦労するパターンが多いんですわ」
「それでは、式典の場で物品も手渡した方が手っ取り早かったのでは?」
「それはそれで、別の問題がありまして」
ハイエルは、そう続ける。
「手柄の水増しなどは、割とありましてね。
本人としては悪気がないのかも知れませんが、事後に仲間と語り合っているうちに自分のやったことをどんどん過大に表現していくとか、決して珍しくはないんですわ。
こちらとしても、そうした自己申告を鵜呑みにするわけにはいかず、それなりに裏を取るわけなんですけどね。
その作業も、対象となる人数が多くなると、相応に時間が掛かるわけでして。
ただその作業も、今回はこちらの映像記録などのおかげで、かなり効率化出来ましたが」
報償を出す立場でも、いろいろ事情があるのだなあ。
と、聞いていた恭介は納得した。
その後、式典で貰った目録と照合して、物品の受け渡しをおこなう。
各種の宝玉やアクセサリーなど、細々とした物からはじめて、最後に長大な物体にいきついた。
「これが、賢者ローエンの錫杖、か」
恭介はその棒状の物体を手にして、しげしげと眺める。
割と無骨な外観だった。
黒光りする金属製で、長さは一メートルを少し超えるくらい。
それで、何故が柄の先端に、十数センチほど頭蓋骨形の彫刻が設えてある。
この彫刻が無駄にリアルで、不気味にも思えた。
賢者、っていうからには、偉くて貴い人、ってイメージだったんだけどな。
と、恭介は内心で思う。
それこそ、悪い魔法使いが使っていそうな造形だった。
「でも、本当にこれ、おれみたいなのに与えてもいいんでしょうか?」
恭介は、前から感じていた疑問を口にする。
「これ、歴史的にもいわくがあり、尊敬もされていた賢者様の遺品になるわけでしょ?
なんというか、畏れ多いんですけど」
「おそらく、ですが」
ハイルが真面目な表情で頷いた。
「キョウスケ殿が持つのが、一番順当であると思います。
ここ数十年を遡っても、この錫杖を一番使いこなせるのはキョウスケ殿のように思えますし。
ところで」
声は、聞こえませんか?
と、ハイエルは続けた。




