ダンジョン体験と、職人事情
新規参入者たちは、それでも戌のダンジョンで三時間近く粘った。
初心者としては、かなり健闘した感じかな。
などと、恭介は思う。
今回は人数が多かった分、不安をお互いに打ち消すような効果があったのも確かだろう。
以前、救護班ややったレベリングほどではないにせよ、素材やポイント的にもそこそこ満足のいく成果を得られたようだ。
しかし、戌のダンジョンから出て来た時、新規参入者たちは疲労困憊していた様子だった。
肉体的な疲労もあるだろうが、それ以上に緊張感から来る、メンタル的な疲れが大きいようだ。
「今日は、頑張った方だよね」
トライデントを代表して、遥はそんな風に評した。
「慣れないことをして疲れただろうから、あと今日はお風呂にでも入るだけにして、ゆっくりと休むといいよ」
「そうします」
年長者の少女が、代表してそう答える。
「全員で、銭湯に寄ってから帰ります」
「それでは、わたしらは一足お先に拠点に戻っているから」
いいながら、遥は倉庫から自分のマウンテンバイクを取り出す。
「あ、あとそれ。
それの乗り方も、あとで教えてください」
その少女がマウンテンバイクを指さして、そんなことをいう。
「いいよ。
拠点に戻ってから、おいおいね」
遥は軽い口調でいった。
「これも、体格にあった適切な大きさのを選ぶ必要があるから、買う時は改めて相談してね」
「まだ、余裕がありそうだな」
帰る道すがら、恭介はそんなことをいった。
「はじめての緊張状態でなかったら、もっと動きがよかったかも知れない」
「救護班でレベリングした子も居たけど、それ以外はダンジョン初体験だったもんね」
遥が、答える。
「どっちにしろ、自分が主体になって動いていたのは今日がはじめてだろうし。
今日のは、いい経験になったんじゃないかな」
「ダンジョンに入ることに抵抗がなければ、とりあえず食いっぱぐれはないからなあ」
恭介は、そんなことをいう。
「将来的には、それだけ選択肢が多くなる」
恭介にいわせれば、
「ダンジョンに入れること=最低限の生活保障」
を意味するらしい。
現在の環境下であると、案外否定しきれないロジックだった。
「段階を踏んで強いモンスターを倒すために、プレイヤーが集められているんですかね」
アトォが、ふと思いついた疑問を口にする。
「それは、なんともいえないかなあ」
恭介は、少し考えてから答えた。
「プレイヤーをこんな場所に呼んだ存在がなにを考えているのかって、予想しても意味がないと最近では思うようになっている。
なんというか、実際にやっていることが突拍子もなさ過ぎて、おれたちプレイヤーの思考フレームからは完全にはみ出た存在なんじゃないか、って、そんな風に思えてきて」
「予想するだけ無駄、かあ」
遥がいった。
「でも、最低限、これは正解だろうと保証されている部分もあるんじゃないの?」
「といっても、本当に少ないなあ、それは」
恭介はいった。
「各プレイヤーのレベルをあげて強くすること。
それに、プレイヤーの数が増えること。
この二点は、どうやらこの状況を作った存在にとっては、好ましい傾向であるらしい。
今わかっているのって、せいぜいそれくらいかなあ。
ただこれも、絶対確実って断言出来るほどでもないし」
現在、恭介たちが置かれている環境から、そういうデザイン意図があるのではないか。
というだけの、単なる推測に過ぎない。
ごく限られた期間限定の状況ではない、という保障はどこにもなかったし、恭介としてもこの推測を絶対視するつもりはなかった。
もっとありそうなのは、
「なにも考えていない」
あるいは、
「完全にランダムでこの場を設定している」
という線で、これを正解とすると恭介としても今後の予測がまったく立たなくなる。
だから、恭介としては、普段からのその予測を極力脳裏から追い払うようにしていた。
この場を設定した者がどんな意図を持っているにせよ、恭介たちとしては、目前の課題を地道にひとつひとつ潰していく以外に、やりようがないわけだが。
「正直、先の見通しはあまりたっていないんだけどなあ」
恭介は、誰にともなく、呟く。
「やれることを、やれる範囲内でやっていくしかない、か」
一方、彼方はといえば、トライデントと同じく独自に建築の経験がある酔狂連や魔法少女隊とも連絡を取って、どうにか設計図らしきものを完成させていた。
「たった一日で、か」
自宅のキッチンテーブルに広げられた図面を見て、恭介が感心する。
「まあ、強度計算とかそういうのは、酔狂連の人たちがほとんどやってくれたけどね」
心なしか疲労が滲んだ表情の彼方は、そう応じる。
「おかげで、どうにか形にはなった。
で、その酔狂連の人たちは、今後は十名前後が居住する、パーティ用の住居なんかも需要が出て来るんじゃないかっていわれたな」
「需要自体は、今でもあるんじゃないか?」
恭介は、そういった。
「現に、こちらのプレイヤーだって、大半はいまだにプレハブ住みなわけで」
住宅を供給してくれる何者かが存在すれば、今だって飛ぶように売れるだろう。
これまでは、そこまで手を回せるほど余裕のある存在が、居なかっただけのことなのだ。
「他人のために気軽に住宅を供給出来るほど、余裕のあるプレイヤーはいなかったからね」
遥も、そういう。
「つまり、今までは、ってことだけど。
家一軒造るとなると、それなりに手間も時間もかかるわけで」
「でも、人手も問題は、今後、解消してもおかしくはないですよね」
アトォが指摘をした。
「向こうとこちらが繋がって、両方のプレイヤーが気軽に往来可能になっているわけですから。
すべてのプレイヤーが、モンスターと戦いたがっているわけでもありませんんし」
「その件についても、生徒会と相談しておいた方がいいかなあ」
彼方は、そう呟いた。
「うちだけでどうこうするのには、ちょっと問題が大きすぎるし」
「向こうにも、大工みたいな職人さんは居るんだろう?」
恭介が、彼方に訊ねた。
「前に新規の人たちと建築談義した時、そういう話題、出てなかった?」
「ある程度、人口が集中している場所だと、そういう職業も成立してはいるようだね」
彼方が答えてくれる。
「ただ、ケレセッデスの村々くらいの規模だと、そういう専門職は成立しなくて、家を造るにせよ細かい修繕をするにせよ、村人たちが集まってなんとかしているのが実情らしい。
仮にこれから誘致をしたとしても、すでに独立している職人さんがわざわざこっちに来てくれることは、ないんじゃないかな。
すでに、それぞれの地元に根づいた生活が出来ているわけで、これから新天地にやってこようっていう動機、そういう職人さんにしてみればないでしょ」
「それも、そうか」
その説明を聞いて、恭介はすぐに納得する。
「長く生活して来た場所から離れるって、よほどのことだもんな。
その場所で成功して、地位を認められている立場なら、なおさら動こうとはしないか」
「工法なんかも、向こうとまったくいっしょにはならないだろうし、結局、こっちはこっちで、独自に専門職を育てる方が早いんじゃないかな」
彼方は、そう続ける。
「この前、新規さんたちと話した感触では、そんな結論になったよ」
「まだ、正式に仕事を持っていない若年者なら、割と簡単に集められそうですけどね」
アトォは、そういう。
「どんな仕事を用意するにせよ、そうした経験に乏しい人たちを一人前になるまで育てるのには、それなりに時間が必要になるのではないかと」
「現実的に考えると、そうなるのか」
恭介は、その言葉に深く頷いた。
「当面、やれることから、手を着けていくしかないね。
明日あたり、新規の人たちにこういう仕事があるからって説明して、希望者が居たら名乗り出て貰おう」
翌日、生徒会に事情を説明して協力を求め、平行して新規さんたちに募集をかけてみた。
結論をいうと、どちらも、予想していたよりも好感触だった。
「異世界人が本格的に、ダンジョンに出入りするようになったろ」
小名木川会長は、そういう。
「モンスターの相手をするのを、好むやつらばかりでもないしな。
異世界人がこっちに参入してくれるのなら、自分たちは別の仕事につきたい、ってやつもそれなりに居るんだ。
土木や建築は、地味な肉体労働だけど、死傷するリスクはダンジョンよりはよほど少ないわけでな」
フリーランサーズというパーティに所属しているプレイヤーは、そうしたモンスター相手の戦闘に苦手意識を持つ者が多いという。
こうした環境だから、モンスターとの戦闘を完全に避けることは無理だったが、最小限にして、普段は他の仕事をしていたい。
と、そう考えるプレイヤーは、案外多いらしい。
「セッデス居留地でも、ぼちぼち本格的な建築現場がはじまる感じなんで、そちらにばかり人手を回すことは出来ないけど」
小名木川会長は、そう続ける。
「スケジュールとかを調整して、そちらに回せる時は、出来るだけ人手を都合つけよう」
新規参入組に関しては、
「人数制限がある以上、全員が毎日ダンジョン入りできるわけではない」
という事情が、まず前提にある。
これから、ケレセッデス以外の地域からも人がこちらに集まるのではないかとする予測もあり、
「ダンジョン攻略だけだと、生活が不安定になる」
と予測する者が多かった。
それ以外に、モンスターとの戦闘を単純に嫌っている者も居て、割合、こちらの建築関係を手伝ってくれそうな手応えがあった。
なにより、まず手がけるのは、自分たちと自分たちに続く同族の人たち向けの設備であると説明されていたので、モチベーションはそれなりに高そうだった。
まずは、ソラノ村内のフラナ勢向けに、住環境を整える。
それが、当面の目標になる。




